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第3話:水を出すと火が着く

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 俺は今、北の森を進んでいる。

 レミさん、ソラちゃんと一緒に早朝にはロロリア村を出発して、森の入口には小一時間で到着した。

 ちなみに見送りは村長だけの寂しいものだった。

 

 今は木々の間から見える太陽が真上辺りにあるので昼頃だろうか。

 この半日は、歩いては少し休憩の繰り返しだ。

 森の外縁部は狩りや伐採の場になっているので道も多少は整備されていたが、さらに奥に進むと未開の地のような場所だった。

 倒木や大きな岩があちこちにあり、しかも表面は苔生しているので歩きにくい。

 3人分の野営セットが入ったリュックを背負って歩くなんて、この体になっていなかったら、1時間くらいでダウンしていただろう。

 

 最初は森の風景が珍しかったので興味深く見ていたが、2時間もしたら、もう満足。

 あとは安全な足場を選びつつ、ひたすら足を動かすだけだった。

 

 そんな状態なのは、俺だけじゃない。

 いや、俺よりもひどい状況の人がいた。

 俺の数メートル後方で、レミさんがぜぇぜぇと荒く呼吸をしながら歩いている。

 いつもの飄々として余裕のある雰囲気はどこもになく、疲弊した表情で目つきはどことなく不機嫌そうだ。


 俺は立ち止まってふり返ると、レミさんが追いつくのを待った。


「大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に見えるなら、ポチ君の目は節穴だよ」


 俺に追いついたレミさんがじと目で俺を睨み付ける。


「私は魔術師なの! 遠征とか、フィールドワークとか、アウトドアとか、そういった肉体労働系は専門外なんだよ」

「魔術師でも依頼内容によってはフィールドワークもあるんじゃないですか? レミさんたちの師匠さんだって遠征しているわけだし」

「うう……。フィジカルが弱っている乙女のメンタルまで弱らせるなんて……ポチ君の鬼! 悪魔! ムキムキウサギ! 魔術師は体力ないのが一般的なんだよ!」


 まあ、確かに俺が今まで読んだ漫画や小説に出て来る魔術師は常人と大差ない肉体という表現が多かった。


「……じゃあ、あれはどうなんですか?」


 俺は数メートル前方を歩くソラちゃんを指さした。

 俺に比べてリュックは軽いが、歩幅は圧倒的に短い。

 しかも、俺たちの中で最年少。

 そんなソラちゃんが全く息を乱すことなく、ペースを落とすことなく、スムーズに歩いている。


「ソラは例外だよ」

「どうしてですか?」

「あの子は内在する魔力量がすごいって、前に話したよね」

「ええ、聞きましたよ。でも、術式が構成できないから魔術は使えないって」

「そこがポイントだよ、ポチ君。ソラの体は消費されない魔力が過剰に蓄積するのを防ぐために、肉体の回復に使用しているようなんだ。だから、獣道を半日歩くくらいでは息も乱れないし、疲れるなんてことはないんだよ。ちなみにソラはそのことを自覚していない」


 そう言ってレミさんが見据える先にいるソラちゃんは、俺たちが立ち止まっていることに気がついたようだ。


「ふたりとも、どうしたんですか?」


 歩みを止めて俺たちの様子をうかがっている。


「ソラ、ごめ~ん! ちょっと休憩してただけ」

「早くしないと夕方になっちゃいますよー」

「わかってるよー。すぐに行くからー」


 レミさんはソラちゃんに手を振り、笑顔で返事をする。


「…ポチ君。ソラにはこのことを言わないでね」


 笑顔のままだけど声は真剣なトーンになって俺に小声でささやく。


「このことって?」

「余剰の魔力が身体に影響を及ぼしていること」

「なんで?」

「なんでって……」


 レミさんが困ったような表情になる。

 どんな心境なのかイマイチ判断できなかったが、たぶんソラちゃんのことを思ってのことなんだろう。


「わかりました。ソラちゃんには言いません」

「ありがと、ポチ君。案外良い奴だよね、君は」

「……ここまで付き合ってあげてるのに、『案外』ってひどいですよ」

「あはは。ごめん。ほら、ソラが待っているよ」


 レミさんは俺を横切って歩き出した。




 日が傾き始めたのか、森の中が少し暗くなってきた。


「よし! 今日はここで野宿するとしよう」


 一番後方でへばっていて、追いつくまで俺たちを待ちぼうけさせていたレミさん。

 呼吸を整えると、計画通りとでも言うように「野宿」を提案した。


「まだ供養塔まで辿り着いていないですけど?」

「このまま進んだら夜には供養塔に到着するだろうけど、怨霊の活動時間といえば夜と相場が決まっているからね。ここで時間を調整して、明日の昼くらいに到着するようにした方が良いと思うんだ」

「なるほど」

「ということで、ポチ君。野宿の準備だ。乾いた木を集めてきて」


 俺はリュックをその場に置くと、付近を歩き回って乾いた小枝を集め始めた。

 この数日、雨が降っていなかったようで、割と簡単に両手に抱えるくらいの木を拾うことができた。


「これくらいでいいですか?」

「うん。お疲れ様」


 レミさんが焚火の土台を作っていたので、俺はそこに木を並べていく。

 ソロキャンプなんてものは俺には無縁だったので、果たしてこれが効率の良い並べ方かはわからないが、どうにか形になったと思う。


「そういえば、火ってどうやって起こすんですか?」


 リュックの中に火打石を入れた覚えはない。ましてやライターなんてものはこの世界で見ていなかった。


「それは魔術でやるから大丈夫。ソラ、お願い」


 ソラちゃんが空の鍋を持ってレミさんのそばにやってくる。

 レミさんはソラちゃんの頭に手を乗せた。

 この二人が魔術を使うときのいつもの動作だ。

 レミさんが空いた方の手を組み上げた木に向ける。

 木から焦げた匂いがしたと思ったら、パチパチと音を立てながら火がつく。


「はい。これで火と水が確保できたよ」

「水?」

「ソラの持ってる鍋を見てごらん」


 空だったはずの鍋になみなみと水が入っていた。


「なんで?」

「魔術の反作用だよ。今使ったのは大気から水を集める魔術なんだ。その反作用で火が出るから小枝を依代にしたんだ」

「へえ……」

「この次元の魔術は万能じゃないって前に言ったけど、使い方を工夫すると一石二鳥になるんだよ」


 得意げに語るレミさんの近くで、焚火に鍋をかけるソラちゃん。


「お姉ちゃん。結界も張った方がいいと思うよ」

「そうだね」


 レミさんは決闘の舞台の時のように、地面に縄を置いていく。

 縄は焚火を中心にして円形を描いた。

 そして、またソラちゃんの頭に手を置くと縄に手を乗せて魔術を使った。


「はい。結界完成っと」

「見た目は変わらないですね」

「普通の結界は目に見えないよ。この結界は外敵の侵入を防ぐ効果と、中にいるものの存在を薄くする効果があるんだ。知能の低い生物は私たちに気づかないよ」

「結界って万能ですね」

「でも、コストはすごいよ。ほら?」


 レミさんは俺に自分の胸をぐいっと強調させる。

 たわわな胸にドキッとする。

 触ってほしいってこと?


「どこ見てるんだよ」

「え?」

「胸じゃなくてこれだよ」


 レミさんの胸の谷間に、ネックレスの小さな宝石があった。

 綺麗な水色の石だが、よく見ると少し黒く影っている。


「結界の反作用には希少な石が使われるんだ」

「なんか勿体ないですね」

「命の方が大事だよ。それに正式な魔術師になってがっぽり儲けたら、こんな宝石はいくらでも買えるから」



 それから俺たちは各々寝床を整えた。

 寝床といっても乾いた落ち葉を集めて、その上に毛布を敷くくらいの簡単なものだ。

 レミさんは相変らず適当で、ほぼ地面のところに無造作に毛布を敷いただけ。

 一方のソラちゃんは毛布がこんもりと山になるくらい、しっかりと落ち葉をまとめている。

 寝床の準備が終わると、焚火を囲んで持ってきた干し肉と硬いパンを食べた。

 どちらも大して美味しくはないが、歩き続けて空腹だったので満足いく食事になった。


「食べたら眠くなったよ。私は先に寝かせてもらうね」


 そういうとレミさんは毛布に大の字に寝ころび、あっという間に寝息を立て始めた。


「もう。お姉ちゃん。そんな恰好で寝ると風邪引くよ」


 ソラちゃんが寝ているレミさんに毛布を掛ける。

 どっちが姉なのか疑ってしまう。

 

 焚火の前に戻って来たソラちゃんは、俺の手にしていたカップに鍋のお湯で淹れた紅茶を入れてくれた。


「ソラちゃんも大変だね。ズボラなレミさんのお世話ばかりで」

「そんなことないですよ。それにお姉ちゃんがあんな行動をとっているのは、私のためなんです」

「ソラちゃんのため?」


 すっかり暗くなった森の中、焚火の明かりに照らされたソラちゃんを見ると、少し寂しそうな表情をしている。

 なんて声をかければ良いのかわからずにまごまごしていたら、ソラちゃんが自分とレミさんについて語り始めた。

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