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第15話:未成熟な少年の暴走

 煙に囲まれた怨レミは引っ張っていた血のツタを指に絡めたまま、ぐったりとうなだれた。

 呆けたような表情で、心ここにあらずといった状態。


「では、この子の記憶を探ってみましょう」


 ワタさんはそう言うと、なにやら呪文を唱える。

 その声はとても小さく、俺には何を言っているのか聞き取れなかった。

 が、その効果はすぐに現れた。

 いきなり俺の頭におぼろげな光景が浮かびあがる。それは俺の記憶にはないものだ。

 まるで、起きたまま夢を見ているようだった。


「なんだ、これ?」

「あの怨霊の記憶です。魔術で私たちに共有させてもらっています。これであの子の負の感情の原因を探ってみましょう」


 俺の頭に鮮明な映像が浮かぶ。


 学校の校庭。たくさんの小学生と保護者。

 どうやら運動会のようだ。

 グランドではリレーが行われている。

 3位でバトンを受け取った少年がすごい勢いで2位の子を抜き、さらに1位の子に迫る。

 グランドには歓声が上がる。その中に祈る様に手を合わせる少女。

 ゴールテープから1メートル手前で1位の子より半歩前に出る少年。

 そのまま、ゴール。

 逆転劇にみなが喜ぶ。その中に少年を羨望の眼差しで見つめる少女の姿。



 一瞬で光景が変わる。

 学校の校舎入口。雨空を見上げる少女。

 傘がなくて困っている。

 その後ろから少年がやってくる。

 少年は手にしていた傘を少女に差し出し、自分はランドセルを頭の上に乗せて校門へと駆けていく。

 その後ろ姿を見つめる少女。



 いくつもの少女と少年のさりげないやり取りが俺の中で蘇る。

 幼い男女の初々しい交流。俺にはまったく経験のないことだが。

 少女の喜びと彼への好意。温かい感情が俺に流れ込んでくる。

 少しくすぐったくて、心地いい気持ち。



 また、ある記憶が入ってくる。

 放課後、校舎内にはほとんど人がいない。

 どうやら、授業が終わってだいぶ時間が経っているのだろう。

 下駄箱の前で靴を履こうとしている少女。

 そこで忘れ物をしたことに気づき、少女は教室へ戻っていく。

 教室の引き戸は半分空いている。

 少女が室内を見ると、例の少年が独りでいた。

 勇気を出して彼に声をかけようとする少女。

 だが、彼の挙動不審な行動に違和感を覚えて戸に身を隠す。

 少年は少女の机の中から、リコーダーを取り出す。

 そして、恐る恐る、その吹き口を舐め始めた。

 少女は泣きそうな顔でその場は離れる。



 どこかの川。

 橋の上にいる少女は手にしていたリコーダーを川に投げる。

 その頬には涙が流れていた。

 俺の中に裏切られた動揺と少年への嫌悪感が満たされていく。



 水流に運ばれるリコーダーの光景が意識から消える。

 それ以上の記憶はもう流れてこなかった。



「なるほど。愛憎は紙一重ってことですね」


 俺はそう言いながら、ワタさんとソラちゃんを見た。

 が、ふたりともきょとんとした表情。


「ポチさん。理解できたのですか?」


 ワタさんが驚いたように聞いてくる。


「えっ、わかりませんでした?」

「前半はわかりました。あの少年の行動に少女が好意を持ったのですよね?」

「そうですね。小学生の恋愛あるあるエピソードです」

「小学生? ああ、この怨霊もポチさんの世界から来たのですね」

「そうだと思います。建物やイベントなんかは俺の世界のものだったので」

「では、最後の笛のくだりはどういう意味ですか?」

「男子が少女のリコーダーを舐めて、それを本人に見られちゃったわけです」

「なんで笛を舐めたのですか?」

「それは……好きだから」

「ポチさんの世界では好きな人の笛を舐めるのですか?」

「いや、ごく一部です。好きだけど好きって言えなくて、その感情が止まらなくておかしな行動をしてしまうというか」


 説明が難しいな。

 俺の世界では説明不要なエピソードだから、理由をいちいち言語化したことはない。


「なるほど。つまり、未成熟な少年が性的な衝動を暴走させて、少女の唾液が付着している笛の拭き口を舐めた…ということですね」


 ワタさんが合点がいった表情で結論を語った。

 端的に言語化されると、なんかこっちが恥ずかしくなる。

 知らない少年だけど、俺たちまで目撃してしまって、なんかごめん。


 ソラちゃんは、ワタさんの説明に居心地が悪そうに下を向いている。

 この会話に参加しないようにしているようだ。


「その性的な行動を見てしまった少女は男性の未成熟な行動を理解できず、自分の唾液を舐める少年に嫌悪した。しかも、彼のこれまでの好意的な行動とは真逆であったため、裏切られたという感覚が一段と強かった。その負の感情が怨霊となったわけですね」

「でも、なぜそれがリコーダーに? 彼女はリコーダーを川に捨てましたよね」

「異世界召喚は術師が行わなくても、ごく稀に自然発生することがあります。たぶん、あの笛は川に流されたときにこちらに召喚されたのでしょう。そして、そのときに少女が最後に込めた感情が乗り移って聖異物となってしまった。あの笛は怨念に関わる能力を持っていると推測できます」

「それで、これからどうすれば良いんですか?」

「答えは実にシンプルです」


 ワタさんは俺を真顔で見つめる。


「男性を好きになってもらえば良い」

「はい?」

「恋愛感情を思い出させてください」

「……つまり?」

「ポチさんが怨霊を惚れさせればいいのです」


 ワタさんは人差し指を立てて、ドヤ顔をしている。

 人間相手でも俺には高難度なのに、怨霊相手にそんなことできるのか?

 いや、そもそも怨霊に惚れられたいと思わないんですけど。

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