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第54話-1 暗殺の天使①

 マリアンヌを連れ出すことに成功したマラコーダは外の見張りを一掃したチリアット、グラフィアッカーネ、カニャッツオと共に校内を駆け回っていた。


 「王女様を連れ出されたのは良かったけどこれからどうする気だよ。ここから出ることは出来ないんだろ?」


 「ああ、だからまずはマリアンヌ王女をどこか敵の目のつかない所に匿う。どうするかはそれからだ」


 マラコーダはそう答えるもカニャッツオは難色を示した。


 「そんな場所があるのかが疑問だな。どこに匿ったとしてもこの校舎内で隠れれる場所なんてたかが知れてる。見つかるのなんて時間の問題じゃないのか?」


 カニャッツオの指摘にマラコーダは「むむむ」と唸る。


 「だからオレとしてはさっさとグレイシアと合流して4人で王女様を守った方が確実だと思うぜ」


 「……なるほど。確かにお前の言うことにも一理ある。ならば早くグレイシアと合流を……」


 「その必要はない」


 その声を聞いた瞬間、マラコーダは背筋にゾッとしたものを感じ、反射的に振り返ると同時に尾での攻撃を仕掛ける。


 その攻撃を声の主――ジュリエットは短剣で防ぐと回し蹴りを繰り出す。


 「ジュリエット様!?」


 「うおっ!?」


 マラコーダはそれを腕でカードすると蹴りの勢いを利用し、ジュリエットとの距離を取る。


 「チリアット!」


 マラコーダの指示が飛び、チリアットがその大きな顎門を開き、ジュリエットに喰らいかかる。


 ジュリエットも短剣でチリアットの大きな牙を防ぐとマラコーダ同様勢いを利用し、後退した。


 「チッ……仕留めきれなかった」


 ジュリエットは舌打ちをすると忌々しげにマラコーダを睨みつけた。


 「おいおい……コイツがここにいるってことはアイツら全員やられちまったってことなんじゃねえのか」


 グラフィアッカーネは足止め役を担った悪の爪(マレブランケ)たちの姿を思い浮かべながら顰めっ面を浮かべた。


 「そういうことらしいな」


 「……ドウスル……マラコーダ?」


 くぐもった声でチリアットがマラコーダに指示を仰ぐ。


 「本音を言えば王女様を連れて逃げたいところだが、逃してくれるとはとても思えないな。そうなってくると選択肢は一つしかない」 


 「はぁ……ここで戦うしかないってことか」


 溜め息混じりに呟いたカニャッツオにマラコーダは黙って頷いた。


 「かと言ってオレっちたちだけで勝てる相手とも思えねーぞ?」


 「それは尤もな意見だな。だが、奴も無傷というわけではないようだぞ」


 懸念を口にするグラフィアッカーネにマラコーダは目だけでジュリエットを見るよう指し示す。


 マラコーダの意図を察したグラフィアッカーネがジュリエットに目を向けると所々傷を負っており、顔色も良くない上、息も荒い。


 「あの顔色を見るに奴はファルファレルロのボールを喰らい流行性感冒を患っている。つまり弱っているということだ。勝算は十分にある」


 勝ち筋を見出したマラコーダはマリアンヌを下ろし、前へ出た。


 「カニャッツオとグラフィアッカーネは援護をしつつ王女の護衛を。俺とチリアットが直接奴を叩く」


 3人はマラコーダの指示を聞くやいなや素早く位置についた。


 「あの……お気をつけて」


 心配げに声を掛けるマリアンヌにマラコーダは苦笑した。


 「俺達は使い魔です。ここで死のうともグレイシアが再召喚すれば蘇るのでご心配なく」


 「使い魔風情がこの私に勝てると思うな!」


 「病人を痛ぶるようで気が引けるが……そう言われては仕方ない。倒させてもらうぞ」


 そう言うとマラコーダは一気に間合いを詰め、ジュリエットに尾を叩きつけようとする。


 ジュリエットはそれを横に躱すと姿勢を低くし、飛び跳ねるようにマリアンヌ目掛けて疾駆した。


 「グラフィアッカーネ、カニャッツオ。やれ」


 「「了解」」


 しかし、マラコーダは慌てる素振りを見せず冷静に指示を飛ばした。


 出された指示は具体性に欠けるものだったが2人は即座に自分の役割を理解し、まずグラフィアッカーネがジュリエットに向かって前に手を翳した。


 「……ッ!?」


 次の瞬間、突如としてジュリエットがバランスを崩し、床に倒れ伏した。グラフィアッカーネがジュリエットの体重を増加させ、バランス感覚を狂わせたのだ。


 そして、続け様にカニャッツオが岩石爆弾を身動きの取れないジュリエットに放り投げる。


 「終わりだ」


 マラコーダが笑い、ジュリエットに被弾した岩石爆弾が爆発した。


 「ジュリエット様……」


 仇敵が死んだのにも関わらずマリアンヌは爆風の中、悲しげな表情を浮かべて俯いた。


 「ハッハーー!案外チョロいもんだったな!」


 対照的にグラフィアッカーネはカニャッツオの肩を組んではしゃぐもののカニャッツオはどうも腑に落ちていない表情を浮かべていた。


 「どうしたんだよカニャッツオ。またいつもの心配事か?」


 カニャッツオの慎重さを揶揄うようにグラフィアッカーネは顔を近づけた。


 「……妙じゃなかったか?」


 「何がだよ?」


 「奴は間違いなく体調を崩していた。にも関わらず奴の動きはとても衰えているようには見えなかった」


 「だから何が言いたいんだよ?」


 カニャッツオの意図が掴めないグラフィアッカーネが苛立った声で尋ねる。


 「もしや奴は何かしらの方法で風邪の症状を抑えていたのではないか?そして、グレイシアに勘付かれることもなく一撃を与えたことも加味すると……」


 そこまで言いかけたところでカニャッツオは顔色を変え、勢いよくグラフィアッカーネを押し飛ばした。


 「痛っ!テメェ!何す……」


 腹を立てたグラフィアッカーネがカニャッツオを怒鳴ろうと顔を向けるも次の瞬間には言葉を失っていた。


 何とカニャッツオの喉を短剣が突き破っていたのだ。


 「ごふっ……」


 苦しそうに吐血すると同時に喉から短剣符引き抜かれ、鮮血を迸らせながらカニャッツオが倒れ込むとそこには白いドレスを赤に染めたジュリエットが立っていた。


 「ジュリエット……様?」


 「まさか私の能力の正体に気付くなんて……危ないところだった」


 ジュリエットはマリアンヌの呻きを黙殺するとグラフィアッカーネの方に体を向けた。


 ――何故生きている!?


 喉まで出かけたそんな胸中は言葉になることはなく、グラフィアッカーネに短剣が振り下ろされようとする。


 「グオオオオオ!」


 そこへチリアットがグラフィアッカーネを救うべすジュリエットに喰らいかかってきた。


 ジュリエットは横目でそれを確認すると身を翻し、爆煙の中に姿を消した。


 「グラフィアッカーネ……ダイジョウブ?」


 「ああ……だが、カニャッツオが……」


 グラフィアッカーネは悔しそうに呟くとチリアットの手を借り起き上がった。


 「カニャッツオ様……」


 声のする方に目を向けるとマリアンヌが消えてゆくカニャッツオの死体の前で蹲み込んでいた。


 前述の通り悪の爪(マレブランケ)は死んだとしてもグレイシアが再召喚すれば死ぬ直前までの記憶を保持したまま復活出来るがそれでも仲間が殺されるのは愉快なことではない。


 グラフィアッカーネは拳を強く握りしめた。


 「ノウリョクツカッタヨネ?ナノニナンデアイツ……」


 「ああ……カニャッツオの爆弾から逃れれるはずがない。だが奴は……」


 カニャッツオの岩石爆弾が投げられる直前にジュリエットはグラフィアッカーネの能力で体重を増加させられ動けなくなったはずだった。


 しかし、ジュリエットは生きている。つまり何かしらの方法でグラフィアッカーネの能力を攻略し、岩石爆弾を回避したということ。それはチリアットの奇襲を回避したあの身軽な動きから見ても明らかだ。


 「多分、魔素(マナ)で身体能力を強化したんだ。そうとしか考えられねえ」


 そう断言したもののグラフィアッカーネは引っ掛かりを覚えていた。


 カニャッツオはまるでグレイシアへの不意打ちが成功したのもジュリエットが風邪の影響を受けることなく戦えたのも同一の能力が関係しているかのようなことを言いかけていた。


 それが気にかかったのだ。


 だが、そんな思考は耳を劈いた武器と武器がぶつかり合うような音に掻き消される。


 マラコーダがジュリエットととの交戦を開始したのだ。


 「チリアット!お前はそのまま王女の護衛を!」


 グラフィアッカーネは矢継ぎ早にチリアットに指示を出すと返事を聞かず、既に止みつつある爆煙の中へ駆け出した。


 走っていた時間は一呼吸置くほどの短い間だったが、その一瞬の内に2人の勝負は決していた。


 グラフィアッカーネの目の前に広がったのは床に力なく倒れ込むマラコーダとそれを悠然とジュリエットが見下している光景だった。


 「……ウソだろ」


 グラフィアッカーネは声にならない声で絶句した。


 マラコーダは悪の爪(マレブランケ)の中でも指折りの実力者だ。例え相手が8人の悪魔を1人で倒した相手だとしてもそう簡単に倒されるほどヤワではない。


 しかし、現に目の前でマラコーダは慈悲を乞うように膝を屈し、倒れている。


 戦闘が始まってからそう時間は経っていないだろう。つまり瞬殺だ。


 一体ジュリエットは何をしたのだろうか?


 グラフィアッカーネには目の前にいる美女がとてもなく恐ろしいものに感じられた。


 身体の底から湧き上がってきた戦慄に耐えかねたのか、グラフィアッカーネの双眸がふいに倒れたマラコーダに向けられた。


 その瞬間、グラフィアッカーネはマラコーダの姿に強烈な違和感を覚えた。まるで晴れた空に太陽が見当たらないかの如き決定的な違和感が。


 まじまじとマラコーダを観察すると(見ていた時間は1秒にも満たなかっただろうが)その正体はすぐ分かった。


 「おいおい……なんでどこも怪我してねえのにくたばってんだ……」


 マラコーダの体に、敗者にあるべきもの――傷が見当たらなかったのだ。


 戦いに怪我は付き物だ。


 圧倒的強者ならば手傷一つ負うことなく勝利しすることも可能だろうが打ち負かされた者はそうなるのが必然だ。


 しかし、敗北の末に倒れ伏しているマラコーダにはそれが見当たらない。


 跪いた体勢で隠れている腹部付近に怪我をしているとも考えられるが戦闘不能になるほどの傷なら床などに血が滲んでいるべきだ。


 つまり、ジュリエットは肉体を傷つけることなく、マラコーダを戦闘不能に追いやったのだ。


 その方法は何か?


 グラフィアッカーネはカニャッツオの科白を思い出した。


 風邪の症状を抑え、百戦錬磨のグレイシアに不意打ちを成功させ、グラフィアッカーネの加重能力を無効化し、敵に傷を負わせることなく戦闘不能に追いやる能力。


 一見共通性がなく、別々の能力を用いているとも考えられるがグラフィアッカーネはこのいずれの能力は同じものだと確信した。


 「……なるほどな。テメェのそれは……」


 しかし、その言葉最後まで続かなかった。


 能力の正体が気づかれたということを勘付いたジュリエットがマラコーダを殺し、続け様にグラフィアッカーネに対抗する暇すら与えずに短剣を胸へ突き刺したのだ。


 「残念だったな。私の能力はお前の仲間に伝えられることはない」


 グラフィアッカーネの口端から血が流れる。


 そして、爆煙が晴れ、マリアンヌとチリアットがグラフィアッカーネの姿を目視する。


 「グラフィアッカーネ!」


 くぐもった声でチリアットが叫び、助けるべく駆け寄ろうとするもグラフィアッカーネはそれを腕で「来るな」のジェスチャーを出し、制した。


 「無駄なことを。わざわざジェスチャーで伝えたということはもう声を上げる体力も残っていないのだろう?早々に死ね。すぐにあの不細工な顎門もそっちに送ってやる」


 その科白を聞いたグラフィアッカーネは抵抗するでも罵るでもなく、ただ口端を吊り上げた。


 「何がおかしい?」


 「お前は……勘違いしている」


 表情とは裏腹にグラフィアッカーネは生気のない声で呟いた。力尽きるのはもう時間の問題だ。


 「勘違い?貴様が死ぬという事実に何の……」


 「そこじゃねえよ……オレっちの……仲間に……お前の能力を……伝えられねえって言ってたことだよ」


 しかし、グラフィアッカーネは最後の力を振り絞り嘲りの言葉を紡ぐ。


 「悪いがそれも事実だ。貴様が何も成し遂げられぬまま死ぬことに何ら変わりはない」


 変わらない答えにジュリエットも嘲りで返すがグラフィアッカーネの顔色は変わらなかった。


 「お前こそ……勘違いしたまま……だな……」


 「何?」


 「まず……お前の能力を……アイツに……伝える必要なんて……ない……何故なら……アイツは……お前の能力の正体に……すぐ気付き……お前に……勝利するから……だ……オレっちは……その答え合わせをし…………ごふっ!」


 そう言い終えると激しく吐血する。膝も笑っており、その命は既に風前の灯火だった。


 「私の能力の正体に気付き勝利するだと?……バカバカしい……仮に能力の正体に気付いたとしても勝つことなど……」


 「その能力は万能じゃねえよ」


 ジュリエットの反論をグラフィアッカーネは一言で切り捨てた。


 「どれだけ頭は誤魔化しても身体は誤魔化せねえよ。ほら、下を見てみろよ」


 言われるままジュリエットは下――即ち足を見るとその足は目の前のグラフィアッカーネのもの同様、異常なほど震えていた。


 「効いてんだろ……オレっちの能力……まあ……そっちの方は……どうにか…なると……して……も……顔色の方は……どう……」


 ジュリエットはその言葉を最後まで聞くことなく、グラフィアッカーネを衝動のまま蹴り飛ばした。


 加重も相まって威力の上がった蹴りはグラフィアッカーネの意識を刈り取っただけに留まらず、頭蓋を破壊し、脳漿を撒き散らしていた。


 「ぐっ……」


 蹴りを入れた後、上手くバランスを取れずジュリエットは尻餅をつく。グラフィアッカーネが死に、加重能力が消えたことにより体重が元に戻り、その変化に身体が追いつかなかったのだ。


 しかし、ジュリエットは隙を見せるまいとすぐ立ち上がると別の短剣を取り出し、チリアットに向けた。


 「後はお前1人だけだ。お前さえ倒せば王女を……」


 「本当か?」


 自分の言葉を遮る形で投げ掛けられた問いかけにジュリエットは心臓を鷲掴みにされたような気分になり、反射的に体を反らすとその上を髑髏の大鎌が突き出されていた。


 「貴様……」


 「随分待たせてしまったな。続きを始めようか」


 ジュリエットの鋭い視線を受け流しグレイシアは涼しい顔で言った。

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