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第13話:リコーダー

 倒れている男はややポッチャリ体型。

 服装はジャケットとスラックス。服は上質で高価な感じがする。

 うつ伏せだからよくわからないが、金持ちそうだ。


「この男性の魂はまだ体に留まっているので、ご遺体ではないようですね」


 ワタさんが倒れた男を見下ろした後、俺たちを見てそう言った。

 その表情がちょっと残念そうだったのは指摘しないでおこう。

 きっと、怨霊じゃなかったから、がっかりしたのだろう。


「魔力の枯渇以外は特に異常はないみたい。ちなみに年齢は20代後半。慢性の腰痛があるね。まあ、この体型なら腰も痛くなるよ」


 レミさんが眼鏡をクイっと上げて分析結果を教えてくれた。

 ソラちゃんはワタさんに眼鏡が聖異物だと補足している。

 さすが、気配りがうまい。


「ポチ君。この男を仰向けにしてよ」


 死んではいないようだが、触って大丈夫なのだろうか。

 レミさんが触れというのだから大丈夫なのだろうけど、この男が本当にテロリストとか危険人物だったらと思うと、気軽に触る気にはなれない。


「ほら、早くしてよ」


 躊躇している俺に、レミさんが催促してくる。

 ここで抵抗しても無駄だということはこれまでの経験で嫌というほどわかっている。

 俺は男の傍らにしゃがみ込むと、男の右肩と腰に手をかけて寝返りをうたせた。

 男は転がった反動で、両手をだらしなく広げた状態になった。


「年齢にしては老けてるね」

「そうですねー。不摂生な生活をしているのではないでしょうか?」


 レミさんとワタさんが男の顔を観察して、そんなことを言っている。

 観察するところはそこじゃないと思う。


「ソラ。この男に魔力の充填をお願い。まだ部屋の調査をしたいから、意識が戻らない程度にしてね」

「わかりました」


 ソラちゃんは男の腕に触れると、そっと目を閉じた。

 聖異物に魔力を充填するように男に魔力を注いでいく。


「さっき棚にある品をざっと眼鏡で分析してみたけど、どれも聖異物のようだね。軽く見ただけだから、どんな能力があるかまではわからない。それにしても、こんなにたくさんの聖異物を見るのは初めてだよ。全部売ったら、村ひとつは買えちゃうだろうね」


 レミさんは嬉しそうに言った。

 こっそり棚の品のひとつやふたつを袖の下に入れそうな、危険な微笑みをしている。


「ダメですよー。ネコババは」

「やだなあ。悪いことはしないよ」

「それより怨霊を生み出す物はありそうですか?」

「ちょっと待って。面倒だけど、ひとつずつ分析してみるよ」


 レミさんとワタさんは男から離れて、棚の品を再び調べ始めた。

 俺には怨霊の気配も聖異物の分析もできないので、ソラちゃんの横でなんとなく男を眺めていた。

 ふと、男の手元を見る。

 男は何か棒状の物を握っている。

 茶色なので、床と同化して見えるので、今まで気がつかなかった。

 俺を男の手にある物を掴むとぐっと力を入れて、やや強引にもぎ取った。

 手にしたそれは、見覚えのあるものだった。


「リコーダーだ。この世界にもあるんですね」


 俺は手にした縦笛をソラちゃんに見せる。

 ソラちゃんは魔力の充填で目を閉じているので、俺が差し出したリコーダーに気が付かない。

 それにしても、なんでこんな物がここにあるのだろうか?

 楽器演奏がこの男の趣味か?

 

『男……男……嫌い……気持ち悪い……許せない……』


 急に小さな女の子の声が聞こえた。

 いや、耳から聞こえるというより、頭の中で声がしているような不思議な感覚だった。


『力を……もっと魔力を……ちょうだい……』


 リコーダーを見ると、ぼんやりと光っている。

 これってよくない兆候だよな、きっと。


「レミさん! リコーダーが! 変なことになってます!」


 俺は棚を見ているレミさんに縦笛を突き出して叫んだ。

 レミさんは俺の手にしたリコーダーを見て、表情を一変させた。


「ポチ君! 早くそれを捨てて!」


 レミさんの言う通りにしようとするが、笛は俺の手に吸い付いている。

 手を開いても、笛は落ちない。まるで陳腐な手品のようだ。

 なんだか力が抜けるような感覚がする。

 俺は立っていられなくなり、ガクッと片膝をついた。


「まずい。ポチ君の魔力が吸われているみたいだ」

「まずいのはそれだけじゃないですよ。急に人工怨霊の気配がしてきましたー」

「ポチ君、何してんのさ。早く捨てて!」

「あの、手から離れないんですけど」


 俺は手のひらを下にしても手にリコーダーが吸い付いているのをレミさんに見せる。


「……つ! しょうがない!」


 レミさんは俺に駆け寄ると、強引にリコーダーをもぎ取る。

 急速な脱力感が治まったが、めまいがして俺はその床に両手をついた。


「ソラ、その男はいいから、ポチ君に魔力の充て……」


 レミさんはガクッと頭を前に倒す。

 そして、ゆっくりと頭を上げた。

 顔色が心なしか青白くなっている。

 そして、瞳の色、いや、白目もすべて真っ黒に変色していた。


「レミさん?」


 俺は四つん這いのまま、頭を上げて彼女を見上げる。


「やっと……女の人の体…これで仕返しができる……」


 いつものレミさんからは想像できない歪んだ笑み。

 そして、声色は俺の頭の中に聞こえた声と同じものだった。

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