2.二件目の殺人と車
六月二日。午前十時。
有明、三橋、里見は被害者が通っていた東松山の大学に来ていた。被害者達の交流関係や人物など調べるためである。
それぞれ職員、学生に別れて聞き込みを行った。
一時間後、大学内の学食に集まっていた。
「職員に聞き込みをしてみたんだが、どうやら被害者は大学内でも中々の問題学生だったらしい」
有明は職員に聞き込みした内容を伝える。職員の間でも被害者の問題行動は度々問題視されており、一時は退学も考えていたそうだ。
「問題行動ですか・・・こっちも大体似たようなもんです。今時カツアゲしたり人殴ったり・・・警察沙汰もあったみたいですよ」
「性格も難ありで、人の彼女を横取りしたり、特定の人をいじめてたりと中々のクズっぷりです」
里見が冷たく言い放つ。話を聞く限り、被害者は曲がりなりにも良い人とは言えないようだった。
「なるほどな・・・警察沙汰っていうのは?」
「半年くらい前に一度あおり運転をして警察に捕まってます。相手側が特に被害届とか出さなかったのですぐに釈放されたみたいですけど」
「あおり運転か。道路交通法が改正されてもこういう輩はいなくならないんだな」
道路交通法が改正されたのは去年の六月三十日。あおり運転により、停車した車が後続の車に激突され、両親が死亡した事故によりあおり運転に対する注目が高まり、厳格な処罰が加えられた。同時にドライブレコーダーの普及も促進された。そこから圧倒的にあおり運転の摘発は多くなったが、それでも無くならないのが現状だ。
「恨みとかはあったみたいですけど、それが殺意になるかと言われれば、そこまでではないといった感じですかね・・・」
「ま、リスクを冒してまでこんな奴らを殺そうとは思わないだろ」
その後、遺族にも話を聞きに行ったが、特に有力な情報は得られなかった。その日はそのまま聞き込みで終わった。
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六月三日。午前十時。
昨日の聞き込みが終わり、捜査本部に報告した時、三橋が連絡を受けて走ってきた。
「有明さん!またです!」
「どうしたそんなに焦って・・・」
「また発見されました・・・轢死体です!」
「?!」
捜査本部がどよめく。有明と里見は三橋に詰め寄る。
「どこだ?」
「鴻巣市です・・・」
有明は里見と三橋を連れて現場に急いで向かう。
鴻巣市の県道から少し外れた道。人気の無い住宅街を走る道をしばらく行くと、田んぼに隣接した道に出る。そこに大破した黄色のSUVが田んぼの中に転がっていた。
「今度の被害者は?」
「連城誠、二十三歳。霧島由美子、二十四歳です」
三橋の報告を受けてから周りを見る。道路は真っ赤に染まっており、遺体の「回収」を行っていた。つまりそれだけ遺体の損傷が激しかった。
「近所の住民が昨夜十二時頃、とても大きな音が響いたのを聞いています。第一発見者はジョギング中の男性です」
「深谷での殺人との関連は?」
「状況は似てます。車の大破、そして明らかに人を轢き殺してる。事故で放り出されて死亡、とは見えません」
三橋の意見を聞いて有明も同じ考えを持つ。これは車の破壊が目的ではなく、明らかに人を殺すことを目的としている。でなければわざわざ車を大破させて人を外に出して殺害なんて真似はしないだろう。
「近くに防犯カメラとかは・・・無さそうだな。この付近の昨夜十二時頃の防犯カメラの映像を確認しよう」
「あ、それには及ばないかもしれません。ドライブレコーダーがついてまして、発見時も正常に作動していました。鑑識に解析に回しています」
「お、三橋にしては気が利くな」
「本当に三橋さんですか?」
「ちょっと!二人して何ですか!俺が使えないみたいな言い方して!」
すまんすまん、と謝りながら現場を後にする。
捜査本部。
有明は一応提出してもらった防犯カメラの映像を確認していた。
「あ、これですね」
里見が画面を指差す。画面の時刻は午後十一時五十分。県道から現場に抜ける道に被害者が乗っていた黄色のSUVが入っていくのが映っていた。その数秒後、黒のワゴンが続いて入っていく。
「ナンバーは・・・暗くて見えないな」
「一応鑑識に解析を依頼しておきます」
里見が鑑識に向かうとすれ違いで三橋が会議室に入ってくる。
「有明さん!ドライブレコーダーの映像の解析が終わりました!」
「よっしゃ、それじゃ映してくれ」
三橋がチップをパソコンに差し込み、映像を映し出す。
午後十一時五十分。県道から現場に抜ける道に入る。
『ねぇ、さっきの車追い抜いてよかったの?』
『いいんだよ、こっちは急いでたんだし、何よりめちゃくちゃ遅かったんだから。マナーを教えてやったんだよ』
笑って言う二人の会話が会議室に響く。
『ん?なんか後ろの車・・・・・・』
『え、ちょ!あぶな・・・・・・・・・!』
ドン!と大きな音が鳴り、映像が大きく乱れる。鉄がひしゃげ、ガラスが割れる音がする。そして微かに聞こえる人の声。
『やめ・・・・・・』
ドン!と再び音が響く。しかしその音には肉が潰れるような音が混じる。
『なんで・・・・・・だよ!何もしてない・・・・・・!やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
グシャビチャ!と嫌な音が響く。車のエンジン音が横から聞こえ、ドライブレコーダーの前を走り去る。
「ストップ!」
有明が映像を止めさせる。車は黒のワゴン。そしてナンバーを確認する。
「あ・・・あ!映ってる!えっと・・・鴻巣300・え3681!」
「すぐにナンバーを検索、走行箇所と居場所の特定を急げ!」
管理官が話を聞いていたのか、指示を出す。捜査員たちはそれぞれ動き始める。
有明も動こくかと思ったが日本の追跡能力は優秀だ。下手に動いてすれ違いでも起きたらいけない。
「これで犯人がわかりますかね・・・」
「いや、そう簡単にはいかないだろう。車で轢き殺してる以上凹みや血痕が残る。追跡されることもわかってるならどこかに乗り捨ててるかもな」
「そんな・・・それじゃ結局」
「無駄ではないと思うぞ」
そこまで言うと捜査員と一人が「わかりました!」と叫ぶ。
有明達は伝えられた場所に急行する。
「有明さんの言う通りでしたね・・・やっぱり乗り捨てられてました」
鴻巣市内の公園に黒のワゴンが乗り捨てられていた。
すぐに鑑識が到着し、血痕や指紋などを調べていく。鑑識が去るのを確認してから車を調べる。
「血痕は見ての通り、前の部分にベッタリと・・・・・・車内からは指紋や毛髪は出なかったそうです」
車のライトは赤く染まり、車体の横も凹んでいた。黄色の傷があり、恐らく被害者の黄色のSUVの色と同じだと考える。
有明はまじまじと車内を見回している。有明には少し違和感が感じられた。
「なんかおかしくないか?」
「え?何がですか?」
三橋と里見も車内を見回すが分からないといった様子だった。
「なんか、『綺麗すぎる』」
有明は車内を見回しながら言う。
「犯人が長時間使っているなら、例えばダッシュボードの中に何か入ってたり、車内の設備を使った痕跡が残るはずだ。でもこの車内には指紋はもちろん毛髪さえでてない。それにアクセルとブレーキの部分・・・・・・土すらついてないぞ」
「ほんとだ・・・犯人が普段使っている車なら、いくら痕跡を消しても毛髪すら残さないのは無理がありますよね」
「それにこの匂い、新車ですかね?」
里見が鼻で匂いを嗅ぐ仕草をする。有明は車内から出ると二人に向かって言う。
「連城誠と霧島由美子の周辺を調べるぞ」
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有明達は連城誠と霧島由美子が住んでいたマンションに来ていた。有明は隣の住人の女性に話を聞いていた。
「隣の人、死んだの?マジで?」
大学生くらいの女性は染めた髪を弄りながら言う。
「何か知りませんかね?例えば誰かとトラブってたとか。仲良かったんですよね?」
「別に。仲良かったって言ってもたまにご飯奢ってくれるし、隣だから表面上はね?でも正直嫌な人達だなとは思ってたよ」
「嫌な人達というと?」
「夜中まで大声で叫ぶし、車はエンジン音がうるさいし・・・恨んでたって話なら私も含まれるかも?」
ないけど、と笑いながら言う女性を見て苦笑いで返す。すると女性は思い出した様に言う。
「あっ、そういえば、前なんか変な物が届いたって相談しにきた」
「変な物?何か分かります?」
「いや、詳しくは教えてくれなくて、開けない方がいいんじゃない?って言ったらそのまま部屋に戻っちゃった。気になって壁に耳を当てて聞いたら、あおり?とか運転とか言ってた」
もうバイト行かなきゃだからいい?と言われ、どうも、と礼を言って扉を閉める。
ちょうど里見が戻ってくる。
「近隣の人にも話を聞きましたが、車関連でトラブルを抱えてみたいです。具体的にはぶつけられたとか、あおられたとか」
「あおられたか・・・」
「有明さん!警察署から確認とれました!」
同時に三橋も戻ってくる。三橋には警察署にある事を調べるように頼んでいた。
「有明さんの考え通りです。連城誠と霧島由美子は過去にあおり運転による事故を起こしてます。その後もあおり運転で何度も警察の厄介になってたみたいです」
「繋がったな。前の被害者と今回の被害者。接点は『あおり運転』」
「でも誰がどこであおられたとか・・・正直探すのなんてきりがありませんよ」
里見が眼鏡を直しながら言う。三橋も賛同するように頷く。
「確かにな・・・あおり運転なんて、改正されたから浮き彫りになったものの、それ以前からあるしな。それにあおり運転だけじゃ次誰が狙われるとかは分からないな」
そこまで言ってこの二件の殺人を思い返す。最初は黒のセダン、二件目は黒のワゴン・・・・・・
「・・・くそっ、なんか引っかかるんだけどな」
有明は頭を振ると二人を連れてマンションを後にする。
「それにしても犯人のワゴン、ほんとに新車みたいでしたよね。ディーラーにそのまま飾ってそうな・・・」
三橋の言葉に有明は止まる。そして何か引っかかっていたものが取れる感覚がした。有明は勢いよく三橋の肩を掴む。
「あ!すみませんすみません!変なこと言いました!俺はバカですバカなんです!」
「いや、お手柄だぞ!」
え?と首を傾げる三橋と里見。そして有明は捜査本部に連絡をする。
「すみません、少し調べて欲しいことがあるのですが。・・・・・・盗難について調べてください。車の盗難です」
有明は電話を終えると、少し不敵な笑みを浮かべる。
「少しだけだが、一歩前進だ・・・」