第8話:人生初のリアルなギャップ萌え
「ポチ君、こっちを向いても良いよ」
レミさんの許可が出たので、俺は彼女たちの方を振り向いた。
俺が拾ってきた衣服を女性に着せることになったが、俺は「見ちゃダメ」と言われてしまったのだ。
怨霊を剥がして、昇天させ、衣服を拾ってきたのは、この俺なのに……。
「それで状態はどうなんですか?」
女性は草地に敷かれた毛布の上に横たわっていた。
肩まであるブロンドヘア。白い肌。右の眼もとにはホクロ。
年の頃は20代半ばだろうか。
そして、フリルの多いワンピースを着ていてもわかる巨乳。
レミさんもなかなかのバストの持ち主だが、それ以上のボリュームだ。
「外傷はないみたいだけど、魔力と生命力がかなり消耗しているよ。無理もない、怨霊にとりつかれていたんだからね」
眼鏡で分析し終えたレミさんの表情はかなり深刻そうだった。
つまり、状況は良くないのだろう。
「このまま死ぬってことですか?」
「ソラの魔力譲渡と私の治癒魔術を使えば大丈夫。でも、ひとつ問題があるんだ」
「問題?」
「治癒魔術にはそれなりの反作用がある。でも、今の彼女がそれに耐えられるのかはわからない」
「そんな……なにか手はないんですか?」
「反作用が起きないように触媒を使うという方法もあるんだけど、治癒魔法の触媒は強い想いが込められたものが必要なんだ」
強い想い……それって。
「JUピー!を使えばいいってことですが?」
「それもひとつの手だけど、それがなくなると困るからね」
「でも、これしかないならしょうがないですよね。人命には代えられないでしょ!」
「……ポチ君」
JUピー!は確かに大切な聖異物かもしれないが、人の命より重いものではない。
それに週刊誌だから、次週には新刊も出るし。
これで魔術は使えなくなるかもしれないが、怨霊は退治したから問題はないはずだ。
「これ、使ってください!」
「……わかった」
俺はレミさんにJUピー!を差し出した。
レミさんはじっと俺の目を見つめている。
それ以上何も言わなくても、俺の意思は伝わったようだ。
「あ、あの……お取込み中にすみません」
真剣に見つめ合う俺たちにソラちゃんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「……これじゃダメですか?」
ソラちゃんの手にはナーガスからもらった人形があった。
人形はナーガス本人と同じく、不敵な笑みを浮かべている。
「それだ! むさ苦しいほどポチ君への想いが籠っている!」
レミさんが歓喜の表情で人形を掴む。
ただし、この人形が苦手なので、右足を摘まんで宙吊り状態だ。
「……確かに呪いレベルで俺への自己中心的な想いが詰まってると思います」
触媒の用意ができたので、レミさんたちは女性への処置を始めた。
まず、ソラちゃんが魔力を女性に充填するために女性の手を握る。
生身の人間には聖異物のように一気に充填するのは危険だということで、ゆっくりと魔力を注ぎ始めた。
「そういえば、ソラちゃんの魔力充填って魔術じゃないんですか?」
ふと疑問に感じたので、横にいるレミさんに尋ねてみた。
「ああ、あれ? 一応魔術だよ」
「でも、ソラちゃんって魔術は使えないって言ってませんでした?」
「正確には魔力譲渡しか使えないの。あれは師匠が作った魔術でね。術式もすごいシンプルなんだよ。簡単だから、その気になればポチ君でもできるよ」
俺たちの会話に気づいたソラちゃんがこちらを見て苦笑いしている。
「その術式を構成できるようになるまで、私は2年かかりましたけどね……」
「他人に魔力を渡すなんて、普通の人がしたら自分の魔力がすぐに枯渇して命に関わるからね。ソラにしかできない魔術だよ」
「この魔術を習得できたから、師匠がお姉ちゃんとペアで国家魔術師になることを提案してくれたんですよ」
なるほど。
師匠さんは彼女たちをどうにか魔術師にするために、魔力譲渡の魔術を作ったのだろう。
「全快ではないですが、生命維持には十分な魔力が充填できました」
ふうと息を吐いて、ソラちゃんが握っていた手を放した。
女性の外見は特に変化していないが、ソラちゃんが言うから大丈夫だろう。
「じゃあ、お次は私だね。ポチ君、本当にいいの? この人形を使って」
「ええ! 原型を留めないくらい思いっきり使ってください!」
「わかった」
レミさんはナーガス人形を女性の胸元に置くと、右手を人形の頭部に乗せた。
そして、魔力吸収のため、ソラちゃんの頭に左手を乗せる。
あとから聞いた話だが、レミさんがソラちゃんの頭に手を乗せる場合はレミさん側がソラちゃんの魔力を吸収していて、ソラちゃんがレミさんの手を握る場合はソラちゃんが魔力を譲渡しているそうだ。
レミさんが魔術を発動させると、女性と人形が鈍く光り始めた。
すると、女性の顔色に赤みがさしていく。血色が良くなっているようだ。
一方のナーガス人形は色あせて縫い目がところどころほつれていく。
まるで早送りで経年劣化が進んでいく映像を見ているようだった。
「はい。完了!」
レミさんがそう言って、額の汗を右手で拭う。
人形は無残にもボロ切れと綿になっていた。
ありがとう、ナーガス! 君の死は無駄にしないよ。
俺はナーガスの遺影を想像して、空を仰いだ。
「…ン、ここは?」
女性が目をこすりながら声を発した。
「ここは森の供養塔だよ。気分はどうだい?」
レミさんが優しく声をかける。
俺が召喚直後に気を失ったときとはえらい違いだ。
「少し体がふわふわしてますが、大丈夫みたいですー」
間延びした甘ったるいしゃべり方で女性は答えた。
外見はできる女風なのに、おっとりした物言い。
これがギャップ萌えってやつか。
リアルで体験するのは、36年の人生でこれが初めてだ。
「君自身のことはわかるかい?」
たぶんレミさんは、記憶障害などがないか確認したいのだろう。
あと、彼女が俺たちにとって危険な存在じゃないかも知りたいのだ。
「私の名前はワタ。ノザリア村の依頼で巨大な怨霊の調査に来た者ですー」
女性は上半身をゆっくりを起こすと、その場に座り直した。
こんな中身はふわふわ女性が怨霊の調査って、その村は何を考えているんだ?
「そんな危険な依頼をひとりで受けたのかい?」
年上にもタメ口なんだね、レミさん。
あ、俺も実質は年上だった。
「ええ。私は怨霊のエキスパート。死霊使いですからー」
セリフの内容は穏やかじゃないが、ワタと名乗る女性はのほほんと答えた。
死霊使い……これはまた不穏な人物が現れたな。




