第53話 進め
「行くぞ!」
自由に動けるようになったディオンは先手必勝とばかりに吶喊を仕掛けた。
馬鹿の一つ覚えと思われるかもしれないが魔法が封じられているというのは変わはないため、打てる手は限られている。
更にディオンの攻撃手段は剣のため、距離を詰めないことには話が始まらないのだ。
「――影よ」
一直線に向かってくるディオンにダミアンは幾つにも枝分かれした影を伸ばす。
ディオンはそれを斬ることでいなすのではなく、真横に躱すと壁を縦横無尽に駆け回りながら影から逃れていく。
「くっ!近づけない……」
中々近づけない苛立ちを吐き捨てるとディオンは壁から跳躍し、回転しながら伸ばされた影を斬りつけ床に着地を試みる。
しかし、左足が床に着いた瞬間、そこを中心として魔法陣が浮かび上がり、炎がディオンの身を包んだ。
「ぐわあああああああっっ!」
熱さに悶えながらもディオンは身体を転がし燃え盛る炎から抜け出すと火の移ったタキシードを脱ぎ捨てた。
「はあ……はあ……何なんだ今のは……」
「第二階位魔法結界術火炎陣。侵入者用にこの部屋に仕掛けた罠だ」
マルセルは口端を上げ、火傷を負ったディオンに勝ち誇ったように言った
ダミアンもただ影を伸ばしていたのではなく、最初からこの結界術を起動させるためにディオンを誘導していたというわけだ。
「馬鹿な!貴様ら自身が張った結界術で魔法は使えないはずだ!」
あり得ないと反駁するディオンだったが、それをマルセルは鼻で笑った。
「確かに御伽噺崩しは魔法の発動を阻害する結界術だ。だが、既に術式が完成している魔法なら話は別だ」
「……どういうことだ?」
「御伽噺崩しは術式に組み込まれた霊素の活動を抑制することは出来ない。つまりは既に発動している魔法には効かないということだ」
魔法の発動には術式を構築するにあたりその燃料となる魔素とそれをエネルギーに変換する霊素が必須である。これらのどちらか片方でも欠けてしまえば魔法を使うことは出来ない。
御伽噺崩しはその必須要素の一つである霊素の役割を妨げることで魔法を封じるという結界術。
しかし、それが出来るのは術式の完成していない魔法だけという弱点が存在する。
術式が完成した瞬間、発動する魔術や錬金術などならほとんど注視する必要はないが、結界術は他の魔法と違い、術式を完成させた上であらかじめ設定しておいた条件を満たすことで起動する魔法である。つまり、時間差での発動が可能ということ。
マルセルはその弱点を逆手に取り、御伽噺崩しを起動させる前に他の結界術を張っておくことで無効化されることを防ぎ、ディオンを罠に嵌めたのだ。
「つまり貴様は既に私の手中ということだ」
両手を広げ、口を三日月型に歪めるダミアンに対し、ディオンは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
マルセルの様子から察するに罠である結界術はまだ複数設置されている。
先刻の下っ端の暗殺者達との戦闘時には何も起こらなかったのでもう罠はないと考えたいところではある。
だだ、そうだとしたらあのとても演技とは思えないふてぶてしい余裕は見せれない。
恐らくは何かしらの発動条件があったのだろう。
これでは先程と状況は然程変わらない。
マリアンヌがいてもいなくても自由に動けることはなかったというわけだ。
しかし、変化したことが全くないわけではない。
それは逃げるという選択肢が出来たことだ。
連中の目的はマリアンヌの捕縛。例えここからディオンが逃げたとしても気に留めず直ちにマリアンヌの捜索を始めるだろう。
そして撤退し、グレイシア達と合流し、態勢を立て直してから連中を叩くのが今考えられる一番賢明な方法だ。
だが、この方法を取ってしまうと連中の結界術を解除するのが遅れてしまい、重傷を負ったあの男子生徒の容態が悪化、最悪の場合死亡が懸念される。
――どうするべきか……
ディオンは目だけを背後に動かした。
「逃げるのか?まあ、そうしてくれれば我々も王女探しに取り掛かれる上、お前にとっても悪くない話だ。外の見張りももういない。逃げるというなら止めはしないぞ?」
ディオンの目線に気付いたマルセルが勧めるように言った。
奴の言う通り、マリアンヌを救うためにも彼が死ぬことは承知の上で退くべきだろう。
心は決まった。
次の瞬間、ディオンはマルセルとダミアンに向かって駆け出した。
ここで背を向けて逃げてしまえば誇りを持ってマリアンヌの騎士ではいられないと思ったから。
「愚かな……ダミアンやれ」
マルセルの命令にダミアンは何も言わなかったが、ディオンへ何本もの影の手で攻撃を仕掛けた。
ディオンはそれに怯むことなく、一直線に影へ飛び込んだ。
………………………………………
レイ達が戦闘を繰り広げていたその頃、助けを待つパーティ会場はその煌びやかな装飾に似合わない暗い雰囲気に包まれていた。
自分はここから帰れるのだろうか?
このまま殺されてしまうのだろうか?
皆の頭に最悪の結末が脳裏に過り、不安で押し潰されそうになる。
「おい!まだこの結界は解けないのかよ!」
そして、その不安を掻き消すためか抑圧された空気に耐えられなくなったのか1人の男子生徒が無意味と分かりながらも苛立ちを吐き散らす。
「落ち着けよ!騒いだってしょうがないだろ!」
別の男子生徒が荒れる男子生徒の態度を窘めようとするが、当の本人も苛立っているように見える。
「この状況が落ち着いていられるかよ!こいつの容態は悪くなる一方だし、いつ敵がここに来てもおかしくねえんだぞ!」
「こいつ」とは無論、銃弾を受けた男子生徒のことだ。
誰もが分かってはいたことだが考えまいとしていた残酷な事実を憚ることなく突きつけられ、会場の空気が更に重苦しくなる。
「そろそろ限界だね……」
「ああ、皆苛つき始めてるな」
既にグレイシア達が後にしてから20分が経っている。
いつ危険に晒されてもおかしくない状況下で待ち続けるのは精神的な負担が大きく、それは時間が経つほどに増大していく。
対抗手段があるならもう少し落ち着けたかもしれないがここにいるほとんどの者が武器を携帯しておらず、魔法も封じられており、丸腰の状態である。
グレンやジョナサンを除けば残りの者は皆、敵が来ても無抵抗で殺されるしかないのだ。
「もう行った連中をアテにしていられねえ!一か八か脱出する方法を……」
「逸る気持ちは分かりますが落ち着きなされ」
捨て身の作戦に出ようとする男子生徒を包み込むような優しい声が制止した。
男子生徒が目を向けるとそこには落ち着いた物腰のトーリ神父が立っていた。
「ここで自棄になっても得るものはありますまい。落ち着いて彼らを待つのです」
しかし、その状況にそぐわない落ち着いた態度が鼻についたのか男子生徒は目を剥き、飛びかかりそうな勢いで体を向けた。
「そのあいつらが頼りになるか怪しいんじゃないか!だから早くオレ達で……」
男子生徒は大声でトーリ神父を捲し立て、その苛立ちが収まる様子はない。
だが、トーリ神父は怖気付くことなく、男子生徒の肩に優しく手を置くと先程と変わらない穏やか声で投げかけた。
「あの方々なら大丈夫です。信じて待ちましょう」
「……ああ、そう……ですね。騒ぎ立てて申し訳ございません」
グレンとジョナサンは目を疑った。
今さっきまでトーリ神父に高圧的に接していた男子生徒が打って変わったように自らの非礼を詫び、頭を下げると大人しくなったではないか。
頭が冷えた……という感じでもない。まるで何か勘違いをしており、それが間違いだったと気づいたような反応だ。
次にトーリ神父は一同を見渡すと首のロザリオを見せ付けるように握り締め、優しく呼びかけた。
「皆様も不安だとは思いますが、落ち着いて待ちましょう。主の思し召しがここにあらんことを」
するとトーリ神父の言葉を聞いた途端、一同の目の色がスッと変わり落ち着き始めた。
「そうだ……彼らならきっとやってくれる!」
「ああ!我々は信じて待とう!」
その不気味なほどの変わり様に2人は胸に異物がつっかえたかのような感覚を覚えた。
ただトーリ神父の言葉に感銘を受けたようにはとても見えない。何かしらの力が働いたのは明らかだ。
しかし、この状況下で魔法は使えない。
もしかするとトーリ神父はジョナサンと同じ異能力者なのだろうか?
真相を探るためにも2人はトーリ神父へ歩み寄った。
「ありがとうございますトーリ神父。貴方のお陰でパニックを鎮めることが出来ました」
「礼など要らんよ。私は君達のように戦えるわけではないからな。これくらいしか出来ることがないんじゃよ」
頭を下げるグレンにトーリ神父は謙遜した態度を取るもののあの状態が続いていれば収集がつかなくなっていた可能性もあり得た。
その点においてトーリ神父は十分過ぎる役割を果たしたと言えるだろう。
そして、グレンは先程抱いた疑問を投げかけた。
「そのことについてなんですが、トーリ神父は一体何をしたのでしょうか?」
酷く抽象的な問いかけであったが、トーリ神父はその意味をすぐ理解すると口を開いた。
「催眠術じゃよ」
トーリ神父は惚けようともせず、端的にそう呟いた。
「さいみんじゅつ?何ですかそれは?魔法の一種ですか?」
聞き慣れない言葉にジョナサンが聞き返す。
「いいや、催眠術に魔素は使わんから魔法ではないよ。人の心には感覚を司る潜在意識と理性を司る顕在意識というのがあっての。私はとある方法でその顕在意識を麻痺させることで潜在意識を狭窄させたのだ。分かりやすく言うと暗示で思考の誘導したということじゃ」
「そんなことが……」
トーリ神父の説明にジョナサンは驚いた様子を見せる。
魔法にも催眠術に似た幻術があるがあちらは幻覚を見せ、相手を欺くことで行動を誘導するのに対してこちらは相手の意識に介入し、直接操ることが出来るという点で優れており、使い方次第では手傷一つ負わずに相手を完封させることだって出来る。
更に魔素も必要ないとなると魔法と違い、誰でも使えるということでもあり、無限の可能性を秘めたものと言えるだろう。
「どうやったらその妙技を習得出来るんですか?」
興味を示し、そう尋ねたのはグレンだったが、トーリ神父は首を横に振った。
「今はその時ではない。皆のことは私に任せて君達は外に出て敵が来るのを見張っておくのだ」
こう言われてしまってはグレンも何も言い返すことは出来ない。
2人は会釈するとトーリ神父の横を通り過ぎて、廊下へ続く扉へ歩いていく。
するとすれ違いざまにトーリ神父は忠告とも取れる言葉を2人にかけた。
「巨大な力は扱いを誤れば自分自身にも牙を向く。それを努忘れるな」
何の脈絡もない言葉に意図を図りかね、意味を尋ねようとするもトーリ神父の背中は「これ以上言うことはない」とでも語っているように感じられ2人はその場を後にした。
しかし、引っかかることが一つあった。
それはトーリ神父が先程の科白を言った時、まるで自分に言い聞かせているように2人には聞こえたのだ。




