第4話:痛気持ちいい
「さて始めようか」
レミさんが腕まくりをしてテーブルに置かれた宝石を摘むと、天井に浮かぶ魔術の光に透かす。
品定めするような仕草だが、俺にはそれで何がわかるのか見当もつかない。ただ、彼女が満足そうに頷いているので良い結果が出たのだろう。
テーブルには彼女が手にした以外にいくつかの宝石と綺羅びやかな鞘に収まった短剣が置かれている。
「これ、ミケの宝剣ですよね?」
ジュウゾウ捕獲作戦前に、ミケが俺たちに見せてくれた短刀だ。たしか帝から託された宝刀だと言っていたな。
刀自体はごく普通の形だが、鞘はびっしりと宝石でデコられていて、見ようによってはギャル仕様にも見える。
「そうです。鞘に付いていた宝石を魔術の触媒に使わせてもらおうと思います」
ソラちゃんが鞘から取り外した十数個の宝石を見ている。
鞘全体に宝石がびっしり装飾されているので、これだけ取り除いても見栄えはあまり変わりない。
とはいえ、宝石という高価な物を安易に使って良いのだろか?
「宝石って高いんですよね。本人の許可を取らなくて大丈夫ですか?」
「今のミケとは話ができないからしょうがないよ。保護具の修復にはかなりの魔力と触媒が必要なんだ。私が持っていた宝石は私とミケの傷を治すのに使っちゃったからね。他に強い想いがこもった物もないし」
俺の疑問にレミさんがため息交じりに答えた。しかも、俺を空気の読めないヤツとでも言うような視線を浴びせてくる。
レミさんの言い分と態度はわかるが、勝手に高価な物を使うことに後ろめたさは拭えない。
「たぶん10個くらいで足りると思います。ミケさんにはジュウゾウを捕獲した報酬で新しい宝石を買ってあげるというのはどうでしょうか?」
俺が無自覚に納得しきれていない顔をしていたのか、ソラちゃんがなだめるように提案してきた。
実年齢なら俺の方がだいぶ年上なのに……いつも気を遣わせて申し訳ない。
「それならミケも納得するかもしれませんね」
作り笑いしてソラちゃんを見ると、ぱあっと明るく微笑み返してくれた。
年下なのにまるで母のような包容力を感じる笑みに、じんわりと胸のつかえが下りる。
「って、なんでポチくんがそんな上から目線で言うんだよ。何もしていないくせに〜!」
レミさんが俺の頭に腕を回してヘッドロックをしてきた。
彼女と俺では身長差があるので、俺は中途半端に前かがみになる。
「痛い。痛い」
痛いのは嘘じゃない。
締め付けられた頭と不自然に曲げた腰が痛い。
ただ、顔にレミさんの胸が当って気持ちが良いのも事実。
痛いよりも気持ちいいが僅差で勝っている。こんな痛気持ちいいは初めてだ。
思わずニヤケそうになるが、俺の状況がレミさんにバレたら絶対に鉄拳制裁を喰らう。ここは痛がっておくのが得策だな。
「お姉ちゃん。いつまでもふざけてないで保護具の修復を始めようよ」
ソラちゃんが不平を漏らす。
正論だけど、今はその正論が恨めしい。
「そうだね。初めようか」
レミさんがポイッと俺を放り出す。
いきなりのことでバランスが取れず、俺は床に倒れ込んだ。
見上げると、レミさんは何事もなかったかのようにテーブルの席についてソラちゃんと魔術の準備に入っていた。
◇◇◇◇◇◇
「ポチくん! 起きろ!」
いきなり呼ばれ、はっと目を開く。
保護具の修復を見学していたのだが、しばらくしてふたりから「気が散る」と言われてしまい、視界に入らない場所に避難したのだ。
避難場所はミケが寝ているベッド。
ミケの近くに腰を掛けていたら、いつの間にか寝てしまったようだ。
「すみません。寝ちゃってました」
衣服のシワを軽く伸ばし、ふたりに頭を下げる。
レミさんから罵倒されるだろうと、内心はかなりドキドキしていた。
「別にいいよ。保護具の修復にポチくんがいてもなんの役にも立たないし。それにしてもイビキがすごかったよ~」
んっ? 怒っていないだと?
でも、「なんの役にも立たない」と言われるのは、怒られるよりも精神的ダメージが……。
「イビキかいてました? すみません」
再度、頭を下げる俺。
騒音で迷惑かけてたなんて、役立たずどころの問題じゃない。
ジュウゾウとの死闘はつい先日のことなのに緊張感が足りないな、俺は。
頭を上げたが肩はがっくりと下がってしまう。
「ポチさんはイビキなんてかいてませんでしたよ。もう! お姉ちゃんはそうやってからかうんだから」
意気消沈の俺を見て、慌ててソラちゃんが声を上げる。
俺は思わず「なっ!」と言葉にならない音を漏らし、驚きと苛立ちで顔が赤くなった。
「あはは。ポチくんはからかいやすいからね~」
「もう、ふざけないでくださいよ。……そんなことより保護具は直ったんですか?」
もっと抗議をしようかと思ったが、居眠りしていたのは事実なので話を本題に戻すことにした。
「もちのろんだよ~。破損は完全に修復して、今はソラが魔力を補充しているところさ」
「保護具も魔力で動くんですね」
「いや、本来は別の力が蓄積されてたみたいなんだけど、破損したときに流れ出てしまったみたいだから、魔力を代替エネルギーにすることにしたんだ」
「そんなことできるんですね」
「ま、私の高度な魔術とソラの膨大な魔力があってこそ実現できることだけどね」
レミさんが得意気な表情で俺を見る。
性格と言動におおいに問題はあるが、魔術に関しては本当にすごい人のようだ。
魔術をよくわかっていない俺の感想だけど。
「へー。そうですか」
「もう〜リアクションが薄いなぁ〜」
いやいや、ちゃん驚いてますって。
どこまで褒めたら満足するんだ、レミさんは?
それに魔力の注入をしているのはレミさんじゃなくてソラちゃんでしょ。
俺たちのやり取りをよそに、ソラちゃんは真剣な顔でペンダントを握っている。その手がぼんやりと光って見えた。あれが魔力なのだろか?
しばらくして、「ふぅ」と息を漏らしていつもの優しい表情に戻ったソラちゃんが「魔力の注入が終わりました」と俺たちに報告する。
「よし! 早速ミケを元の姿に戻して、隠していた真実を話してもらうじゃないか!」
レミさんはソラちゃんからペンダントを受け取ると、ベッドで丸くなっているミケに駆け寄った。
「お姉ちゃん! 待って!」
その行動を見たソラちゃんがなぜか慌てている。
ソラちゃんの制止を無視してレミさんが眠っているミケの首にペンダントをかけた次の瞬間、ミケの身体が緑色の閃光を放った。




