1. - 3月6日 ライブ開始まで 60日 - 米村
フィクションです。
「え?ライブ?」
その自分の言葉に対応したのは、目の前にいる社長こと海野だった。
「そう、うちの『シフォン』のライブ演出をおまえにお願いしたい、と言っているんだが……どうだ?」
「どうだ、って言われても……。何やるのかも判らんよ?」
ライブ……、何度か観たことはある。しかし海野のところのライブは招待されて現場には行ったが、横目でみていていつのまにか終わった印象しかない。
何しろ海野が離してくれずいろんなところのいろんな人に名刺渡していたら終わったのだった。
そもそも自分はライブの騒がしい雰囲気はあまり好きではない。
音楽はゆっくり聴くもの、として育ったのでみんなで手を振ったり合いの手をいれるようなアイドルのライブスタイルに対して違和感があった。
音楽は好きだ。
だがそれは『上手い』音楽が好きなだけであって、アイドル。かわいい子を見て楽しむ、という行為には不思議な感覚しかない。
……そんな自分が?
「おまえが前におれに言ってくれた言葉で『記憶に残る一瞬』ってのがあったじゃないか?、そんな感じのライブをちょっと作ってみてくれないか?」
そういうと、海野はスマホを操作してある画像を見せてきた。
今どきの化粧をして、ふりふりの衣装を着た女の子たちが自撮りっぽく片手を上げて撮っている写真だった。
「うちのアイドル、『シフォン』だ。この子たちが今度大江戸ホールでライブをする。3周年を祝う豪華なやつだな。そこを任せたい」
「任せたいって……、他にいるだろ。経験豊かな御社のスタッフが……」
あきれた。
そのこたちにとってすごく大事な舞台じゃないか。なんだって自分なんかに……。
「……今までのやつらじゃダメなんだよ」
そういうと、海野は今までのおせおせの勢いがどこかにいったかのようにゆっくりと話し出した。
「三ヶ月前……去年の年末だな、そのときにもライブがあったんだが、客の乗りが平板化しちゃってな。その前のライブと同じ箱、箱ってのは舞台な。最大人数なんかは同じなんだが、2割から3割。ぽつぽつと客が減ったんだ」
……?それは単に人気が減ったからでは?
「人気が減ったから、とか思っただろ?違う。CDの売り上げなんかは増えてるし、ファンクラブ会員も減る数より増える数のほうが多い」
「じゃあなんで?」
そういうと、海野は一回『はぁ』、とおおきなため息を吐き、顔を横に向けたまま不満というかどうしても言いたくないような顔をしつつ言葉を吐き出す。
「ライブがつまらない、って話がでてきている」
「つまらない……?」
つまらないなら確かに客は減るのか……。
「でも、つまらないのと自分を関わらせるというのは全くかみ合ってないと思うんだが……」
「まぁ、聞け」
こっちの反論に対して言葉を遮ると、一拍呼吸をあけてからこっちをちらりと見て、それから下を向きつつ話を始める。
「脅迫状が来ている」
「脅迫状?」
事件じゃねーか?
「ファンからの意見、という形ではあるのでなかなか警察に相談というのも難しい」
ああ、なるほど乱暴なファンの意見ってかたちでも取れてしまうのか……。
「どんな内容?」
そう自分が聞くと、海野はうなずいてスマホの画面を操作してこちらに画面を向けてくれた。
「ちょっと見ていいか?」
肯定の合図である首を縦に振ると、海野の手からスマホを取り上げて文章を読み始める。
『シフォンのライブがこれ以上つまらなくなったら、責任者のいのちもないものと思え』
端的かつ直球。
「無視すればいいのでは?」
「最初はそうしようと思ったんだがねぇ……」
「と、いうと?」
「この年始から、同じ様な文面のメールや手紙が数百通来ててな」
「数百通?」
「正確には百八十六通」
「はぁ……」
暇な……、って思ったけどさすがに飲み込んだ。前にいる海野は思いっきりしょげている。
頭を振って空気を悪くするようなことを言うまい、と心に秘めてからスマホを海野へと戻した。
「自分はよく判らないんだが、こういう文章が届いた時はどうするのがいいんだ?、なんか前にニュースでやっていたのは業務妨害だとかで出した方が逮捕されていたのがみた記憶があるが……?」
そういうと、黙ってうつむいてしまう。
「おいおい……」
言葉を促そうとすると、
「警察にはすでに何度か相談したんだが、『現在威力業務妨害になりうることはない』ってことで、相談で終わりだったんだよ……」
ふむ……。まぁ警察ってのは『ことが起こってから』の組織だから仕方ない部分はあるか……。
「で?」
それで、どうしてこういう結論になったのかを聞く。
こういう結論とは、『自分を演出としてライブを行う』という結論のことだ。
「いや、おまえならうちの会社とは関係がないし……」
と、言いにくそうなことをこちらをみつつ、ぼそぼそと小さな声になりながら喋った。
あきれた。
ということは……。
「えーっと、待ってくれ、ということは、ライブはやらないといけない。しかし御社の誰かが責任者として怪我でもおったら困る。そして今のままだとマンネリ化してしまい変化も産まれない。自分なら、変わったこともしそうだし、御社とは関係ないからとかげのしっぽきりよろしく怪我したあとも後腐れが無い……と」
「頼む」
そういうと手を合わせてきた。ほとけさんじゃないんだがな……
「あの、な……」
「お願いだ。この通り」
もう一言かけようとしたら、座っていたイスからおりてこちらに対して土下座をしつつまたおがみだした。
「怪我したあとの治療費などはこちらが全部持つ。他にいないんだ頼む」
「あーー」
真剣に頼まれて、目を合わせられなくなり天井を見つめる。
「な、借金の方も棒引きするから……」
海野からは70-80万は借りている。まだ返す目処は経っていない……。
「それ言われると弱いな……」
「きっちりと演出に見合う金額は出す。この通り」
再度土下座の形から平伏される。
………。
「わかったよ。やるよ。とはいえ、どうやっていいのかいつもやってるやつからしたら何やってんだよ、って言われるような感じになるぞ」
「構わない」
「知らないパートの人たちは紹介してくれよ」
「それはもちろん」
ふぅ。
「じゃあ、よろしく頼む。とはいえ、ころされるのはかんべんしてくれよ?」
「その辺はちゃんと警備をしていく……」
やれやれ……。
まぁ、とはいえ、面白くすればいいんだろう?
で、面白いライブってなんなんだ?