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第16話:時間稼ぎも楽じゃない

 ジュウゾウを足止めできる擬音はなんだ?

 何を使えばいい?

 萎縮させて動きを封じる『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』は、発動当初は確かに効果があった。だが、途中からなぜか奴は動けるようになっていた。

 その原因を突き止める時間も手段もない。

 それなら発動する瞬間に効果が完結する擬音を使えばいいのではないだろうか。

 もしもその推論が外れていたら?

 俺はもとの世界に戻されるだけだが、レミさんとミケは確実に殺される。

 不安が思考に挟まれた瞬間、胃がぎゅっと掴まれたような痛みを覚えた。


 駄目だ、迷うな!

 俺が失敗しても、たぶんレミさんが次の小賢しいやり口でどうにかしてくれるはずだ。

 いつもは「勘弁してほしい」とうんざりしているレミさんの言動だが、内心ではそれに翻弄されることを俺はそこまで嫌だと思っていないのかもしれない。

 今はそんなことを考えている場合ではない。余計なことを考えるな。

 瞬時に効果が完結する擬音を使え。

 俺は暗記している擬音のいくつかを思い出し、その中のひとつを選んだ。


「開帳、450ページ!」


 俺の指定に反応してJUピー!がページをめぐり始める。

 現在開いていたのは120ページなので、ページ移動に少し時間がかかっている。大した時間ではないのだが、焦っているこの状況ではすごく待たされているように感じた。

 JUピー!の漫画は読者アンケートや単行本の発行部数で掲載順が決まるらしい。

 いわゆる看板と言われる人気作品のひとつと、特定のコア層にだけ指示される作品。

 まさかその掲載の隔たりを魔術の発動過程で実感するとは思ってもみなかった。

 JUピー!が450ページに到達したようで紙がめくれる音が止まる。

 そこにはギャグ漫画『どすこい妖怪相撲!おにぎり丸くん』の主人公であるおにぎり丸くんがくだらないギャグをかましているシーンが描かれていた。


「拡大解釈率、中!」


 確かナーガスに使ったときは威力「小」で彼を昏倒させた。

 ただ、ジュウゾウはナーガスよりも強靭な肉体だと想像できるので、ここは保険をかけて「中」に設定する。

 ジュウゾウはまだ視覚を取り戻してはいない。

 よろめきながら、デタラメに刀を振っている。

 俺は奴を睨みつけ、擬音を叫ぶ。


 ズコー!


 ジュウゾウの身体が浮いて、くるりと180度反転する。頭が真下になった状態だ。そして、直立した体勢のまま頭から地面に落下した。

 ナーガスとの試合でトドメに使った、対象者を直立の体勢で頭から地面に転倒させる擬音。

 ナーガスに使ったときは頭と両肩で体を支えた状態で倒立するにとどまったが、今回は拡大解釈率を上げている。

 ジュウゾウは落下の勢いで街道の石畳を破壊して胸まで地面にめり込んだ。


「ちょっと……やり過ぎたかも……」


 擬音の予想以上の効果に思わず心の声が漏れてしまった。

 ギャグ漫画だから無傷ですむ動作だが、リアルなら下手をすれば致命傷になる。「ズコー!」って字面はふざけているが取り扱い注意な擬音だ。


「レミさん。どうしましょう?」

「この状況なら正当防衛だ。それにメガネでの鑑定によると死んじゃいない。今は気を失っているが、じきに目を覚ますよ」

「これでノーダメージなんですか?」

「そこそこダメージは受けているけど、致命的じゃない。奴が起きたらまた転倒させるんだ。ミケの治癒はまだ時間がかかる」

「わかりました」


 頼むからこのまま気を失っていてほしい。

 俺のそんな願いも虚しく、ジュウゾウの両手で力強く地面を押さえつけると、逆立ちするように埋まっていた胸部から上を地面から抜いた。

 そして、腕の力だけで弾みをつけて跳躍。くるりと一回転して立ち上がった。

 どんな身体能力をしているんだ。


「また奇妙な妖術を使ったか」


 俺に警戒しつつ落とした刀を拾うジュウゾウ。

 よく見ると額から血が流れている。

 多少のダメージは受けているようだ。


「次はこちらから……」


 ズコー!


 ジュウゾウが何か言おうとしたが、そんなことはお構い無しに俺は再び擬音を叫んだ。

 卑怯で結構!

 こっちはレミさんとミケの命がかかっているんだから。

 またしても胸まで地面に突き刺さったジュウゾウを見ながら、誰ともなく言い訳をした。


「ポチくんの戦い方はいつ見ても様にならないなぁ」


 呆れたようにレミさんが言う。

 ちょっとだけ振り返ると、苦しそうだったミケの表情がだいぶ落ち着いてきたように見えた。


「どうせ俺の魔術は異質ですよ」

「別にけなしているわけじゃないよ」

「なら、少しは褒めてください」

「はいはい。偉い偉い」

「もういいです……」

「そんなことより、その擬音は効果があるみたいだから、ミケの治癒が終わって、私が次の一手を打つまで繰り返し使って時間を稼ぐんだ!」

「あの……さっきより足止め時間を増やしてませんか?」

「細かいことは気にしない! さっさと次に備えて!」

「……はい」


 それから何度もジュウゾウを転倒させて地面に突き刺すことを繰り返した。

 奴は抵抗できなかったが、地面に突き刺さるときに身構えて衝撃に耐えているのか、復活するまでの時間が早くなっている。

 ただ、ダメージも少しずつだが蓄積しているとレミさんが鑑定結果を教えてくれた。


「ジュウゾウ! お互いに手負いの状態だ。ここは双方手を引くっていうのはどうだい?」


 レミさんは休戦を呼びかけた。

 頭を振って意識をはっきりさせようとするジュウゾウ。

 首を振るたびに頭部から血が飛び散る。

 かなり痛々しくて、俺は軽い罪悪感を覚えた。


「ぬかせ。これくらいの傷で我が臆すると思うたか」


 どれだけタフなんだよ。

 せめて今日は諦めて帰ってくれないだろうか。

 今だにふらふらしているじゃないか。


「ポチくん。ミケの治癒が終わった。拡大解釈率を上げて時間を稼げ」


 レミさんが小声で指示を出す。

 俺は特にリアクションはせず、彼女の言う通りにした。


「拡大解釈率、大」


 JUピー!に届くくらいの声量で威力の変更をする。

 ジュウゾウも体勢を整えたようで、刀を構えたかと思うと、こちらに向かって駆け出した。

 以前なら俺の動体視力では捉えられないほどのスピードだったが、普通に見える速度になっている。

 それほどのダメージを受けているのだろう。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


 ズコー!


 俺が擬音を唱えたときには、ジュウゾウがあと数歩のところまで迫っていた。

 振り上げた刀が俺に向かってくる直前に擬音の効果で転倒する。

 ギリギリだった。

 威力を「大」に上げたので、奴は腰まで地面に突き刺さる。

 脚が天に伸びる姿は、昔観た映画のワンシーンを思い出させた。


「よし! ポチくん、逃げるよ」

「逃げるんですか? なんか打開策があるんだと思ってました」

「ミケの治癒は応急措置だから、まだ意識は戻っていない。そんな状況で奴を捕獲するのは無理だよ。いいからポチくんも手を貸して」


 レミさんと俺は左右からミケの身体を支えて歩行介助しながら後方へと歩き出した。


「逃げると言ってもどこに?」

「あの角を曲がると……」


 レミさんが言いかけたとき、後方から叫び声が聞こえた。


「散々虚仮にしよって! もう出し惜しみはなしだ!」


 肩越しに奴を見ると、大きく刀を振り上げている。

 その刀身は紫色に光っていた。

 まずい。

 きっと斬撃が来る。


「レミさん、ごめんなさい!」


 俺はとっさにふたりを横に突き飛ばした。

 それから後方に振り返ると紫色の光が俺の目の前に迫っているのが見える。

 次の瞬間。

 視界が真っ黒になり、何も感じられなくなった。

 たぶん、俺は死んだのだ。 

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