第10話:遠足の前日はなかなか眠れない
作戦決行の前日。
いや、そろそろ日付が変わるので当日というべきか。
作戦は夜からなので、まだ1日くらいの猶予がある。
ここ数日は昼夜逆転の生活をして夜中に眠気がおきないようにコンディションを整えていた。
部屋でひとりでいても落ち着かないので、俺は宿の一階にあるいつもの食堂に来ていた。席は毎朝のミケとの散歩……もとい地獄のランニング後にレミさんと朝食を食べるテラス席。テーブルに置かれているランプに照らされたホットワインのグラスになんとなく手を添えて、ぼーっと星空を眺めている。
食堂が深夜は酒場として営業していることは昼夜逆転の生活をするようになって初めて知った。
ジュウゾウが通り魔を再開した影響で夜道を歩くのが危険になったため、宿泊客は宿の酒場営業で憂さを晴らしいるようだ。
店内から観光や仕事でこの都市を訪れた人たちの話し声や笑い声が聞こえてくる。その輪の中に入れば気も紛れるのかもしれないが、そもそもそんなコミュ力は持ち合わせていない。
「ボチくんがこの時間にここにいるなんて珍しいね。緊張して落ち着かないのかな?」
背後から声が聞こえたので振り返ると、ブランケットを羽織ったレミさんがいた。彼女は俺の答えを聞く前に、俺の対面の席にドカっと座り込んだ。手には俺と同じホットワインのグラス。この世界の季節はわからないが、最近の朝晩は寒く感じる。テラス席で冷たい酒を飲む気にはなれないのはレミさんも一緒のようだ。
「緊張というか、不安というか。部屋にいると作戦が失敗する嫌な想像をしてしまうので、気分転換をしようと思って。まだ寝るには早いですからね」
「ポチくんにしては前向きな行動でよろしい。作戦はうまくいくよ。ミケに呪具を渡してるし。作戦はみんなでやることだからポチくんだけが気負うことなんてないのに」
レミさんの立てた作戦は、ジュウゾウの保護具の奪取もしくは破壊。それでヤツを犬に退化させて冬眠状態にしてしまおうというものだった。
保護具の効果を奪う手段も状況に合わせていくつか策を用意してあるが、どれも戦闘はマストだった。
ジュウゾウには一度敗戦しているので、どんなに特訓をしても不安を消すことはできなかった。
「まぁ、俺は死んでも元の世界に戻るだけでノーリスクですからね。痛いのは嫌ですけど、最悪の場合は俺が盾になりますよ」
本心のような、虚勢のような、自分でもよくわからないまま、ヘラヘラしたもの言いで俺は言った。レミさんも同意するか、呆れながら笑うと思ったから。
そんな俺を見るレミさんの表情が急に曇った。
俺としては「そうだよ! いざとなったらポチくんが盾になるんだ」くらいの鬼畜だけどレミさんらしいリアクションを期待していたんだけど。
「確かにポチくんはこの世界で死んでも元の世界に戻るだけだよ。でもね、私はそのときにポチくんが殺される光景を見なくちゃならない。本来の死ではないとは言え、大切な人のそんな姿は見たくないよ……」
レミさんが真剣な顔でじっと俺を見つめながら、いつもより弱々しく言葉を紡いだ。
レミさんの眼差しに俺は動悸が激しくなる。
「……今、大切な人って言いました? それってどういう意味ですか?」
先ほどとは違う緊張で口の中が乾いている中で、どうにか質問を返す。
すると、レミさんはハッとしたように一瞬だけ目を見開いたかと思うと、顔を紅潮させた。
ランプの灯りがその紅潮を強調している。
「い、いやだなあ! 何を言ってるんだよ! ポチくんは!」
「いえ、確かに言いましたよ」
「そ、それはポチくんが丁稚奉公って意味だよ! 作戦を成功させないで一人だけ死に逃げるなんて許さないってこと!」
「本当にそういう意味だったんですか?」
俺が食い下がると、レミさんの目つきが急に怖くなる。
「丁稚奉公が調子に乗るんじゃないよ!」
テーブルに置かれていた調味料の瓶が俺の顔に直撃する。
「……すみません。丁稚奉公が調子に乗りました」
「わかればよろしい」
レミさんはフンとそっぽを向いてしまった。
俺のことが好きなのかと思ったが、どうやら勘違いだったようだ。
俺だけじゃなく、ソラちゃんやミケもレミさんからしたら大切な人だろう。それに赤の他人であっても間近で人が殺される光景は見たくはないよな。
「あの……作戦の内容は理解したんですけど、肝心のジュウゾウを見つける方法はあるんですか? 最初に俺たちが通り魔を探してたときは全く見つからなかったじゃないですか」
レミさんの機嫌を直すため、俺は話題を意図的に変えた。
まあ、疑問に思っていたことでもあるので丁度いい。
「それは大丈夫。自警団が先行して捜索してくれることになっているよ」
「それって囮ってことですか?」
「悪い言い方だとそうなるね」
レミさんがさらりと言ってのけた。
「それって……」
「言っとくけど、私の案じゃないよ。自警団からの申し出だからね。彼らもいつまでもジュウゾウを野放しにしてたら解雇されるって危機感があるみたい。自分たちではジュウゾウを捕獲できないから、私たちの作戦に協力して手柄の一部がほしいんだよ」
「そうかもしれないですが……」
それぞれに思惑があるのはわかるが、何も自ら危険なことをするなんて。
「ジュウゾウは魔力を奪うだけで殺しはしないからね。ただ被害者は放置されたら魔力の枯渇で衰弱死する可能性はある。だから、救護所にソラを派遣することにしたよ」
「ソラちゃんを?」
「あの子の魔力譲渡を使えば被害者もすぐに回復するからね」
それなら少しは安心だ。
「それにソラを作戦に連れて行くのはかなりリスクが高いと判断したんだ」
「リスク?」
「ソラの魔力量は膨大だからね。宝刀に触れてしまったら、聖異物の魔力充填が完了してしまう恐れがある」
それは最悪の状況だ。
あの斬撃波を乱発されたら作戦も何もない。
「ソラにはそのことは話していないから内緒にしてよ。あくまで救護に必要ってことにしてるからね」
「何があってもソラちゃん第一ですね」
「当たり前じゃん。妹だよ」
さらりと言ってのけるレミさんに俺は思わず笑ってしまう。
「だいぶ冷えてきたね。そろそろ部屋に戻った方がいい」
そう言うと、レミさんは席を立ち、室内へと歩き出す。
その姿をなんとなく目で追っていたら、彼女がくるりとこちらに振り返った。
「ポチくんなら大丈夫。ナーガスだって怨霊だってどうにかしてきたんだから。自信を持って」
そう言うと、足早に室内へと進んで行った。
自信か……。
自分を信じるのは難しいけど、レミさんの確信していることは、それよりは信じられそうな気がする。
俺はグラスのホットワインをぐいと飲み干す。
長く夜風にさらされていたので、ワインはすっかり冷めていた。




