第1話:路地裏で待ち伏せ
「ポチ君! そっちに行ったよ!」
夜。
どこかの地方都市。
繁華街にある狭い路地裏に俺は立っていた。
俺の眼前に続く道は20メートルくらいで建物に突き当たり、直角に右へと折れている。
その右折した先からレミさんの声が聞こえた。
「ピタッと作戦始動!」
レミさんが名付けた恥ずかしいネーミングを聞いても脱力しないほど、俺は緊張している。
これからこの道を進んでくるのが、この都市で多発している切り裂き魔だからだ。
正確には切り裂きではなく殴打だから、殴打魔というのが正しいのかもしれないけど。
両掌にじっとりと浮かぶ汗をスーツで拭うと、左前方に浮かぶJUピー!に一瞬だけ目を向ける。
JUピー!は俺の指定したページを開いたまま、魔術の発動を待っていた。
暗闇に慣れた視界に黒い物体が飛び込んできた。
細部はわからないが、マントに付いたフードを目深に被った人型だ。
もしかしたら魔物の類かと思っていたので、少しばかり安心した。
人間ならいきなり噛みついてくることはないだろう。
そんなことよりも作戦だ。
俺は大きく息を吸い込むと、大きな声で呪文を唱えた。
ページと拡大解釈率の指定はすでに終わらせている。
ピタッ
俺が呪文を唱え終えた時にはすでに殴打魔の姿はなかった。
俺の横を走り去った形跡はない。
俺は前方の道に目を凝らす。
でも、それらしい物体はいない。
困惑していると、路地の先にレミさんとソラちゃんの姿が見えた。
「ポチ君!」
「殴打魔が消えました!」
「どこ見てるんだ。上だよ、上!」
レミさんが俺の頭上を指さす。
そこには跳躍する姿勢で停止した殴打魔の姿があった。
左足を伸ばした跳躍の姿勢で、高さはちょうと建物の2階くらいだろうか。
普通の人間が何の補助もない踏み込みでこんな高さまでジャンプできるものなのか?
この世界ではあり得ることなのか?
それとも魔術や聖異物によるものか?
「ポチさん、危ないです!」
ぼーっとまとまらない考察をしている俺に、ソラちゃんが警告してきた。
我に返ると、眼前に殴打魔の姿がある。
俺の停止魔法「ピタッ」の効果が切れたようだ。
停止されたことで跳躍の勢いもなくなり、魔術の効果が切れた後は自由落下するのみ。
避ける間もなく、殴打魔が俺の上に落ちてきた。
強い衝撃と激しい痛み。
18歳に若返り、肉体も強化されていなかったら、骨折くらいはしていたかもしれない。
想像よりも殴打魔は軽かったが、受け止めることはできず、俺と殴打魔は情けない体勢で路地に倒れ込んだ。
「イタタタ……なんでござるか。今のは?」
俺の腹の上に馬乗りになっている殴打魔が呟いた。
その声も俺の想像とは違った。
ハスキーではあるが、軽さと明るさがある。
「ポチ君! 逃がすな! そのまま確保!」
レミさんの指示に従うように、俺は無我夢中で腹の上の人物に抱き着く。
殴打魔の身体は細く、感触もやわらかい。
そして、この膨らみは……?
「キャー!」
殴打魔が叫び声を上げる。
その声に俺ははっとした。
殴打魔は女性だったのだ。




