第2話:目的地は決まった
「これより、怨霊退治の作戦会議を始める!」
テーブルについたレミさんが、司令官のような滑舌の良い発声で言った。
どうやら軍事会議のようなノリで話を進めたいのだろう。
ここはそのノリに合わせるべきなのか。
ちらりとソラちゃんを見るとニコニコしているだけ。
つまり、深く考えないのが最適解なのだろう。
「もう! ノリが悪いよ。ふたりともここは『イエッサー!』でしょ」
「いきなりだったので状況が把握できてなくて……」
「ポチ君は察しが悪いなあ」
つまらなそうに頭をかくレミさん。
とっさにそう答えたが、状況を理解していても付き合うつもりはなかった。
「はい、お姉ちゃん。どうぞ」
「ありがと。気が利く妹だねー」
「それで怨霊の発生源がどこかわかったんですか?」
紅茶でレミさんの注意を逸らして、ソラちゃんはさらりと本題に入った。
さすが妹。姉の扱い方がうまい。
「結論から言うと、ここが怪しいね」
レミさんはテーブルに広げていた地図のある地点を指さした。
地図を見るとロロリア村の北部一帯は森になっている。
レミさんが指さしたのは、村の北東に広がる森の中だった。
「森ですか?」
「よく見てみなよ」
レミさんの指さした先に何やら文字が書かれている。
「……供養塔」
地図に書かれた小さな文字を読み上げた。
契約の効果で言語が話せるようになったと同時に、俺はこの世界の文字も読めるようになった。
これまでの記憶には一切出てこない文字なのに、文法も込みで理解できるというのはすごい違和感がある。初めて見るのに知っている……デジャブのような感覚だ。
「駆除したモンスターの遺骨なんかを埋葬する供養塔だよ。北の森の周辺にある村々が共同で作ったものなんだ」
「モンスターにもお墓作るんですね」
「人間の都合で駆除したものだからね。せめてもの罪滅ぼしだよ」
レミさんが紅茶をずずっとすする。
「どうしてここだとわかったの、お姉ちゃん?」
空になったカップに紅茶を注ぎながら、ソラちゃんが質問する。
「まずはロロリア村のみんなの証言だね。怨霊の目撃場所が村の北側に限られていたんだ。そこで、北の森の周辺にある村に伝書鳩を飛ばして、怨霊の情報を募ってみたところ、納骨に行こうとしていた人が、供養塔付近で影のような物体を見たという情報があった。しかも、かなり大きかったらしい」
「……もしかして、その1件の情報だけで供養塔だと判断したんですか?」
「そうだよ! ほかに情報はないからね」
本当にこの人は適当というか、行き当たりばったりというか。
「そろそろ冬ごもりの準備を始める時期だからね。薪用の木材が調達できないのは困るんだよ。少しでも可能性のある場所なら、行って確認しないとね。ほかに情報もないし」
なるほど、あまり悠長にしている場合じゃないということか。
レミさんの言動が焦っているように見えないから、切迫感がないんだよなぁ。
「納骨に行った人たちは無事だったんですか?」
ソラちゃんが紅茶のおかわりを注ぎながら質問した。
「無事だったみたい。みんな、怪しい影を見てすぐに逃げたらしいから」
「それは良かったですね」
「それはそれとして。目的地が決まったから、そろそろ怨霊退治に出発しようと思うんだけど、ポチ君の腕の容態はどうなんだい?」
「ソラちゃんにもらった湿布のおかげか、すっかり腫れも痛みもなくなりました。今はちょっとアザが残っているくらいです」
「それはよかった! ソラ、魔術の訓練はどうなんだい?」
「ポチさんの術式構成もとても上手くなりましたよ」
「よし! 明日は準備。明後日に供養塔へ向けて出発だ」
ついに俺が召喚された目的が遂行される。
怨霊退治なんてかなり物騒なことだが、自分でも驚くほど緊張していなかった。
それはナーガスとの決闘に勝てたという自負と、今回はレミさんとソラちゃんもいるのでひとりじゃないという安心感のせいだろう。
出発前日の夕方。
俺はソラちゃんとリビングで荷造りをしていた。
村の商店で買った干し肉やドライフルーツ、硬く焼いたパンなどの長期保存ができる食品をリュックに詰めていく。
供養塔まで徒歩で1日かかるので、最低でも2日分の食料は必要らしい。
「ふたりともお疲れさん。荷造りは順調かね?」
「……レミさんも手伝ってくださいよ」
「別にサボっていたわけじゃないよ。村長のところに外出許可の申請を出したり、魔術の準備したり……いろいろ忙しくしてたんだよ」
そう言いながらレミさんは、テーブルにあるドライフルーツをつまみ食いしている。
「お姉ちゃん! いま食べちゃダメですよ」
「ソラのケチー」
「そんなことよりも、ほかに必要な物はなんですか?」
姉妹の言い合いが始まりそうだったので、俺は話を逸らした。
「そうだね。野営セットと防寒具はあった方がいいね。私たちは魔術師だから、武器は護身用のナイフで十分かな」
「それらの必需品は、2つ目のリュックに入れてあります」
「だったら、あとは大丈夫かな。魔術に使うものとか、身につける装備品は各自準備するとして」
「じゃあ、これで完了ですね」
リュックの口を閉じようと俺は紐を手にした。
「あの、ポチさん。これはどうしますか?」
ソラちゃんが両手で抱えていたのは、ナーガスからもらった人形だった。
「なにそれ……あの短足イケメンに似てる?」
レミさんがかなりイヤそうな表情で人形を観察している。
ひと目見てナーガスを模した人形だと気づくということは、それだけ人形の完成度が高いということだろう。
俺はこの人形をもらった経緯をレミさんに説明した。
「だったら、ポチ君が持って行くのが良いと思うよ。親友だし」
「いやですよ。こんなの持って行ってどうするんですか。ただ荷物が増えるだけですよ」
「……いや、これは普通の人形じゃないよ」
「え? まさか」
人形をよく見ると、ところどころに赤い斑点がある。
何かの模様かと思ったけど違う。
これは血痕だ。たぶん、ナーガスの血だろう。
「もしかして、血痕がこの人形に特殊な効果を与えているとか?」
「いや。この血痕はたぶんナーガスのものだと思うよ。やつが人形を縫うときに指に針を刺して出血したんだよ。そこまで奴はポチ君を親友として大事にしているんだよ」
「……ちっとも嬉しくないんですけど」
「そんなことを言ったら失礼だよ。ちゃんと肌身離さず持っているといい」
真面目な顔で答えるレミさんになんだか違和感を覚えた。
こんなツッコミどころ満載の人形が目の前になる場合、レミさんだったらもっとナーガスをバカにするはずだ。
きっと何かを思惑があるはずだ。
「……レミさん。本音を言って下さい」
「うっ。本音もなにも……」
「いま、『うっ』って言いましたね」
「そんな気持ち悪い人形を我が家に置いてほしくないから、ポチ君にずっと持たせておこうかと思って……」
「やっぱり」
「ポチ君、お願い! こういう一方的な気持ちがこもった手作り品って苦手なんだよ~」
「わかりましたよ。ただし、肌身離さずは気持ち悪いので自分のリュックに入れておきます」
レミさんが手を合わせて懇願するので、こちらが折れることにした。
それにレミさんが苦手なものがわかっただけでも収穫があったと言えよう。
緊張感のない旅支度になってしまったが、ついに明日出立だ。
怨霊の自体も見たことがないので、退治と言われても実感がわかない。
ただ、退治しないと俺は死ぬのだから、やるしかない。
支度を終え、ベッドでそんなことを考えているうちに俺は眠ってしまった。




