第49話 幽閉されし魔王の降臨
廊下をその華奢な身からは想像もつかないようや速さで駆け抜ける美少女ジュリエット・ダルモンは王女誘拐が成功したことにほくそ笑んでいた。
最初の襲撃に失敗した時はどうしようかと思ったがあのピコーという貴族の発言を上手く利用し、なんとか立て直すことが出来た。
しかし、まだ気を抜いてはいけないとジュリエットは自分に言い聞かせる。
王女の転送が完了して初めて作戦は成功したと言えるのだから。
「待てよ。さっきまで一緒に歩いてたっていうのに随分とつれないんじゃないか?」
突如、真横から聞こえてきた声にジュリエットは背筋に冷たいものを感じ、顔を向けるとそこには今さっき脳裏に浮かべていた青年貴族が自分と並行して走っていた。
「なっ……!」
ジュリエットは絶句するもすぐにグレイシアを引き離そうと自身が刺した傷口に向かって蹴りを繰り出した。
しかし、グレイシアはその蹴りを受けても表情を変えず、ジュリエットの腕を掴むとそのままチョークスリーパーで拘束する。
「くっ……!放せ!」
ジュリエットは肘で再度傷口を殴るなどして抵抗を試みるもグレイシアは相変わらず痛がる素振りを見せず、持ち前の怪力でその拘束を強めていく。
「悪いが君にやられた傷口は既に治癒させてもらった。君の力では俺の拘束を解くことは出来ないぞ?」
「何!?魔法も使えない中、どうやって!」
出鱈目かとも思ったがとても痩せ我慢をしているようには見えない。
それを証拠にグレイシアの力は弱まることなくジュリエットを捕らえ続けていた。
「さて、大人しく君達の本部まで案内してもらおうか?」
「そうはいかないな」
その言葉と共にグレイシアに向かって三方向から矢が放たれた。
このままの状態では全ての矢を防ぐのは難しいと判断したグレイシアはジュリエットを突き飛ばすとデスサイズを顕現させる。
そして、デスサイズを頭上で回転させ矢の雨を全て弾き、上に目を遣ると緑色の狩人服を着た弓使いが宙に浮かんでいた。
出立こそ弓兵部隊隊長のロクスレイと似ているが明確に違うのは背中に漆黒の翼が生えており、人間でないということだ。
「ジュリエット様!ここは僕が……」
「その声はアランですか?……では、あとは任せましたよ!」
ジュリエットは立ち上がるとその場から逃げるように走り去ろうとする。
「ただで逃すわけにはいかないな。悪の爪!」
彼岸第八階層の能力で悪の爪達を召喚するとグレイシアは矢継ぎ早に指令を出す。
「あの女を追いかけ王女の居場所を探し出せ」
「了解だ。行くぞ野郎ども」
リーダーであるマラコーダが応答すると12人の悪魔達は遠ざかるジュリエットの背中を追いかけ始めた。
「悪いがすぐ終わらせてもらうぞ!レラジェやれ!」
ジュリエットからアラン呼ばれた青年が指図するように言うと緑の狩人服は弓を引き絞り、無数の矢を放ってきた。
「この尋常ならざる気配……やはりそいつは悪魔か」
しかも悪の爪達よりも格上の上位悪魔と推測される。
グレイシアは矢を再び全て跳ね返すと召喚者であろう青年に目を遣った。
「そうだ、こいつはレラジェ。悪魔召喚の王ソロモンも使役した72柱の悪魔の一体である上位悪魔さ」
個体差はあるものの上位悪魔は一体で一つの軍隊を壊滅させれるほどの戦闘力を持つと言われており、その強さは災厄と表現されるほどだ。
しかし、グレイシアはその悪魔を目の前にして怯える様子を見せず得意げに言うアランに冷たい視線で問いかけた。
「そいつを召喚するのに何人を生贄にした?」
悪魔の召喚は第四階位魔法召喚術降臨召喚を使えば可能だが天使や神獣と違い、触媒の他にも人間の魂を生贄にする必要があり、その数は召喚する悪魔が強力になるに比例して多くなってゆく。
それ故、悪魔召喚は禁忌とされており、各国の法律でも固く禁じられている。
「レラジェは30の軍団を率いる侯爵の地位にある上位悪魔だ。指の本数で収まる数ではなかろう?」
「ああ、大体100人いくかいかないくらいだな。だが、感謝して欲しいくらいだぜ!生きる価値のないクソ共の命を神秘の存在に代替してやったんだからよ」
アランは罪悪感を微塵も感じていない様子で高笑いを廊下に響かせる。
挑発などではない。ほんとうにそう信じて疑っていない様子だ。
グレイシアはそんなアランを無表情で黙って見ていた。
「それを聞いて安心したよ。俺も罪悪感を抱くことなくお前を殺せる」
「ハッ!ほざけ!上位悪魔相手に魔法も封じられている中で勝てると思うなよ!」
アランの嘲笑に応えるようにレラジェが無数の矢を放つ。
ネズミですら避ける隙間もない通路一面に放たれた攻撃をグレイシアはデスサイズを振るい、道を作るとそのままレラジェに斬りかかる。
レラジェはそれを持っていた弓で受け止めた。
グレイシアの一撃を受け止めるとはやはり膂力だけでも人間のそれを優に上回っている。
恐らくここの生徒全員でかかっても素手のレラジェに勝てるかは怪しいところだろう。
するとレラジェはわざと飛ばされることで距離を取ると今までのように数にものを言わせた攻撃ではなく限界まで引き絞った一矢を放つ。
グレイシアはそれを弾くもその直後に矢の大群が襲いかかる。
やはり弓の技術も一級だ。
あの攻撃を放った直後にこれほどの数の矢を射ることの出来る使い手などそういないだろう。
グレイシアはそれらも弾き返そうとするも先程の反動が残っており、ガードが遅れてしまい肩を一本の矢が掠めた。
その刹那、レラジェは距離を詰め、先程の渾身の一撃をゼロ距離で放った。
「やっちまえ!」
アランは次の瞬間にはグレイシアの体がバラバラに吹き飛ばされると予見していた。
しかし、グレイシアはその一矢を素手で受け止めるとレラジェを空いた片手で殴り飛ばした。
「何!?」
上位悪魔と互角に渡り合うだけでなく、ゼロ距離での必殺の一撃を受け止めたグレイシアにレラジェは驚きを隠せない様子で声を上げた。
「お前……何者だ?」
「俺はエドモン・ド・ピコー。フランソワ王国から伯爵の位を賜っているただの貴族だ」
そんなことを聞いているのではないとアランは不機嫌そうに鼻を鳴らすも次の瞬間には口角を上げていた。
「まあいい。もうすぐそんなことを気にする必要もなくなるのだからな。貴様の矢が掠った腕を見てみろ」
グレイシアは言われた通り袖をまくり上げるとその下は矢の擦り傷を起点として黒いひびのようなものが腐敗臭を出しながら広がっており、細胞の壊死していた。
「これは……」
「レラジェの矢に少しでも当たった奴はそこから細胞が腐り始め1分も経たずに死ぬ。お前が攻撃を喰らった瞬間から敗北は決まっていたんだよ!少し焦ったが俺の勝ちだ。あばよ!」
アランは勝ち誇った様子で恐怖に染まっていくであろうグレイシアの表情を目に焼き付けようとまるでプレンゼントを与えられる子どものような調子で待っていた。
しかし、グレイシアは相変わらず表情を変えずにデスサイズを構えた。
「最後の悪あがきか?そんなことやっても……」
「地獄の最下層へ封印されし魔王よ――その力の一端を我に与えよ――」
そう呟くと同時にグレイシアを纏う魔素の雰囲気がガラリと変わり、周囲が重苦しい圧迫感に襲われる。
「なっ……何だこれは……っ!」
そのプレッシャーに耐えられなくなったアランは思わず片膝を着いて荒い息を吐く。まるで強い力で上から押さえつけられているようだ。
「レラジェ!さっさっとあいつを殺してしまえ!」
そう命令するもレラジェはまるで何かに驚いたように体を硬直させ、その目を大きく見開いていた。
「この力は……」
初めて言葉を発したレラジェの向ける視線の先ではグレイシアが邪悪なオーラを発しており、壊死し始めていた腕がみるみる治癒していた。
「貴様……何なんだ……その力は……」
「幽閉されし魔王の降臨。悪魔の王であるサタンの力を解放する能力だ」
「サタンの能力だと!?」
「そうだ。と言っても俺が行使出来るのはその一部分に過ぎない。しかし、そこの悪魔を屈服させるのには十分なようだな」
アランは完全に戦意を喪失した様子のレラジェを横目に一気に逆転してしまった戦況に憔悴し始めたがここでようやく気付いた。
「その大鎌……まさか貴様……彼岸の死神か!?」
「ようやく気付いたか。しかし、シオン王国以外でも名が広まっているとは俺も有名になったものだ。さらばだ、この名前を冥土の土産にして逝け」
「待…………」
アランが言葉を発する前にグレイシアの一撃が振り下ろされた。
サタンの魔素を纏ったその一撃は悪魔召喚術師の青年と上位悪魔を跡形もなく消し飛ばしただけでなく、衝撃で校舎中の窓ガラスを割り、その場を半壊させた。
「些か過剰火力だったがまあいい。念には念というやつだ。相手は上位悪魔だったわけだしな」
そう言うとグレイシアは壊した箇所から背を向けて歩き始めた。
「ディオン……無事でいろよ」




