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第5話:食い逃げ少女

「おーいポチ君! なにボーっとしてるのさ」


 思考の中を漂っていた意識がふいに現実に呼び戻された。

 意識から忘れられいた視界が戻り、隣にいるレミさんを捉える。


「なんとなくここ数日のことを思い出してただけです」

「そんなことしてないで、ポチ君ももっと食べたら?」

「いえ、もう大丈夫です。あれを見てるとそれだけでもうお腹いっぱいですよ」

「……まあ、そうかもね。あれは見てるだけで食欲が失せるよね」


 俺とレミさんが改めてテーブルの向かいに座っている人物に視線を向けた。

 そこには俺が確保した少女が食事をしていた。


「顎にソースがついてますよ」


 少女の隣に座っているソラちゃんがナプキンでソースを拭う。


「かたじけない」と少女は礼を言うと、手づかみにしていた大きなステーキ肉にかぶりついた。あまりいい肉ではないようで、スジがある肉を歯でくいしばり、両手で反対側の肉を掴んで引っ張る。ミディアムレアのステーキが無残に食いちぎられる様子はあまりにも生々しく、食欲が失せる「反飯テロ」だった。

 しかも、少女が食べているのは5枚目のステーキ。

 テーブルにはフォークやナイフがちゃんと並んでいるのに、彼女は手づかみで肉やフライドポテトを掴むと口いっぱいになるまで詰め込んだ。

 最初はこの世界ではそういうテーブルマナーもあるのかと思ったが、レミさんやソラちゃん、さらにほかのテーブルの客も嫌そうな表情をしていたので、この世界でもこれは汚い食べ方なのだとわかった。


「あの、レミさん。ものすごい量を食べてるんですけど、お会計は大丈夫なんですか?」


 俺はそっとレミさんに耳打ちした。

 最初にメニューをちらっと見たが、金額のゼロの数が結構多かった。

 この世界の物価はわかっていないが、そんな安いものではないはずだ。


「それは大丈夫。切り裂き魔を捕まえるまでの食事や宿泊費は全部、ノールに経費で請求できるから」


 レミさんが自慢げに鼻をならした。

 なるほど。

 さすが貿易商の社長。

 いや、それだけ息子の汚点を隠すことに必死ってことか。


「ぷはー! 満腹でござる。ご馳走さまでした」


 少女はそう言うと手に着いた肉汁をぺろぺろと器用に舐め取った。


 俺が捕獲した少女は殴打魔ではなかった。

 フード付きの黒いマントは殴打魔と同じだが、証言にあった性別とは違ったのでこの少女が殴打魔ではないとレミさんが判断したのだ。

 ただ、逃走しようとしたので少女から情報を得ることになった。

 少女は、フード付きの黒いマントを脱ぐとニット帽、ノースリーブの着物のような白い上着と赤い短パン。そして、腰までの長さのある薄手のストールを首に巻いていた。

 寒そうな格好にニット帽とストール。

 オシャレに疎い俺にはこれが今時の若者のトレンドなのか、さっぱりわからない。

 いや、、異世界のオシャレの感覚をそもそも知らないんだった。

 顔立ちは目がクリッとしていて、どこか小動物のような可愛らしさがある。


 俺が「ピタッ」で彼女を確保したのだが、特に激しい抵抗されることはなかった。むしろ、そのまま力なく俺の上に倒れ込んできた。そして、弱々しく「何か食べ物を恵んでくだされ」と呟いたのだった。

 そこから話は簡単だった。

 レミさんが食事をご馳走することを条件に、少女に情報を提供させることになった。

 そして、現在に至るというわけだ。


「わーすごい食べたね。それじゃあ、さっそくだけど君のことを教えてもらおうか。まずは名前からね。ちなみに私はレミ。君の隣にいるのは妹のソラ。そして君を捕まえたのはポチ君だよ」


 いきなり自己紹介されたので、俺は慌てて頭を下げた。

 ソラちゃんも「よろしくお願いします」とほほ笑んでいる。

 尋問とは思えない和やかな雰囲気だ。


 ほほ笑みながらレミさんは俺にそっと視線を向ける。

 俺はそれを受けて小さく頷いた。

 事前にレミさんから指示されたいた通り、JUピー!を膝の上に開いていた。

 「ピタッ」が書かれているページだ。

 もしこの少女が逃げようとしたら動きを止めるためだ。

 彼女が食事に夢中になっているときに、ページの指定と拡大解釈率は小声で指定済みだ。


「拙者の名はミケと申す」


 少女は先ほどの意地汚い食べ方をしていた人物とは思えない、きりっとした表情でそう言った。姿勢もピンと伸び、まるで茶道でもしているような居住まいだ。


「それで、なんで私たちから逃げたんだい?」

「……実は数日前に、食い逃げをしてしまい……いや、お金を払うつもりだったのだが、拙者の持っている銀貨はここでは使えぬと言われて致し方なく……。この国に来てからまともに飯を食べておらず……本当に申し訳ない!」

「つまり、私たちが食い逃げ犯を追っていると思ったってわけか。大丈夫。私たちはそんなことはどうでもいいから。なんなら、食い逃げした食事代も後で私が支払ってもいいよ」

「まことか!」

「まこと。まこと。どうやら君はこの国の人間じゃないみたいだけど、どこから来て、何をしようとしてるんだい?」


 レミさんの質問に、ミケと名乗る少女は一瞬ビクッと肩を揺らした。


「……生まれ故郷はここから遠く離れた島国でござる。この国に来たのはジュウゾウを倒すため」


 なんか急に和風っぽい設定をぶち込んできたな。

 よくあるファンタジーものだと東の方にジパング的な国があるものが多い。

 この異世界もそんな感じなのだろう。


「島国ねえ。聞いたことないなあ。それより、そのジュウゾウってやつ、もしかしてこの街で夜に人を斬りつけてるやつのことかい?」

「レミ殿! ジュウゾウのことを知っているのか?」


 急にミケが立ち上がった。

 ガタンと椅子が後ろに倒れる。

 ミケの表情は少女のものとは思えない、負の感情をたぎらせたような鬼気迫るものだった。


「ちょっと落ち着いて。今にも殺そうって感じで凄まれたら、私は何も言えないよ」

「これは失礼した。ただ、レミ殿たちがジュウゾウの一派であるのであれば、話はここまででござる」

「私たちはたぶん君の味方だよ。こっちもそのジュウゾウって人物を追っているからね。それでそのジュウゾウってやつは君にとってどんな存在なんだい?」


 レミさんの言葉に、ミケはテーブルの上に置いた両手の拳をぐっと握りしめる。

 そして、眉間に皺を寄せて、全身を震わせながら口を開いた。


「ジュウゾウは、拙者の父を殺し、我が国を滅ぼそうとする悪漢でござる!」

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