第6話:ブラがはじける
巨大怨霊はゆっくりと供養塔を乗り越え、俺たちの方へと進んできた。
まるでビルが移動しているような圧迫感だ。
「ソラ、ポチ君。もっと下がるよ!」
レミさんが叫びながら、ソラちゃんの手を引いて走り出す。
俺も慌てて彼女の後を追う。
怨霊がこんなに巨大だとは思わなかった。
こんな巨体を相手にどう戦えばいいのだろう。
「ポチ君! ここまでくれば魔術を使う時間は稼げるはずだよ」
レミさんは立ち止まると、体を反転させて怨霊を向く。
俺も怨霊の方を振り向くと、俺の近くで滞空しているJUピー!に目を向けた。
「……とりあえず、『ズドン!』を使ってみます」
「待て、ポチ君。下手に攻撃して事態が悪くなったらまずい。まずは私の眼鏡で分析してみる。その間、奴が攻撃してきたら防いでくれ!」
レミさんはいつもかけている聖異物の眼鏡を人差し指でくいっと動かした。
この「くい」が能力を作動させる動作らしい。
頼む! 分析が終わるまで攻撃してこないでくれ!
俺はゆっくりと近づいてくる怨霊を凝視しながら祈った。
だが、俺の祈りは届かず、奴は右腕を振り上げた。
その動作は歩くスピードとはけた違いに速い!
「開帳、454ページ。拡大解釈率、中!」
ナーガスとの決闘から10日の間に、俺はいくつかのページと擬音を暗記していた。
トドメの攻撃は『ズドン!』があれば良いので、汎用性のあるものを選んだ。
これもそのひとつだ。
怨霊が俺たち目がけて拳を振り下ろす瞬間を狙って、俺は叫んだ。
スカッ
怨霊の振り下ろされた拳は、真下から斜め下に軌道を変えられて空振りする。
よし! うまくいった。
これはナーガスを転倒させた『ズコー!』と同じ、『どすこい妖怪相撲!おにぎり丸くん』の擬音だ。おにぎり丸くんに目くらましされた相手力士が張り手を空振りするシーンに描かれている。相撲で目くらましって反則だと思うが、妖怪相撲では常套手段らしい。
……子供向けのギャグ漫画だから大人が冷静に突っ込むべきじゃない。
「すごい! 練習の成果が出てますね」
「ソラちゃんが練習に付き合ってくれたおかげです」
「そんなこといいから、次の攻撃が来るよ!」
レミさんに叱責され、怨霊を見上げると今度は左腕を上げている。
そして、そのまま振り下ろしてくる。
スカッ
またしても攻撃は俺たちに当たらない。
この怨霊は知能が低いのか、軌道を変えられたことを疑問に感じていないようだ。
『スカッ』は便利な擬音だが、相手が攻撃を繰り出したところで使わないとうまく作動しない。そのタイミングを計るのにかなり緊張する。
その後、何度かの攻撃を『スカッ』で無効化していった。
怨霊の攻撃は一定のリズムで繰り出されていたので、擬音を唱えるタイミングは割と簡単だった。……緊張は続いてるけど。
「ポチ君! 分析が終わったよ!」
「どうでした?」
スカッ
怨霊の攻撃は続いているので、魔術を使いながらレミさんの返答を聞く。
「あいつはたくさんの怨霊の集合体らしい。胸のあたりに依代になっているものがある」
「依代? それは何ですか?」
「……なにかの生命体みたい」
「それは何ですか?」
「生命体」
「……それ以上はわからないってことですか?」
「そこまではこの眼鏡じゃわからないらしい」
スカッ
「その生命体を破壊すれば良いってことですよね。『ズドン!』を使えばできそうです」
「それは浅慮だよ、ポチ君。もし人間だったらどうするんだい?」
確かに……。
危うく殺人を犯してしまうかもしれなかった。
「中身を目視できる魔術はないの?」
レミさんの質問に俺は暗記したいくつかの擬音を思い出す。
……いけそうな擬音がひとつあった。
ただ、ソラちゃんとの練習では恥ずかしくて使っていない。
まだ一度も試したことがない擬音だった。
「あるにはありますけど、うまくいくかはわかりません。使ったことがないので」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。早く試してみるんだ!」
「……わかりました」
俺は怨霊の攻撃を逸らした直後に、新たな魔術の準備を始める。
「開帳、64ページ。拡大解釈率、大!」
俺の声にJUピー!がページをめくり始めた。
術式のイメージも同時に行うが、相手が怨霊なので気持ちのいいものではない
指定のページを開いたのを目の端で確認して、そのまま擬音を唱える。
ばぃん
怨霊の動きが止まり、胸元がもぞもぞと動き出した。
そして胸の遺骨のひとつがはじけ飛び、胸を覆っていた遺骨の塊が観音開きのようにめくれ上がった。
これは異色グルメ漫画『炊き立ての流儀』の擬音。
主人公・釜田飯子が作った出来立ておこわを食べた女性が、そのおいしさに胸が膨らんでシャツのボタンがはじけ飛び、ブラがはじけて胸が露出するシーンだ。
いつか使ってみたいと密かに暗記していたが、まさか相手が怨霊とは……。
「ナイス! ポチ君! 依代が見えてきたよ」
怨霊の開いた胸元を目を凝らして見ると、そこには女性の顔があった。
体は怨霊の黒い靄に包まれていて、どんな状態なのかは判断できない。
「ひ、人!? しかも、女性ですよ」
「そのようだね」
安易に『ズドン!』を使わなくて良かった。
もし使っていたら、本当に殺人を犯していた。
レミさんが止めてくれたことに感謝だ。
「ポチ君。ナーガスを脱がせた魔術を使うんだ」
「え?」
「あの女性から、纏わりつく怨霊を脱がすイメージだ」
「なるほど!」
それは確かに良いアイデアだ。
ただ、バトルシーンの擬音じゃないものを戦闘で使うのはちょっと悲しい。
「開帳、389ページ。拡大解釈率、最大!」
ここは念のため、威力を大きく設定する。
威力を大きくしても、対象者の体まではダメージのない魔術だから大丈夫だろう。
ぬぎっ
俺は脱衣の魔術を唱えた。




