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第8話:急な感情の変化にご注意ください

「これ、本当にうまくいくんですか?」


 ソラちゃんに新しい花を胸に付けてもらいながら、俺は非難めいた視線をレミさんに向ける。


「大丈夫! 二戦目はポチ君の魔術が使える状態から始まるんだから。なんとかなるって、私を信じなよ!」

「……そのことなんですけど」

「なに?」

「試合が始まる前から、JUピー!の拡大解釈率まで準備しておけば良かったんじゃないですか?」


 俺の指摘を聞いたレミさんは大きく目を見開いた。


「ちょっとポチ君! それは卑怯だよ。試合前にこっちが有利な状態で始めるなんて。ここは正々堂々と戦って勝利を掴むべきだと私は思うけどな」

「……いや、そこまで考えてなかったって顔ですけど」

「そ、そんなことないって。ほら、花を付けたんなら、さっさと準備して。ミケが待ってるよ」


 俺は未練がましくレミさんを見ながら、コートの端に戻った。

 とりあえず、術式は展開している。

 俺の傍に浮遊しながらついてくる、指定したページを開いたJUピー!がぼんやりと光っている。

 つまり二戦目以降は初手から擬音を口にすれば、魔術が使える。


「じゃあ、二戦目を始めようか! ミケ、ポチ君。準備はいいかい?」


 レミさんの掛け声に、俺とミケはそれぞれ手を振った。


「それでは私の合図で試合開始です」


ソラちゃんが片手を上げた。

 俺はすぐに声が出せるように舌で唇を濡らし、何度も小さく咳ばらいをする。

 ミケは次も勝てると思っているようだ。

 俺の視線に気が付くと、不敵な笑顔をこちらに返してきた。

 完全に舐められてるな……。


「それでは……開始!」


 ソラちゃんが勢いよく手を下げた。

 それと同時に俺はJUピー!を見ながら大きな声で呪文を叫ぶ。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』


 呪文である擬音を言い続けながら、視線をミケの方へと向ける。

 

 ミケは俺の数歩前まですでに到達していた。

 跳躍の姿勢で硬直している。

 なんて瞬発力だ。この一瞬でここまで進んでいたなんで。

 こんな身体能力の相手に魔術で勝とうと言うのは、かなり無理があるんじゃないか

 これは試合だから良いけど、実戦だったら初戦で命を落としている。

 ……まあ、俺は死んでも元の世界に戻るだけだけど。


 そんなことより、ミケだ。

 数歩先にいるミケの表情はまるでこの世の終わりでも見ているよな、恐怖に歪んだ表情だった。

 『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』は最強の生物・龍が放つ殺気を描いたシーンの擬音だから無理もない。

 ミケはそのまま、ぺたんと尻餅をつくようにその場にへたり込んだ。

 俺は呪文を低音で唱えたまま彼女に近づく。

 事情を知らない人が見たら、怯える少女の胸元を触ろうとする変出者だろうな……。

 試合とはいえ、ちょっと罪悪感を覚える。

 ただ、ここで負けるわけにはいかないので、意を決して彼女の胸元の花をそっと手に取った。


「勝負あり! 二回戦はポチ君の勝利!」


 したり顔のレミさんが宣言した。


 呪文を止めると、ミケは我に返ったようにすっと立ち上がる。

 そして、俺に詰め寄って来た。


「今のはなんでござるか!? ポチ殿が急に強大な存在に思えて恐怖で体が動かなくなったでござる!」


 グイグイ詰め寄って来るミケ。

 互いの鼻先が触れそうな距離までにじり寄って来る!

 こんな状況でもちょっとドキドキしてしまう。

 ……相手はミケなのに。


「これがポチ君の魔術だよ」


 ソラちゃんを連れ立って、レミさんが俺たちの方へ近づいてくる。


「これが魔術?」

「そう。昨日の夜にミケの動きを止めたのもポチ君の力だよ」

「そんなことができるとは、にわかに信じられぬ。ただ、今のポチ殿からは恐ろしい殺気は感じられないでござる。……つまり、レミ殿の言うことが事実ということ」

「だから、そう言ってるじゃん。さぁ、これでお互いに一勝一敗。最後の試合を始めようか」


 ソラちゃんがミケの胸元に花を付け直そうと手を差し伸べる。

 だが、ミケはそれを軽く拒絶した。


「勝負はもう結構。あの力を使われたら、拙者に勝ち目はない」

「あら。でも、次はミケも全速力でポチ君の花を狙えば勝てるかもよ?」


 ちょっとレミさん! 何を言ってるんですか?

 せっかくミケが戦意喪失して、俺に勝ちを譲ろうとしてるのに。


「いや、無理でござる。ポチ殿の魔術が解かれても、あの恐怖がまだ忘れられぬ」


 ミケが両手を眼前にあげる。

 その手は小さく震えていた。


 それを見たレミさんが俺の横に来て、そっと耳打ちした。


「ちょっとポチ君。どんだけ強い魔術にしたのさ。ミケがまだ震えちゃってるじゃん」

「いえ、ナーガスに使ったのとそんなに変わらないですよ」

「……ってことは、ミケは感受性が強いのかな」


 心配になってミケの様子を伺った。

 ミケは開いていた手をぐっと握りしめ、俺を見た。


「ポチ殿!」

「はい?」

「ポチ殿は今この時か拙者の主でござる!」

「え?」

「主でござる!」


 ぱっと明るい笑みのミケがいきなり俺めがけて飛びついてきた。

 そして、両手両足で俺に抱き着く。


 ミケが身軽で俺の肉体がこの世界で平均よりやや上の身体能力であるおかげで、不意打ちだったけれど俺は転倒せずに彼女を受け止めることができた。


 その様子を見たレミさんとソラちゃんは口を大きく開けて硬直している。


「え、待って。主ってなに?」

「拙者の国では、自身の本能や心を屈服させた者を主として付き従う掟があるのでござる!」

「そんな動物的な!」

「これからお世話になるでござるよ、ポチ殿!」

「ちょっとレミさん。なんとかしてくださいよ!」


 すがるようにふたりを見る。


「あらあら、ポチ君。いつの間に主だなんて大層な身分になっちゃって。君は私とソラが召喚した丁稚奉公のような者なのに。自分の身分をわきまえているのかしら……」


 声は明るいし、笑顔だけど、なんか醸し出す雰囲気が怖い!

 まるで『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』を使っているようだ。


「レミ殿も主殿と同じ魔術が使えるのでござるか! ただ、それっぽちの殺気では主殿には勝てぬでござるぞ」


 俺に抱き着いたままのミケがニカっと笑った。

 その笑顔で光るミケの犬歯を見ながら、俺は乾いた笑いをするしかなかった。

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