第13話:睨まれると怖い
俺が街道に飛び出して走り始めたときにはすでにミケは学生の前に立ち、ジュウゾウと対峙していた。暗がりでよく見えないがまだ刀は抜いていないようで素手で構えをとっている。
一方、レミさんは立ち尽くす学生の胸ぐらを掴んで自分の方に引き寄せ、何やら耳打ちしていた。
ミケはともかく、レミさんも意外と足が速いな。
「その方らも我が妖刀の糧となりたいか?」
ジュウゾウはレミさんに追いついた俺を見てニヤリと笑い、低音の通る声を張り上げた。
もしかして最初のターゲットは俺なのか? それは勘弁してほしい。
ジュウゾウとミケとの距離は数メートル。ミケと俺たちの距離は1メートルほど。これまでの被害者の証言から、俺たち全員がジュウゾウに瞬時に攻撃される範囲にいるはずだ。
俺は学生の尾行前から展開していたJUピー!に目を向ける。夜の暗闇に慣れた目にはぼんやりながら開いたらページの内容が読み取れた。そこには見慣れたコマが描かれている。
「私の言ったこと、理解したかい?」
「は、はい」
「だったら、即行動!」
学生と小声で話していたレミさんが急に声を張り上げ、彼の肩をバンっと叩いた。
突然の行動と音量に緊張している俺はビクっと肩を上げてしまったが、誰も俺を見ていなかったので何事もなかったように平静を装う。
学生はレミさんに背中を押され、俺たちの後方へと駆け出した。
最初は少しよろけていたが、徐々にしっかりとした足取りになる。
本音を言えば、俺も彼と一緒に駆け出していきたい。
「敵に背を向けて逃げるか!」
ジュウゾウが声を荒げる。
まるで肉食獣の叫び声に、弱気になっていたことを見透かされたようで余計に動揺してしまった。
「君の相手は私たちだよ。ひと晩で3人から魔力を奪えるかもしれないんだ。ひとりくらいは見逃してやんなよ。器量が狭いなぁ」
いつものようにため息交じりでボヤくレミさんに、俺は感心しつつも「余計な挑発はしないでほしい」と天を仰いだ。
「では、そなたの希望通りにするとしよう」
ジュウゾウが腰に下げた刀の柄に手をかける。
俺はミケの持つ宝刀しか直に見たことなく、あとは時代劇や漫画の知識しかないが、ジュウゾウの持つ刀は短いように感じた。
それこそミケの持つ宝刀くらいだ。ミケたちの国ではこの長さが普通なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ジュウゾウが鞘から刀を抜き始める。
俺が視覚で捉えられたのはそこまでだった。
次の瞬間にはジュウゾウはミケの眼前にいて、ふたりは鍔迫り合いをしていた。
まるで俺だけ一瞬時間が飛ばされたような感覚。
不安なってレミさんを見ると彼女も同じだったらしく、言葉にはしないが俺の目を見て小さく頷いた。
「ほう。この国で我が動きについてこられたのはその方が初めてだ。小娘」
「クッ。これくらいは造作もないでござる!」
確かにミケはジュウゾウの速度に対応できているが、鍔迫り合いでは素人の俺が見てもわかるくらいに押されている。
無理もない。成人男性と少女では体格も筋力も比べ物にならない。
ミケが「たぁ!」と声を上げてジュウゾウに押し返すが、それ以上の力で相手が力を入れる。
力比べは分が悪いのに意地になっているのか?
いや、違う。
ジュウゾウが押し返したところで、ミケは左半身を引いてジュウゾウの体勢を一瞬ずらした。
そして間髪入れずに右足を軸にして回転するように相手の背後に回り込むと宝刀を真横に振った。
だが、それはジュウゾウの刀に受け止められる。
素人の俺がミケたちの動きがよく見えてるなって思っただろう?
実は横にいるレミさんが解説してくれたのだ。
彼女がかけている聖異物のメガネが一拍遅れで動きを解説してくれるそうだ。
遅れてわかるので実戦向きではないらしい。
俺がレミさんに解説されている最中もミケは軽い身のこなしで何度もジュウゾウに攻撃しているが、どれも奴には届かなかった。
「その身のこなしと太刀筋。お主、我の同胞か」
「なにが同胞でござるか! 国を裏切った逆賊のお前なんかと一緒にするな!」
ジュウゾウの言葉に逆情したミケはさらに攻撃の手を強めていく。
だが、実力差は俺にもわかる。
ジュウゾウは小さな動きでかわし、片手で握った刀で受け止めた。
「ミケ! 学生は逃がした。もう足止めは大丈夫だよ!」
レミさんが叫ぶ。
しかし、ミケは攻撃の手を止めない。
ジュウゾウを前にして復讐心に火がついたのかもしれない。だが、このままでは埒が明かないし、奴が本気を出せばミケはやられてしまうだろう。
どうすればいい?
「ミケ! 戻れ! これは主の命令だ!」
別に俺は本気でミケの主だとは思っていないが、この状況を変えられるなら利用するまでだ。
ミケと一瞬だけ目が合う。
俺はできるだけ厳しい表情になるように眉間にシワを寄せる。
「チッ」と舌打ちしたミケが大きく刀を横に振るう。
ジュウゾウが一歩退いた隙を見計らって、ミケが俺たちのもとに跳躍した。
ここで初めて俺は奴が持つ刀の全容を捉えた。
柄と鍔は機械のようなデザインで、ミケの宝刀のような和風のそれとは違う。刀身もチープな模造刀みたいだ。刃が鋭利ではなく叩くことはできても切るのは不可能だろう。
そんな刀を妖刀と言って使っているのだから、あれは間違いなく聖異物だ。
「ポチくん、主とはいい身分だね。勘違いしないでもらいたいな。君は私とソラの丁稚奉公なんだからね」
レミさんがすごい怖い顔で俺を見ている。
ミケが自分の命令ではなく、俺の言葉に従ったのが気に食わなかったのだろう。
「今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょう!」
「場合とか関係ないから! ポチくんが調子に乗らないように言うべき時は言わないと私の気持ちが収まらないの」
「わかりましたよ。すみませんでした!」
「あの、ふたりとも……そろそろ作戦を……」
ミケが恐る恐る割って入ってきた。
レミさんはしぶしぶながら納得したようで、密かに踏んでいた俺の足から自分の足を退けた。
「それじゃあ捕獲作戦を始めようか!」
レミさんが好戦的な笑みを浮かべる。
「捕獲作戦」ってジュウゾウにも聞こえるように言ってしまって良いのだろうか?
俺とミケは苦笑いするしかなかった。




