第9話:魂の色
「死霊使い?」
俺はワタさんの言葉をそのまま返した。
オウム返しでそのまま返すのは自分の知識不足を晒すようで、なんとも情けない。
「はい。死霊使いです」
ワタさんはにっこりと答えた。
いや、その答えは間違っていないけど、俺の質問の核心に触れていないというか……。
「死霊使いとは?」
「死霊使いは死霊使いですー」
「……それで?」
「はい?」
ワタさんは相変らず、のほほんとほほ笑んでいる。
どうにも会話が前進しないな……。
「死霊使いっていうのは、霊を使って戦闘や偵察をしたり、除霊や呪いを行ったりする術師のことだよ」
不毛なやり取りをしている俺を見かねてレミさんが助け舟を出した。
こういう面倒な解説は避ける傾向にあるレミさんが説明してくれるのは珍しい。
それだけ痺れを切らしているということか。
「その死霊使いがどうして怨霊の大群にとりつかれていたのさ?」
レミさんは警戒心を微塵も隠さずにワタさんに質問する。
「私が供養塔に着いたときにはすでに巨大な怨霊がいたんですよ。中に依代がいるだろうと思って、ちょっと強引に依代を取り除いたら、私がとりつかれてしまったんですー」
「無茶するなあ」
「依代は森に棲むウサギでした。人間ではなくて良かったですー」
「いや、自分がとりつかれたら意味ないじゃん」
「霊と一体になった方が彼らと話がしやすいのでー」
「でも、死んだらオジャンでしょ?」
「そうですねー」
「……」
会話のキャッチボールがうまくいかないので、レミさんがイラッとしてる。
無理もないけど。
「ポチ君!」
「はい?」
「……あとは任せた」
「ええー」
レミさんは俺の肩に手を乗せて、自分は一歩引いた。
ずるい! 俺だってワタさんみたいなタイプと話すのは得意じゃないのに。
でも、ここでレミさんに何を言ってもたぶん何もしてくれないだろう。
俺が話すしかない。
「えーと。怨霊と話をして何かわかったんですか?」
「……」
質問に答えず、ワタさんはじーっと俺を見ている。
俺の顔に何かついてるのか?
「あなた……」
「はい?」
「異界の方ですよね?」
「え? ど、どうしてわかるんですか?」
自己紹介もまだなのに、どうして俺がこの世界の人間じゃないとわかったのか?
外見はこの世界の人と同じなのに。
微笑みを崩さないワタさん。
だが、今はその微笑みが逆に怖い。
「私は死霊使いなので、魂の色、みたいなものが見えるんです。あなたの魂の色は、この世界の人間とはかなり違いますので」
「なるほど。死霊使いってすごいんですね」
「いえ、パッと見ただけでわかるのは、私が優秀だからですよー」
魂の色が見えるのもすごいが、謙遜せずに優秀だと言い切れるのもすごい。
「できる人アピール」が苦手な俺には無理な言動だ。
「ゆ、優秀…ですか……」
「はいー。これでも国立クロブタ女学院を首席で卒業しましたのでー」
「え? ク、クロブ…なに?」
いきなり想定外のワードが飛び出したので、思考が追い付かなくなった。
「クロブタ女学院はこの国の3大女学院のひとつだよ。霊や呪いのエキスパートを育成する教育機関の最高峰だ。ちなみに残り2つは、剣術と魔術を鍛えるアカワシ女学院、魔法薬学を学べるシロヘビ女学院だね。まあ、ポチ君には関係ないけど」
「でも、なんでクロブタ? ネーミングセンスがすごいですね」
「呪いの触媒に大昔から豚の生き血が使われていたのが由来らしい。中でも黒豚の血は呪いの効果をより高めると言われてるんだ」
レミさんが俺に耳打ちして、ワタさんの返答を補完してくれた。
由来が分かると、ネーミングセンスもそこまで悪くない……のか。
「あのーあなた方3人のことも教えていただけますか? 私もあなたたちのような不自然な組み合わせにとても警戒してますのでー」
警戒してることを微塵も隠さないだけじゃなく、それを笑顔で言いのけるとは。
この人はレミさんとは別の意味で面倒なタイプだ。
俺たちはワタさんに簡単な自己紹介とこの森に来た理由を話した。
ワタさんは「まあ」とか「へえ」とか、当たり障りのない日常会話でも聞くようなリアクションだった。
「あらあら怨霊退治ですか」
俺たちの事情を知ったワタさんはそう答えた。
「…いや、もう倒しましたよ」
「え?」
「ほら、ワタさんにとりついていた怨霊を昇天させたじゃないですか」
「あれはポチさんが除霊してくださったんですか。あの数をおひとりで。すごい術師さんなんですね」
「まあ、偶然というか、私欲の勝利というか」
使った擬音が不純な動機で覚えたものだったので、なんとなく後ろめたかった。
「あの怨霊さんたちを退治しても、きっとまた同じようなことが起こると思いますよ」
「それってどういうことだい?」
レミさんがずいっと身を乗り出した。
俺も同じ衝動にかられた。
あの巨大怨霊が元凶ではないのか?
「あの子たちとお話をしてわかったことですが、人工的に作られた怨霊みたいです」
「つまり、人工的に生み出している何かを対処しないとダメってことだね?」
「そうです。飲み込みが早くて助かりますー」
「もしかして、ワタがとりつかれて除霊できなかったのは、普通の怨霊じゃなかったからかい?」
「あら、そこまでわかりましたか。そうです。一般的な怨霊なら、私の術で強制的に浄化も可能なんですけど、あの子たちは人工物なので、私の術がなかなか効かなくて。そうこうしてるうちに生命力と魔力を吸われてしまって。困りましたー」
怨霊を「あの子たち」っていう感覚がすごいな。
死霊使いってそういうものなのか?
ワタさんが言う「一般的」というのは、強い想いを抱いて死んだ生物の魂が変質して生まれる霊のことらしい。
死霊使いのワタさんは一般的な霊の扱いは得意だが、人工的に生まれた霊との遭遇は初めてなので扱い方がわからなかったらしい。
天然ものと養殖ものの違いみたいなものか?
「あ、あの、それで人工的に怨霊を生み出すものはどこにあるんですか?」
これまで聞き役に徹していたソラちゃんが声を発した。
すみません。我々大人たちが不毛な会話を繰り返していて。
「知りたいですか?」
「はい。教えてください」
「では条件があります」
「え?」
「私も怨霊の調査をしなければいけません。でも、人工的な怨霊相手だと私の力が及ばないようです。そちらのポチさんなら怨霊を浄化できる。なので、ここは共同で依頼に進めるというのはどうでしょう?」
ワタさんからの提案に個人的に返答できないと思ったソラちゃんは、俺とレミさんの方を向いた。
俺たちだけでは元凶の場所を探すのにかなり時間がかかりそうだ。
ここはワタさんの提案に乗るべきだろう。
レミさんを見ると彼女も同じ考えのようで、ワタさんの提案に否定的な表情はしていなかった
「わかったよ。ワタの提案に乗ろう。でも、ひとつ確認。私たちは怨霊も元凶も浄化するつもりでいるよ。それでもいい?」
「はい。それで構いません。私の受けた依頼は調査ですけど、どうせ調査結果を報告したら浄化の依頼に切り替わるでしょうからー」
「あの、俺からもひとつ質問です。ワタさんは怨霊を『あの子』って呼んでましたが、そんな霊を俺が倒してもかわいそうとか思わないんですか?」
「確かにそんな解釈もできますねー。彼らは怨霊ですよ。交流はしたいですが、終わったら浄化してあげないと。いつまでもこの世に留めておく方が不幸ですからー」
「なるほど」
疑問は解消された。
俺はレミさんと頷き合う。
「よし! これからよろしくね、ワタ!」
「はい。レミ。ソラ。ポチさん。よろしくお願いしますねー」
ワタはぺこりとお辞儀をした。
つられて俺たちも軽く会釈する。
「で、怨霊の元凶はどこにあるんだい?」
レミさんがじれったそうにワタさんを急かす。
レミさんほど短気ではないが、ワタさんに関しては俺も同じ気持ちだ。
「それでしたら、すぐ近くのお屋敷ですよ」
「お屋敷? そんなの地図に載ってないよ」
レミさんも知らない建築物が森の奥にあるらしい。
しかも、森の洋館って……。
これって絶対にホラーなことが起こるフラグだよな。
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