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第1話 戦い方改革のススメ

 気がつけば俺の手は震えていた。

 これは武者震いなんてかっこいいものじゃない。本物の危機感がもたらす警告だ。

 目の前には身の丈が三メートルにも達しそうなほどのゴブリンが、その巨軀で立ち塞がる。灰褐色の分厚い筋肉は岩そのもの。それ以外の言葉では形容し難く、両腕の力瘤は人間の子供が丸々収まってしまいそうなくらい大きい。

 両手で握り締めた剣の柄に汗の湿り気を感じている。これは自身の焦りを表すバロメーターだ。

「…………こいつ、強いゼ」

 俺の隣でそう言ったのは、女弓使いのマーブルだった。

 彼女は、口にした言葉とは裏腹にうっすらと笑みを浮かべている。普段から強気な彼女だから、この状況を楽しんでいるのだろうか。

 いや、彼女の表情を改めて見れば、そうではないことがよく分かる。今の言葉は、震える自分を鼓舞するために絞り出した痩せ我慢なのだろう。

「くそっ! なんだってこんな時にシルフィーがいないんだよ!」

 次いで武闘家のブリオが吐き捨てるように言った。

 彼の言うシルフィーとは、俺たちのパーティーメンバーであるヒーラーの少女だ。普段は回復や補助魔法を務めてくれている。

 しかし、今この場にいるのは、俺とマーブルとブリオの三人。

 今、俺たちが目の前の強敵を前に動揺しているのも、心強い回復やサポート魔法を施してくれるシルフィーがいないことに起因している。

 普段ならどんな強敵が現れようとも、俺たちは果敢に挑み、そして撃破してきた。それは俺とブリオによる前線攻撃と、マーブルの援護射撃、そしてシルフィーの補助というバランスの良い陣形が成り立っていたことに加えて、各々の経験値もそれなりに積み上げられた、謂わばそこそこ熟練したパーティーだから。

 たった一人の仲間が欠けたぐらいでこれほど危うい冒険になるなんて。

 いや、むしろ俺たちのレベルの高さとは、抜群の連携があってこそ成り立っていたものなのだ。メンバーの欠落がこれほど危険な状況を生み出すものだなんて。

 仲間たちの不安は当然だし、俺自身も非常に危険な予感がしてならない。

 しかし、パーティーのリーダーである俺は、実はシルフィーがいない理由を知っていた。しかもそれは、前日に彼女自身から聞かされていたのだ。

「おいイフト! お前シルフィーから何か理由は聞いてないのか!?」

 ブリオの怒声が飛んできた。

 実は知っていると言いかけた時、ゴブリンが雄叫びを上げながら猛進してきた。おそらく俺たちの動揺が伝わっていたのだろう。そして、仕掛けるタイミングを待っていたのだ。

 ゴブリンの手にある巨大な戦斧が、マーブル目掛けて振り下ろされた。

「マーブルッ! 避け」

「間に合わ」

 長いことシルフィーに頼ってきた俺たちがいけなかったのか。大切な仲間の絶対的な死を覚悟したその瞬間。

「これは!?」

 彼女の頭上から降ってきたのは戦斧ではなく、蒼色に光る半球状の光る膜だった。

「シルフィーの防御魔法!?」

 戦斧はその膜に受け流され、マーブルの足元に深く突き刺さった。

 その好機をマーブルが見逃すはずもなく、構えていた弓を引いて巨大ゴブリンの顔目掛けて、二本の矢を放つ。その矢はきれいにモンスターの両眼へと吸い込まれ、すぐに悲痛な雄叫びが洞窟内にこだました。

「ブリオ! 今だ!」

「応っ!」

 俺の掛け声に合わせてブリオがその拳を握りしめると、彼の拳は青く燃え上がって、周囲の温度を即座に上昇させる。

 そして繰り出された蒼炎のボディーブロー。それが巨大ゴブリンの身体にめり込むと、ゴブリンは目の痛みと雄叫びを忘れたかのようにピタリと静かになってから膝をつく。腹からは青い炎が燃え広がりだした。

 そしてゴブリンの頭部が下がった今、俺の振るう剣が弧を描き、モンスターの後頭部へと滑らかに沈んでいく。

 息のあった連携攻撃。長いこと慣れ親しんだタイミング。阿吽の呼吸。

 そう、これが俺たちの戦い方だ。きっかけはあの防御魔法が与えてくれた。

 まるでシルフィーがこの場にいるかのような。

「やったゾォー! モンスターを倒しタ!」

「シルフィーのやつ、来てないと見せかけて、実はどっかに身を隠してるだけだったのか!?」

 マーブルとブリオに安堵の笑みが浮かんだ。それと同時に、姿を見せない仲間に向けて少しばかりの憤りも混ぜた表情で、洞窟内をキョロキョロと探し始めた。

 そりゃそうだ。事情を知らない二人からすれば、突如として発動した彼女の魔法は、シルフィーから贈られたタチの悪い悪戯、きつい冗談に思えたのだろうから。

 未だにシルフィーの姿を見つけられない二人に、俺はなんだか申し訳なく思った。やっぱり早いうちに言っといた方が良かったのだろうか。

「なあ、二人とも」

「あ? 何だよイフト。お前もシルフィーのやつを探せって」

「いや、それなんだが」

「あれ、あいつ本当にいないな。まさか透過の魔法でも使ってるのか?」

「あのな、聞いてくれ。シルフィーはな」

 長引かせるとダメだ。たぶん時間をかけて話したところで、この二人は絶対に理解しないだろう。

「言うぞ。シルフィーはな…………」

「おーいシルフィー! 出てこいよー!」

「…………シルフィーは! 本日“在宅勤務”をしております!」

 洞窟内に響いた俺の声は、洞窟の奥深くまでこだました。

 そして、少なくとも俺の言葉が耳に届いた二人は、一瞬だけ怪訝な表情を俺に向ける。と、思ったら再び向きを変えて、シルフィーを探し出した。

「いや、だから…………シルフィーは在宅勤務中だってば!」

 もはや無視とも言えるほどに、二人は動きを止めない。

 やがて、一向にシルフィーの姿を見つけられないマーブルが言った。

「なんだよ、ザイタクキンム? 新しい魔法か?」

「…………まあそうだな。魔法だ」

 結局俺が二人を洞窟から出すことに成功したのは、モンスターを倒してから一時間後のこととなった。


◆◆◆◆◆◆


 ここは俺たちの故郷でもあるフローア村。

 洞窟でモンスターを倒した俺たちは、いつもなら傷と疲れを癒すために村の酒場へと向かうのだが。

「直接聞かないとやっぱり解らんぞ! つまりなんだ? シルフィーは家にいながら俺たちをサポートしていると、そう言うのか?」

 今は俺たちが拠点とする家に向かって歩いていた。

 ブリオからのその質問は、洞窟を出てからすでに二十回目となるが、彼は一向に理解を示さない。わざとじゃないかとさえ思った。

「ザイタクキンムってなんだ! 家にいながら魔法が使えるって、それで俺たちと冒険をしてる気になってやがるのか!?」

「彼女曰く、してる気になってると言うか、してるんだよ」

「してないだろ! 姿が見えないんだぞ!」

「まあまあ、俺も初めてだから不安だったけどさ、でもサポートはしてくれたじゃん」

 確かにそうなのだ。

 巨大ゴブリンに辿り着く前から、何となく俺とマーブルはうっすらと不思議に思っていた。雑魚モンスターから受けた軽傷も、身体強化を必要とする場面でも、更に天井の低いところでブリオが不注意によって作ったタンコブさえも、気がついた時にはいつもの冒険と変わらぬ程のタイミングでサポートを受けていた。傷は癒され、肉体は強化されていたのだ。

 ただ、そのタイミングが絶妙すぎて気付きにくかった。

「俺は納得できんぞ! 身体を張って冒険してこそ冒険者だろうが!」

 むしろブリオは一切気付いていない。洞窟を出てから村に帰り着くまで、彼はずっとこの調子だ。

 シルフィーと仲の良いマーブルも、この件に関してはどうにも疑問があるらしい。

「シールはどうやってアタシ達の様子を把握してるのサ?」

「それは分からん。本人に聞いてくれ」

 そんなこんなで家に着くと、家の戸を壊しそうな勢いでブリオが中に飛び込んでいった。

「シルフィー! 貴様冒険もせずにぬくぬくと休むとは何事だ!」

「ブリオ、俺の話何も聞いてなかったのか、それとも忘れたのか」

 シルフィーは休んでいたわけではないと説明したかったが、もう諦めた。

 そしてリビングのソファには、パジャマを着て風呂上りの香りを漂わせる金髪の少女、シルフィーがいた。

「あ、おかえりー」

「おかえりじゃなぁい! 貴様サボってたばかりか一日中パジャマか!」

「違うもん、さっきまではヒーラーの格好してたもん。仕事が終わったからお風呂入ったの」

 仲間の在宅勤務を初めて体験した俺も、実を言うとブリオの感想に近い印象を受けた。それを知る由もないシルフィーは、何も悪びれる様子もなく、ソファの上でビスケットを口に運んでいた。

「ねえシール、あんたザイタクキンムしてたんダッテ?」

 マーブルが矢筒を肩から下ろしながら言うと、シルフィーが口の中のビスケットをホットミルクで流し込みつつ頷いた。

「で、どうなの? それって良いワケ?」

 興味を示したマーブルの目に向けて、彼女は親指を立てて言った。

「サイッコー!」

「何が最高だ!? この冒険者の恥が!」

 ブリオの怒りはともかくとして、俺自身もシルフィーの言葉の意味を、もっと深く知りたくなった。

「実際、在宅勤務って何してたんだ?」

「イフトには伝えた通り、みんなが村を出るのと同時に、私もきちんとこの水晶でみんなの様子を見てたよ」

 そう言ってシルフィーが取り出したのは、“龍の目”と呼ばれる魔法アイテムだった。

 定めた座標を上空から見下ろすように眺めることができるアイテムで、なかなか希少なものである。先週にシルフィーがどうしても欲しいと言うので、みんなで遠征して、アイテム獲得のためのクエストをこなしてきたばかりだ。

「みんなが怪我したら回復魔法を、ちょっと強そうなモンスターが現れたら補助魔法を発動して、こっちの依代に施術してたの。効果あったでしょう?」

 彼女が“依代”と呼んだのは、人の形を象って切り抜かれた紙人形だった。そう言えば、あれと同じものを前日の夜に一人一つずつ渡されていたっけ?

「要はその依代に魔法をかけると、俺たちに効果が生じると?」

「そう言うこと」

 理屈は分かったとして、どうしてこんな方法が思いついたのか。

 俺はシルフィーから在宅勤務をしたいと要望を受けた時、その具体的なイメージが出来ぬまま、「変わらぬサポートができるなら構わない」と気軽に承諾しただけだった。

 シルフィーは俺から聞かれるよりも先に、得意げな表情を浮かべて話し始めた。

「だって今時、汗水流して危ない目に遭ってまで冒険に出ることないよ。冒険だってこうして家にいながら出来るんだよ? サポートは万全だったでしょう?」

 しかしブリオは、この言葉に激昂した。

「何がサポートだ! 洞窟の防御魔法だけだろ!」

「ブリオは気がついてないだけ。イフトもマーブルもなんとなく気付いていたと思うけど」

 彼女の言う通り、何となく違和感を覚えていた。知らない間に怪我が治っていたら気付くものだが、今日の冒険はちょっと慌ただしかったからな。

「汗水流さなくて、それで仕事をしたとは言えない! 自分の足で趣き、手腕を駆使してこそ人は育つんだぞ!」

「ブリオは古いよ。いつまでも同じ方法じゃなくてさ、もっと効率よく冒険した方がいいって」

「効率の良い冒険って何だ!? 敵をいかに攻略するかの間違いだろう!」

「少ない力で大きな成果を得るのが効率の良い冒険だよ。格闘技だって力を込める部分と脱力する部分があるんでしょ?」

「知った口を聞くなぁ! 大体そんな弛んだ態度で仕事して、国王や村人に失礼だと思わんのか!?」

「何それー、依頼主は結果を求めるもので、方法まであーしろこーしろとは言ってないでしょう?」

「奉仕! 奉仕の精神だ! 彼らの求めるものに応えるため、自分の身を粉にして働くのだ!」

「一生懸命やってるもん。やり方が最新なだけー。それに在宅勤務にしたおかげで、冒険中でも魔法薬の調合ができたよ。これ、明日の冒険に持っていくでしょう?」

「そんなものは冒険が終わってから夜寝る前にやれ!」

 これは多分止まらないな。

 シルフィーは元々風変わりなところがあって、いつまでもしつこいブリオの文句に淡々と付き合える能力を有している。放っておいても大丈夫だろう。

 俺は剣と防具を外し、リビングを出ようと歩き出した。

「先に風呂行くわ」

「あー、じゃあ上がったら呑みに行こうよ」

 マーブルも慣れた調子で声をかけてきた。

 まあ、彼女の在宅勤務もいつまで続くのかは分からないが、明日行く予定のエントー砂漠への冒険にも、姿は出さないつもりらしい。


◆◆◆◆◆◆


 翌日、赤く広がるエントー砂漠の真ん中で、俺とブリオは大粒の汗を流しながら声をあげた。

「シルフィー! ブースト魔法を!」

 声を張り上げると、その声に呼応して空から赤い光が飛んできた。そしてその光は俺の剣に宿る。

 しかし、シルフィーからの声はなく、姿も見えない。なぜかと言えば、彼女は本日も在宅勤務なのだから。

 ブースト魔法で切れ味の増した剣を振りかざした俺は、地中から飛び出してきたサソリのモンスターを目掛けて駆け出した。

 そして剣をサソリの頭に叩き込む。しかし、それと同時にまた地中から三体のサソリが現れた。

「ブリオ!」

「待ってろ!」

 俺に向かってくるサソリのうち、一体をその拳で止めたブリオ。

 しかし、残り二体に対処するには遅すぎた。

「くっ! マーブル頼むっ!」

 すかさず叫ぶと、今度は俺の頭上に、金色に輝く魔法陣が出現した。

 これはシルフィーの操る局所転移魔法。そしてその中から、見慣れたマーブルの矢がものすごい速度で降り注ぐ。矢はサソリの外殻を貫き、二体を一瞬で絶命させた。

「ありがとう、マーブル」

 しかし、彼女から返事は返ってこない。

 当然だ。なぜならマーブルもまた、本日は在宅勤務中なのだから。

「納得いくか! こんなの!」

 ブリオの声が虚しく響くのだった。

 今、俺たちの戦い方改革が始まった。


<続>

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