失踪、脱走、追い出し。
「なんでこんなことも出来ないの?!」夜の9時、静まり返った住宅街に母親の叫び声と乾いた音が響く近所の住民は「またあの家か」とあきれているに違いない。“少なくとも”叩かれている本人は悪くないだろう。いや、断言する。悪くない。彼女の名前は奏。今年で13歳の中学1年生。
「ごめんなさい。ちゃんと弾けるようになるから。」彼女の母親はプロのピアニストになりたかったらしいが、お金が無く奨学金がもらえる程の実力も持ち合わせなかった。小さいころに家にあるピアノを使い習ってもいないピアノを器用に弾いている奏をみて彼女なら私の夢を叶えられる、そんな最低な気持ちでピアノを習わせた最低な母親である。奏も小さいころは好きでやっていたものの、母親の「お母さんね、奏にお母さんの夢を叶えて欲しいの」とピアノを習っている意味を知ったころにはピアノ自体が嫌いになっていた。
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「お母さん。私ピアノ辞めたい」勇気を振り絞って伝えたその言葉は
「は?」お母さんの一文字によりかき消されました。
「う、ううん、や、やっぱりいいや。ピアノ大好きだし。」
「そうよね、奏はピアノが大好きだものね、やめたいわけがないわよね?」有無を言わさない母親の鋭く尖った視線に私は耐えられず部屋に飛び込んだ。
「なん…で?人権は…?」誰か私に“選択肢”をください。
「奏、レッスンに行くわよ早く準備しなさい」ドアの前から聞こえる母親の声。小さいころまでは嬉しかったレッスンに行く時間という言葉お母さんが言っている言葉の意味を深く考えるようになってからはレッスンなんて嫌になった。ピアノが嫌いになった。全ては母親のせいだ。こんな家に生まれたくなかった。お母さん、何故そんなにもプロピアニストになりたかったの?私の意見はどこにあるの?お母さんは一度も褒めてくれたことがないそれどころか毎晩のように泣き散らして騒いで私に暴力を振るってくる。私のお母さんは私をお母さんの夢を叶えるための“道具”だと思ってるんだ。お母さん。一度でいいから私自身を見て。テストの順位が10位以内が当たり前なんていわないである日の朝4時いままでの貯金とスマホ、そして少しのおやつをリュックサックに詰めて私はこの家を出た。
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「だからそれはあなたが悪いでしょ?!あなたが優愛の部屋に外からカギをかければよかったじゃない!!」
「は?これはお前のせいだろ!?第一お前がちゃんと優愛が寝たのを確認しないのが悪いんだ!」ここはまた別の日の別の家。夜の11時旦那だと思われる男と嫁だと思われる女の口論が始まっていた。
「お父さん、お母さん、なんで喧嘩してるの?」彼女の名前は優愛。中学三年生の14歳だ。奏と同様彼女は何も悪くない。彼女は奏と少し違う親二人同士の喧嘩のただの風評被害があるだけだった。
「優愛、あなたは黙ってなさい。」
「優愛、お前には関係ないだろ。寝てこい」
「でっでも、私の名前出てたでしょ?」何度でもいう彼女は何も悪くなかった。ただ両親の喧嘩に勝手に巻き込まれてるだけだった。
「早く行け。」冷たく放たれた言葉に怯えた彼女は自室へ戻っていった。こちらもご近所は絡みたくないだの、自身のことしか考えていなかった。この喧嘩のせいで悩まされている少女のことも知らずに
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お父さん、お母さん、何をそんなに喧嘩してるの?私が悪いの?私何もしてないよね?
「…誰かお父さんとお母さんの喧嘩を止めてください」
2021年7月29日。
またお父さんとお母さんが喧嘩してる。私の名前だって何回も出てきた。お父さんに殺すぞって脅された。もう中三になって寝る時間も遅いのに私の目のつくところで、私に声が聞こえるところで喧嘩しないでほしい。勉強もまともに手がつかない。
明日はもっと笑顔が溢れる家庭がいいな。
「お母さん。おはよう。」朝、早くから出勤したお父さんのいない家でお母さんに声をかける。
「おはよう、優愛。絶対に学校で喧嘩のことも殴られてることも言っちゃだめなのわかってるよね。」
「うん」私はこの時間が一番嫌いだ。何かに怯えるお母さんの顔も、感情の消え去ったお母さんの目も。お母さんは何に怯えているの?家族の不仲?虐待まがいなことをしてるから?私には意味が分からない。近隣住民から軽蔑されるのが嫌ならばもとからやらなければいいのに。
8月上旬私は珍しく帰りの遅い両親から逃げるべくスマホ、おやつ、小学校のころから貯めていた貯金をもってこの家から逃げ出した。
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「あははは!弱っちいの!!もっと殴っちゃえ‼」都内の孤児院にやんちゃな少年の嘲笑うような声が響いた。
「こんなに汚かったら“ママ”怒っちゃうんじゃない?」少し大人しい女の子の声も聞こえる。
「もう…やめて…」殴られているであろう少女の助けを求める声。
「誰がやめるんだよ‼この中にお前の味方は一人もいねぇんだぞ?」そう男の子が言うとどっと周りのギャラリーも笑い始める。まるでただ一人を嘲笑うように。もう言わなくても頭のいい君ならわかるだろう?この子だって何も悪くない。
「來ってなにそれ男の子みたいな名前‼」
「あはは‼言っちゃったね」女の子二人が一人の少女に向かって暴言を吐き、その発言に対して笑う。まるでこの世のものではないものを見るような目つきで。いじめられている理由は彼女の名前だった。彼女の名前は來。小学5年生の11歳だ。いくら捨てられた“親”から貰った最初で最後の贈り物。それを否定されることはもし“親”がどれだけ醜くても、つらく苦しいものだろう。
「皆。ご飯だから準備して。來は先にお風呂に入っておいで」
「はい。“ママ”」この孤児院での決まりは主に3つ。
1.ここの教育者であり保護者である麻衣さんを“ママ”と呼ぶこと。
2.仲間外れ禁止。
3.お互いを尊敬すること。
來と年少者以外はこの決まりを破っていると言っていいと思う。見て見ぬふりも勿論2の違反になる。仲間外れになる行為は人によって違うかもしれないがここで“ママ”のルー(4)ルは絶対である。今までの行為は全て“ママ”が手を離せないとき、目につかず、声が届かない場所で行われている。
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もうこんな人生嫌だよ…。なんで私ばっかりこんな思いをしないといけないの?
「孤児院のルール破ってるのになんで…」
「誰が破っているの?」ボソッと呟いた言葉は何者かによって拾われていたみたいだ。しかもその相手は“ママ”
「んーん!なんもない‼」“ママ”、私が嘘をついてしまうことをどうか許してください。正当防衛だと思って見逃して。
「そう。お休み、來。私は貴方の名前大好きよ」
「え?」
「何もないわ。ゆっくり体を休めなさい。」何かを、すべてを知っているような口ぶりで“ママ”は私の部屋から出て行った。
「“ママ”に私のなにがわかるのかな、」誰にも理解してもらえないこの気持ち、劣等感、自己嫌悪、ネガティブな感情は私の心を、脳を、体を侵食していく。まるで海に飲み込まれるみたいに前が見えなくなってゆく。何回目だろう。この感覚。何回目だろう。消えたくなったのは。
2021年7月13日、私は朝早く起きて水と朝ご飯をもって孤児院から逃げた。
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「ねぇ‼いうこと聞いて‼」パチンッと乾いた頬を殴る音がマンションの一部屋で響いた。
「まま。ごめん…なさ…い…」しゃくりあげながら謝る小学校低学年ぐらいの少女。そう、虐待だ。この子の名前は波留。小学校3年生の8歳だ。食事もまともに与えられていないのだろう。小学校3年生とは思えないほどの小さな体、そして服をまくれば簡単に見えてしまう肋骨。手、足、腹、背中など見えないところにある無数の痣。見ているだけの父親、小学校3年生という小さな少女に殴りかかる母親。虐待だと理解するには十分すぎる情報だろう。
(5)「お願いだから言うこと聞いて‼ねぇ‼聞いてるの⁈」怒鳴りだす母親、ここまで叫ばれたら恐怖でしゃべられないだろう。それでも母親は怒鳴りかけることをやめない。
「聞いてるなら返事して‼なんで無視するの‼」断言する、将来これは彼女にとって手離そうとしても手離せないトラウマになるだろう。