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第11話:ウデとムネのせめぎ合い

「それじゃあ、屋敷に向かいましょう」


 コトさんはそう言うと、俺の横へやって来た。

 そして、いきなり俺の腕に自分の腕を絡める。


「えっ? ちょっ、なに!?」


 予想外の行動にうまく言葉が出てこない

 恥ずかしながら36歳にもなって、女性と腕を組んだ記憶は幼稚園のお遊戯くらいしかなかった。

 コトさんは、挙動不審な俺をリードするように歩き出す。

 俺は助けを求めて、レミさんとソラちゃんの方を振り返る。

 ふたりは面食らったような表情のまま、とりあえず俺とコトさんの後について歩き始めていた。

 ええー何で助けてくれないの?



「あ、あのこれはどういうことですか?」


 少し歩いて緊張も和らいできたので、俺はやっとコトさんに質問した。


「これって?」


 俺の質問に答えるように、コトさんは俺の右腕を両手でぎゅっと抱きしめる。

 体を密着させるので、俺の二の腕にはコトさんの胸が押し付けられた。

 ダメだと思いながら、二の腕に意識を集中させてしまう。

 コトさんの胸は柔らかいのに程よい弾力があり、ほのかに温かい。

 この感触なら、一生味わっていても良いなぁ。


「魂の匂いよ」


 ぼーっとのぼせている俺に、コトさんがそう言った。


「ワタから聞いたけど、ポチは異世界人なんでしょ。だから魂の匂いや色が特別なのね。アタシがこれまで嗅いだ魂の中で一番好きな匂いよ」

「そ、それはどうも……」


 コトさんは俺の肩に顔をうずめると、深く鼻で呼吸をする。

 肩のくすぐったい感触で全身に鳥肌が立つ。


「ポチの匂いは完熟した果実の甘さとブランデーの芳醇さが混ざったような香り。この匂いを嗅ぐと体の奥が熱くなってくるわ」

「そうい――」


 俺はコトさんの方に視線を落とすと、しがみついている彼女の胸が目に飛び込んできた。

 密着しているため、谷間がより強調され、心なしか少し赤みが増しているようだった。

 見てはいけないものを見てしまった罪悪感で、体がびくっとなってしまう。


「あら、動揺してるの?」

「いえ」

「もう可愛いわね、ポチは。怨霊退治が終わったら、ワタの護衛になりなさいよ。そうしたら、アタシともずっと一緒にいられるし。ポチになら腕組み以上のことをしてあげてもいいわよ」


 俺は目のやり場に困り、進行方向に目を向けた。


「腕組み以上って……その体はワタさんのものでしょ?」

「さすがにワタの許可がないと一線は超えられないわ。でも、ワタとポチが結ばれたら、アタシにもチャンスはあるってことでしょ?」


 コトさんが俺の指に自分の指を絡めて、手をぎゅっと握る。

 異世界で大人の関係。

 想像したことはあるが、まさか自分に実際に起こるとは!


「さっきから何を言ってるんだい君たちは!」


 背後からレミさんの声がする。

 心なしか、怒りのオーラが漂っているように感じる。


「あら、いたの?」


 コトさんが立ち止まってレミさんの方を振り返る。

 急に止まるので、俺は腕を後ろに引かれるようにぐっと足を止められた。

 恐る恐る俺も後ろを振り返る。


「ずっといるけど。ソラもいるんだから、下品なこと言わないでよ」

「あら、なに? 妬いてるわけ?」

「なっ。だ、誰が!」

「でも、顔が真っ赤よ」

「真っ赤になんてなってません!」

「ふふ。なってるわよ」

「いつ? 何年何月何日?」

「もうお子様ねー」


 確かに、レミさんの顔は真っ赤だ。

 つまり、コトさんに嫉妬しているのか?


「ポチ君は私が召喚して契約している異世界人なの! 私とソラの下で働く丁稚奉公! 私たちの許可なく勝手に使わないでよ!」

「それがお子様なのよ。お気に入りのおもちゃを横取りされた子供。いえ、愛犬が自分よりも良い女に懐いてショックをうける飼い主ってところかしら」

「ムキー!」


 レミさんから言葉にならない声が出た。

 普段のレミさんからは想像できない、怒りをあらわにしている。

 レミさんも激しい感情を表に出すことがあるんだ。

 それにしても、丁稚奉公って……。

 嫉妬じゃなくてもいいから、もっと良い存在として見てほしい。


「ほらほら、お子様は放っておいて、先を急ぐわよ」


 勝ち誇ったように笑いながら、コトさんが俺を引っ張って進み始める。


「あまり、からかわないであげてください」

「あら、ポチもあの子の方が良いの?」

「どっちが良いとかそういうことじゃなくて……。ワタさんにも怒られますよ」

「ワタは私のことを信用しているから大丈夫。それにアタシはこの子の祖先だから、この子を傷つけるようなことは一応しないつもりよ」

「祖先?」

「ワタの家系は代々死霊使いなの。アタシは初代ね。アタシは死んでから、守護霊として一族の死霊使いを見守って来たのよ」

「優しいんですね」

「あらー口説いてるのかしら?」


 コトさんが俺の肩に頭を預けてくる。


「い、いや、そういうわけではなく」

「まあ、見守る代わりに、アタシも死んでからもこうしていろいろと楽しんでいるわけだけどね。今回はポチみたいないい匂いの人とも会えたし。役得よ、役得!」


 コトさんは不真面目な態度をとってはいるが、時おり進む道を指さして俺を誘導している。

 任務を進めながらも、情欲には忠実。

 これが熟練した大人の余裕というもの、なのか?



 しばらく道なき道を進んでいくと、木々の間に建物らしきものが見えてきた。

 まだ細部はわからないが、屋敷というよりは木造のロッジのようだ。


「あれですか?」


 俺は建物を指さして、コトさんに尋ねた。


「あら、もう着いちゃったの? もっとポチの匂いを楽しみたかったのに」


 コトさんは残念そうに言うと、また俺の肩に鼻をうずめた。


「本当にあった。コトの鼻は猟犬並みだねー」

「まあ、私を犬扱いするの? 小娘のくせに」

「誰が小娘だよ!」


 またレミさんとコトさんが言い争いを始めた。

 どうもこのふたりは馬が合わないようだ。


「私の呪術で操り人形にして……」


 コトさんがレミさんに言い返そうとしたところで、急に言葉が止まった。

 そして、コトさんは頭をガクッと俺の肩にもたれかける。

 

「コトさん?」


 コトさんの体がぶるっと震えたかと思うと、胸から白いもやが出てくる。

 もやはコトさんのショルダーバッグの中へと入っていった。


「どうやら、ワタとの契約が終わって石の中に戻されたようだね。私に盾突いて勝てるわけないんだよ!」


 レミさんが勝ち誇ったように笑う。


「お姉ちゃん……何もしてないですけど」


 ソラちゃんがあきれたような表情でつぶやいた。

 こんな子供の前で何をやっているのだか。

 いや、俺のダメな大人のひとりか……。


「んん」


 コトさん、いや、ワタさんが目を覚ましたようだ。

 もともと意識はあると言っていたので、目を覚ますという表現はおかしいのか?


「良かった。目的地に着きましたねー」


 コトさんとレミさんの言い合いを気にしていないようで、のほほんとワタさんが言った。

 その声や口調は、初めて話した頃のような、のんびりとした柔らかいものに戻っている。


「では、屋敷の調査を始めましょうかー」


 ワタさんが俺たちにそう呼びかけて、歩みを進める。

 あれ?

 なんか違和感。


「ワタ! もとに戻ったんなら、ポチ君から離れなよ!」


 レミさんが俺とワタさんの間に割って入ってきて、俺たちを引き離そうとする。

 ワタさんはそのままで、なぜか俺だけふっ飛ばされて地面に倒れた。


「あらあら。忘れてました。おばあちゃんがポチさんにしがみついていたのでしたねー」


 ワタさんがこんな性格だから、コトさんの暴走が増長されるのではないだろうか。

 まあ、俺も良い思いをしたので、何も言わないでおこう。

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