第18話:契約終了!
怨霊の元凶を対処した後、俺たちはどうにかロロリア村に戻ってきた。
それから3日後。
俺はレミさん家のダイニングのテーブルでお茶を飲んでいる。
その向かいには必死に報告書を書き直すレミさんと、それをサポートするワタさん。
レミさんの指には薄く包帯が巻かれていた。
怨レミだったときに血のツタを掴んで負傷したせいだ。
「これでどう?」
レミさんが書き終えた報告書をワタさんに手渡す。
ワタさんは3枚程度の報告書に目を通していく。
時折、難しい表情を見せるワタさんに、レミさんだけじゃなく俺まで緊張した。
報告書の書き直しはこれで5回目だったから。
ワタさんは最後まで目を通すと、報告書をテーブルに置いた。
「まだ大げさな表現はありますが許容範囲だと思います。これで提出して問題なく受理されるでしょうねー。ポチさんも読んでみますか?」
「え、俺も?」
「私の力作だからね。しっかり読んでみるといいよ」
ワタさんに手渡された報告書に目を通す。
といっても、書かれていることは俺も一緒に経験したことなので、特に目新しいことは書かれていなかった。
例のリコーダーの聖異物の持ち主は、ヌールという王都の南にある貿易都市で商社を営む富豪の息子だった。
彼はいわゆる聖異物コレクターで、商社に持ち込まれる聖異物を会社のお金でこっそりと収集していたらしい。そのことがバレないように、片田舎にあるめったに人の来ない森に小屋を建てて、そこに保管するようになった。
時折、そのコレクションを鑑賞したり、試しに使ったりするためにこっそりと小屋に訪れていたそうだ。
だが、ある日、新しく手に入れたリコーダーを吹いてみたところ、聖異物が暴走して怨霊に憑依されてしまう。
それ以降は俺が召喚されて怨レミを倒すまでの流れになる。
なぜ、聖異物が暴走したのか。
それは聖異物の使用条件を無視したためだと、レミさんの報告書に書かれていた。
レミさんの眼鏡を使った分析によると、このリコーダーは「怨霊の笛」という別名を持ち、本来の効果は「人工怨霊を生み出して、対象者を怖がらせる」という些細なものらしい。
ただ、使用の絶対条件として「使用者は女性限定」になっている。
ヌールはもちろん男性だったので聖異物が暴走。リコーダーが聖異物になったときに込めれた少女の想いがさらに具体化されて少女の疑似人格をもつ怨霊の主が誕生してしまったそうだ。
ちなみに、ヌールが長期にわたり怨霊の主に憑依され続けることができたのは、憑依された状態でしっかりと食事をしていたこと、保管していた他の聖異物に込められていた魔力を吸収していたことが原因らしい。
俺たちが発見した時にヌールが倒れていたのは、他の聖異物から魔力を吸収しつくしてしまったからだ。
この騒動の後、ヌールは聖異物の保管と怨霊が森周辺の村々に危害を与えていたことが父親にバレて大目玉を食らったそうだ。
聖異物は父親の管理下に入り、損害を受けた村々は越冬用に大量の薪と保存のきく食材が無償で提供されることになった。
そして、俺たちには謝礼として結構な大金が贈られた。
「どう? なかなかうまくまとまってるでしょ?」
報告書を読み終えた俺に、自信満々な表情でレミさんが言った。
「そうですね。少し誇張した部分もありますけど。これはこれでいいんじゃないですか?」
「誇張したところあった?」
「ありましたよ。供養塔に行く過程でモンスターとの遭遇なんてなかったですよね?」
「あれ? そうだっけ? 私、怨霊に憑依されてたから、その辺の記憶が曖昧なんかも~」
ケラケラと笑うレミさん。
いつも通りといえばいつも通りか。
「さて。私も自分の依頼主に報告に行かないといけないので、そろそろ行きますね」
「えー! もう帰っちゃうんですか?」
席を立ったワタさんに、ダイニングにやって来たソラちゃんが声をかけた。
「はい。私は次の任務もありますので。そうだ。国家魔術師になったら、クロブタ女学院に遊びに来てください。任務がないときはそこで教鞭をとっていますので」
「必ず行きます!」
「あ、私も行くよ。その時はよろしくね!」
ワタさんを玄関まで見送ることになり、俺たちは廊下を進む。
先を歩くレミさんとソラちゃんを付いて俺も歩いていると、背後のワタさんが俺にそっと耳打ちしてきた。
「ポチさん。怨霊に使った『トゥンク』という魔術ですが、今後はあまり使用しないことをお勧めします。人の心を操る魔術はその後の影響が大きいのでー」
「影響? 怨霊はもういないじゃないですか」
「怨霊はレミさんの魂に密着していた、といえばお分かりになるかと」
「それって、つまり……」
「直接レミさんにかけたわけではないので大丈夫かと思いますが、念のためお伝えしておこうと思って」
「はあ」
ワタさんは俺に意味深なことを言って、ロロリア村を後にした。
それから。
今度は俺がこの世界を去るときがやってきた。
「はい。最後にここにサインをしたら、契約は終了になるよ」
レミさんとソラちゃんと対面するかたちで、俺はテーブルで契約書の数か所にサインを
していた。
「もし、ここにサインをしなかったら、俺はこの世界に残れたりするんですか?」
別に自分の世界に帰りたくないわけではない。
元の生活もそんなに悪くないと思っているし、JUピー!の次号も読みたい。
この世界は命のやり取りが身近過ぎるので、俺にはまだ向いていない。
でも、レミさんやソラちゃんと別れるのはちょっと辛い。
残ってほしいと言われたら、そのときは考えても良いとは思っていた。
「急に何を言ってるんだい?」
「あの、ポチさん。それは契約違反になるので、ポチさんが死ぬことになります」
「そうそう。もしこの世界に残るとしても死体で残ることになるよ」
「わかりました。では、ここにサインして終わりですね」
俺は最後のページにサインをした。
すると、俺の体が光を放ち始めた。
「これで契約終了です。今までありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
ソラちゃんがニッコリと笑顔で言った。
「これからも」ってなんだ?
「ポチ君が最後にサインしたところだけど、これからも私たちが召喚要請したら、それにいつでも応えるというものだったんだよ」
「え、聞いてませんよ!」
「聞くも何も書いてあったでしょ?」
「契約書なんて、細かく読んでサインしませんよ」
「ポチさん。そんなことでは詐欺に遭いますよ」
「これも最初から詐欺みたいなものだったでしょ! 無償でここまでさせられて」
「無償? しょうがないなあ」
レミさんはそう言うと、身を乗り出して俺の顔を両手で包んだ。
そして、俺の頬に軽くキスをした。
「とりあえず、今回の謝礼ってことで、次は……」
レミさんの言葉をすべて聞き終える前に俺はこの世界から消えた。
「お客さん。終点ですよ! 降りてください」
俺が目を開けると、そこには電車の車掌がいた。
どうやら自分の世界、しかも、召喚されて少ししか時間が経っていないところに戻ってきたようだ。
俺は車掌に言われるまま、駅のホームに降りた。
自分の最寄り駅はひとつ前。まだ終電まで時間もあるので反対側の電車に乗れば家に帰れる。
俺は最後にレミさんがキスしてくれた頬に手を当てる。
その感触がまだ残っているのに、俺はもうあの世界にはいない。
感傷に浸りながら、ふとスーツのポケットに手を入れると、そこにはメモ帳の切れ端が入っていた。
それを広げると、「次は国家魔術師になった私たちの手伝いをよろしく!」と異世界の文字で書かれていた。
その文字をまだ理解できることを驚きつつ、また苦労させられるのかと思うと感傷よりもどっと疲れが出てきた。
俺はホームに入って来た電車に乗り込んで、今度こそ帰路についた。
とりあえず、最初に構想していたところまで書き終えました。
つたない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
続きも考えていますので、「読んでも良いかな」と思われた方はブックマークなどしていただけると執筆のモチベーションになります。




