第1話:あぶない親友
「ポチさん! そっちに行きました!」
ソラちゃんの声とほぼ同時に、草むらから何かが勢いよく飛び出してくる。
それはウサギの頭部に毛がないマッチョな体をした中型生物。
ソラちゃんの説明によると「ムキムキウサギ」と呼ばれる下等モンスターらしい。
可愛いのか、キモイのか、微妙なライン。
滅多に人を襲うことはないが、夜になると田畑を荒らす害獣として村では手を焼いているそうだ。
じゅうぅぅぅ
俺はあらかじめページ指定していたJUピー!の魔術を発動させた。
これは異色グルメ漫画『炊き立ての流儀』の擬音。
主人公の釜田飯子が熱々の石釜に出汁を入れるシーンだ。
飛び出してきたムキムキウサギは一瞬にして焼き焦げると、炭になって崩れていった。
本当はここまでやる必要はないのだが、モンスターであっても遺体を見るのは耐えられない。なので、申し訳ないが跡が残らないように倒すようにしている。そっちの方が残酷な気もするが、遺体は見たくない。
「ポチさん。そろそろ魔術書に魔力を充填しましょうか?」
「そうですね。お願いします」
俺の横にやってきたソラちゃんにJUピー!を渡す。
受け取ったソラちゃんは目を閉じて、JUピー!を抱きかかえた。
俺とソラちゃんは、魔術の練習で村の南にある森に来ていた。
村長の依頼である害獣駆除を兼ねて。
決闘の日から今日でちょうと10日。
まだ、怨霊退治には出かけていなかった。
大きな理由としては、俺の腕の治癒のためだ。魔術で回復もできるそうだが、そもそも怨霊の元凶がどこにいるのかもわからないので、レミさんが情報収集している間は腕の治療と魔術の練習をすることにした。
俺を召喚するくらいだから、てっきり元凶の場所くらいわかっていると思っていた。
だが、レミさんは「異世界人の能力でわかるかもしれないから事前に調べてなかった」とケラケラと笑っていた。
本当にいい加減な人だ……。
「ポチさんの魔術、かなり正確に術式が構成できるようになりましたね」
目を閉じたまま、ソラちゃんが言う。
確かにこの10日間で術式がうまく構成できるようになった。
JUピー!を使うときに「拡大解釈率」を指定する。今までその大小は威力の指定だけと思っていた。
でも、厳密には違っていたようだ。
拡大解釈率を指定するとJUピー!が術式を自動で構成してくれるのだが、その際に術者、つまり俺が「どう再現したいのか」をできるだけ正確にイメージする必要があった。
例えば、「ズコー!」とキャラが転ぶシーンであれば、「転ぶのは誰なのか?」を指定しないと適当な人が選ばれて転ぶことになる。拡大解釈率の大小はその転び方の強弱や影響する人数に関係しているようだ。
ナーガスとの決闘でも、なんとなく「こうしたい」と漠然とイメージしていたけど、何も考えずに使っていたら転倒していたのは俺自身だったかもしれない。
とっさに正確なイメージができるようになれば、それだけ効果的な魔術が使えるようになる。
今はその練習をしているというわけだ。
「充填が終わりました。はいどうぞ」
「ありがとう」
「あと数匹駆除したら村に戻った方がいいですね。そろそろ日も傾いてきたので」
「わかりました」
ソラちゃんは俺よりもだいぶ年下だが、つい敬語で話をしてしまう。
彼女が俺よりもしっかりしているからだろうか。
「では、また追い込みの煙玉を投げますね」
そう言うとソラちゃんは腰に下げた巾着から導火線の付いた小さな玉を取り出した。
近くにくべていたたき火で着火するとそれを草むらに投げる。
煙が出終わったら、きちんと消化するので火事の心配はない。
しばらくすると草むらから煙が上がった。
草むらがガサガサと揺れたのを確認して、俺は魔術の準備に入った。
「開帳、58ページ。拡大解釈率、大」
ムキムキウサギが消し炭になる様子をイメージする。
ざざっと葉や枝がすれる音がして、何かが飛び出してくる。
じゅうぅぅぅ
呪文を唱えるが、先ほどのように肉が焼ける匂いがしない。
「ごほ、ごほ。ここにいたのか、ポチ殿」
咳込む音が聞こえる。しかもイケボで。
それだけで誰かわかる。
草むらから出てきたのはナーガスだった。
俺の魔術が発動しなかった。
それは術式の対象をムキムキウサギにしていたからだ。
もし特に指定していなかったら、今頃ナーガスは炭になっていたかもしれない。いや、奴は『貴婦人の手袋』を身に着けているから無傷だったかも。
とにかく、術式の構成が大事だと実感した。
「……なにかご用ですか?」
恐る恐る訪ねた。
俺はこの男が苦手だ。
決闘から2日後、ナーガスはレミさんの家にやって来た。
屈辱的な負け方をさせてしまったので復讐に来たのかと思ったら、いきなり俺のことを親友と言い出した。奴の理論では、決闘で拳を交えた相手は親友なのだそうだ。
それからは「ポチ殿」と呼んで、なにかと世話を焼こうとする。
そして、俺に絡んでくるナーガスの姿に、村の女性陣は「男同士の友情……尊い!」と色めき立った。……本当に勘弁してほしい。
「明日、私が警護する商人が王都へ向かうことになったのだ。本当に名残惜しいが、今日でポチ殿とはお別れだ」
「あ、そうですか!」
とても残念そうな表情のナーガスに対して、俺は喜びの感情を隠せず高い声で返す。
ただ、自分に酔っているナーガスは、俺の感情には気づいていないようだ。
親友って言うのなら、もっと俺に注意を払ってもいいのではないか?
「これから怨霊退治に行くポチ殿に、これを渡そうと思ったのだ」
ナーガスが小さな包みを俺に差し出した。
それは俺の両手くらいのサイズだった。
受け取るとちょっと重みを感じる。
ナーガスを見ると「開けろ」という意思のこもった視線を向けてくるので、包みを開いた。
包みの中には布でできた人形。
よく見ると、どことなくナーガスに似ている。
「これを私だと思って持っていくといい。親友の存在を近くに感じるというのは、それだけで心強いものだ!」
わざわざ森まで来て渡す物なら、怨霊退治に使えそうなアイテムとかだろ。
なんでこんなものなんだよ。
……言葉が出なかった。
「あ、あの、ポチさんは喜んでいるようです…よ」
返答しない俺に気を使ったのか、ソラちゃんが慌ててフォローする。
「そうか! 喜んでくれるか! では、無事に再会できることを祈って、今はそれぞれの道を進もうではないか!」
自己完結して満足そうに笑いながら、ナーガスは草むらに消えていった。
「……ポチさん、大丈夫ですか?」
「なんか急に疲れてきました」
「私たちもそろそろ戻りますか?」
「そうですね……帰りますか」
俺はJUピー!と人形を抱えて歩き出す。
ソラちゃんはナーガスをあぶり出した煙玉を消化してから俺のあとに続く。
ナーガス人形は顔や体格など布で作った割にはクオリティは悪くないのだが、本人よりもだいぶ足が長くなっているところに、ちょっとだけイラっとしてしまった。




