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第3話:ミケって猫っぽい名前なのに

「こ、これがミケなんですか?」


 俺は毛布の隅にいる物体を指さしたまま、レミさんを凝視した。

 俺はかなり怪訝な表情をしていることだろう。

 レミさんはそんな俺を見ても表情ひとつ変えずに「そうだよ」と短く答えた。

 レミさんは人を平気な顔して騙す。

 今のリアクションも真に受けていいのかわからない。そして今の少ない情報で彼女の思惑を測るのは難しい。


「いやいや。もうレミさんたらこんなときに冗談はやめてくださいよ〜」


 こちらも軽口を叩くような反応をして、レミさんの言葉に動揺していないような素振りをとってみた。これで少しは推し量ることができるはずだ。

 だが、レミさんの反応は予想以上に変化がない。

 そこから「ホントだよ」、「いやいや」という無駄な会話の応酬が何度か続いていく。 


「ポチさん。お姉ちゃんの言ってることは本当です」


 不毛なやり取りに根を上げたのはどちらでもなく、ソラちゃんだった。

 テーブルで作業していた彼女が音を立てるように強く両手を机上に下ろす。それは明らかに「いい加減に話を進めて」という意思表示だろう。

 いい大人が幼稚なやり取りをして、すみません……。


「本当に?」


 俺はレミさんではなく、ソラちゃんに向けて質問する。


「はい。間違いありません。あれはミケさんです」


 短くため息を吐き、真っ直ぐに俺を見るソラちゃん。

 これは冗談を言っている顔ではない。

 レミさんの言っていることは真実なのだ。

 それって、つまり……。


「えぇ! なんで? なんでミケが犬になってるんですか?」


 裏返った声が出てしまった。

 無意識に出た芝居がかった口調に、後から少し恥ずかしさを覚える。

 いや、今はそんなことよりミケのことだ。

 改めて彼女を観察してみる。

 白い毛並みの柴犬のような体型。

 子犬より少し成長しているくらいなのか、成犬よりやや幼さを感じる。


「どうやらミケは『来訪者』だったみたいだね」


 まじまじとミケを見ている俺の肩にポンと手を置いたレミさんが話しかけてくる。

 

「来訪者? なんですか、それ?」

「ポチくんみたいに魔術師によって異世界に召喚された存在を『召喚者』と呼ぶのは知ってるよね」

「はい。最初に契約したときに教えてもらいました」

「ちゃんと覚えていて偉い、偉い。そうだな~。『来訪者』は『召喚者』とは逆かな。自分の住む世界から違う世界へ、呼ばれていないのに転移して来た存在のことを指すんだ。さらに両者を総称して『転移者』なんて言う場合もあるけど、これはあまり使われてないかな」


 レミさんがそれまでの不毛な問答がなかったかのような真面目な顔をして、さらりと答える。


「なるほど……。ミケが来訪者なのはわかりましたが、それと彼女が犬になっていることの関連性が俺には理解できないんですけど」


 俺の場合は身体が崩れそうになって、他の動物になるような変化は起こらなかった。俺とミケの違いは何なのか、今のところ納得できる説明はない。


「ポチくんも経験しているように、違う世界に転移すると異物と見なされて拒否反応が出るよね?」

「はい。俺が死にかけた現象ですね」

「そうそう。それはポチくんの世界が、この世界と同等かそれ以下の次元だからなんだ。この世界より高次元の世界から来た存在は拒否反応を跳ね除けられる。ミケのいた世界はこの世界より少しだけ高次元だったから拒否反応で死ぬことはなかったけれど、種の退化という現象が起こったようだね。さらに退化しないように今は冬眠のような状態になっているんだと思うよ」


 なるほど。

 次元に優劣なんてものがあるのか。

 ミケの世界が俺の世界より優位というのがちょっと解せないが、転移で死にかけた俺と退化ですんだミケが証拠というわけか。

 いや、退化するのも死ぬくらい嫌なんだけど。

 また思考が寄り道している。

 軌道修正しなければ。


「なんで今頃になってミケは拒否反応が出たんですか? 出会ってから何日も一緒にいましたけど、ずっと人の姿をしていたじゃないですか」

「それは来訪者のマストアイテムが壊れたからだね」

「マストアイテム?」

「来訪者は召喚者のように契約で身体の再構築ができないから、世界の拒否反応から身を守るアイテムを身につけるのがセオリーなんだ。『保護具』なんて呼ばれてるかな」


 話を進めながらレミさんは、ソラちゃんの向かいの椅子に腰を掛けた。


「ミケの保護具はどうしたんですか?」

「ジュウゾウに斬られたときに壊れちゃった」

「壊れちゃったって……ミケはずっとこのまま犬の姿ってことですか?」


 どうやってコミュニケーションを取れば良いんだ? 動物と会話ができる魔術とかあるんだろうか?


「大丈夫。今、ソラが保護具の修復準備をしているところだから」


 俺が変な心配をしていることを察したのかは不明だが、レミさんが勿体振らずに俺に返事をした。


「ちょっと思い付いたんですけど、レミさんとソラちゃんがミケと契約したら良いのでは?」

「それは無理だ。ミケは私たちが召喚したわけじゃないからね。召喚契約は結べないよ」

「……そういうもんなんですね」


 名案だと思ったのに。

 俺はがっくりと肩を落とした。


「ま、少し時間はかかるけど保護具を直せばミケは元に戻るよ」

「その間にミケが衰弱死しないですよね?」

「冬眠状態だからたぶん大丈夫。眠り続けるだけだと思うよ」


 レミさんの「たぶん大丈夫」という信頼度の低いセリフに俺は不安を覚えた。

 ここは食い下がるべきだと口を開きかけたところで、ソラちゃんが先に声を上げる。


「お姉ちゃん。魔術の触媒が用意できました。保護具の修復を始められます」

「お疲れ。それじゃあ、さっさと修復を始めようか」


 ふたりがテーブルに身を乗り出して何やら始めようとしている。


「ちょっと、俺を除け者にしないでくださいよ」


 ベッドの傍らに立っていた俺は一瞬だけミケを見て、ふたりのもとに駆け寄った。

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