第45話-1 学園舞踏会①
パリシイに来てから1ヶ月が既に経った。
グレイシアは王女の護衛をこなしつつも革命軍の任務を両立させており、パリシイとリベリオン島を行き来する多忙な日々を送っていた。
そんなグレイシアにはこの生活を続ける内に日課のようなものができていた。
「そこ!」
「はっ!」
それは昼休みのディオンとの稽古だった。あの日からこれを欠かしたことはない。
そして、その見慣れた光景をマリアンヌ、グレン、ジョナサンの3人はいつも通り眺めていた。
「ディオンさん凄いね……ピコー様が本気ではないとは言えあの動きに1ヶ月でついていけるようになるなんて」
「フフフ。そういうお二人もピコー様に鍛えてもらっているのでしょう?相当お強いのではありませんか?」
「いえいえ俺らなんかディオンさんの足元に及びませんよ。最近は『ディオンを見習え』としごかれてばかりで………」
グレンが苦い顔をするとジョナサンも共感するように首を縦に振った。
そうこうしている間に2人の稽古が終わり、話しながら帰ってくるがその際、ディオンはとても楽しそうにしていた。
「なあ、ディオンさんってよ……」
「うん……」
グレンとジョナサンは顔を向け合うとお互いが同じことを考えていることを察し、黙って頷いた。
「どうした2人とも変な顔をして?」
「……何もないっすよ」
「いえ!何も!」
「?」
2人の妙な反応にディオンは首を傾げるもすぐにその意識は別の方向に向けられることになる。
「ねえディオン。学園舞踏会の件はどうなっているのかしら?」
「はい、少々お待ちを」
マリアンヌの尋ねにディオンは手帳を取り出すとページをペラペラとめくり始める。
学園舞踏会とはパリシイ学園で夏休み前と冬休み前に行われる生徒同士の交流を深めたり、慰安を目的とした舞踏会でありここの生徒にとっては一番の目玉行事だ。
学園の前期の授業は全て終了しているため、生徒一同、3日後に迫った学園舞踏会の仕事に従事しており、大変な激務ではあるものの皆懸命に取り組んでいる。
マリアンヌは王女として学園舞踏会実行委員会の委員長を務めており、料理用の食材調達に各種関係者へのアポイントメントな様々な仕事の調整と実行を担当しており、生徒達に指示を出す立場でもあった。
この5人はその激務から昼休みで一時解放されているといった状況だ。
「午後からは楽師団、そして演者の方との打ち合わせがありまして……」
「演者?何だそれは?楽師団を呼ぶというのは前以て聞いていたが……」
初耳の情報にグレイシアが怪訝な表情で呟くとディオンが「しまった」といったような顔をするもすぐに諦めたように溜息を吐いた。
「ここまで言ってしまったからには仕方ないか……実は教員にしか伝えてはいないが今回の舞踏会には会場を盛り上げるための来客を呼んでいるんだ」
「なるほど。つまりのその来客が演者というわけか。楽師団とセットで呼ぶということは歌劇歌手でも呼んだか?」
グレイシアの鋭い洞察にディオンは頷いた。
「そうだ。来てもらうのはジュリエット・ダルモン殿になる」
「それは驚いたな。ついこの前、遠目からではあるがお目にかかった大女優がここに来るとは」
グレイシアは表情と声色を変えずに言ったものの内心驚いていた。
まさか、巨大ホールを満員にする人気女優がこのような学園の舞踏会如きに出てくれるとは誰も考え付かないだろう。ギャラもかかるし、そもそもスケジュールが空いているはずがない。
そんなグレイシアの考えを読み取ったようにディオンが口を開いた。
「お前が思っている通り、本来ならば出演は叶わないだろう。しかし、今回はマリアンヌ様の交渉が身を結んだ結果、ダルモン殿は出演を承諾してくれた」
なるほど王族としての力を利用したわけか。
確かにそれなら断れないだろうし、向こうも王族の依頼を受けたとなれば箔が付く。そもそも断る理由がないというものだ。
恐らくマリアンヌが実行委員会委員長という立場に就いたのも取引先とのパイプ役に都合が良いという理由もあるのだろう。
「分かっていると思うがこのことはくれぐれも……」
「無論だ。口外しない。お前達もいいな?」
グレイシアはグレンとジョナサンに言い聞かせるように言った。
学園舞踏会は生徒や教員でなくともその関係者であれば参加が可能だ。
事前にジュリエットが出ると知らされれば多くの者が押し寄せ、舞踏会どころではなくなってしまうだろう。
ジュリエット出演を当日まで伏せるのは当然だ。
「それよりも一つ問題がございまして……」
マリアンヌが悩ましげに声を上げるとディオンも苦い顔をした。
「どうしたのですか?」
「いえ、学園舞踏会は多くの貴族の御子息や関係者が集まる場。それに乗じてテロを試みる者もいるやもしれませんので学園に警備の役割を担う方々がいるのですが人手が足りていなくて……」
「警備なら警邏庁にでも要請したらいいんじゃありませんか?」
グレンが提案するもマリアンヌは首を横に振った。
「警邏庁は現在、暗殺の天使の捜査やらその他の仕事にかかりきりでそのような余裕はないと丁重に断られましたの。ですからこちらの方から動かせるだけの騎士を動かしはしたのですが……」
――それでも数が足りないというわけか。
グレイシアは独白した。
ここで警邏庁を無理矢理動かしては理由が理由なだけに警邏権の侵害だと非難されてしまう可能性もある。
貴族と繋がりのある信頼出来る冒険者を雇うことも出来ようがそれでは貴族に借りを作るということになってしまうためそれも出来ない。
かと言って生徒から志願者を募るというもの酷な話だろう。
つまり八方塞がりである。
マリアンヌとディオンが悩ましげな表情を浮かべる中、グレイシアはとある申し出をした。
「なら、そこは俺が何とかしましょう。借りを作る相手が信頼出来る者なら問題ないでしょう?」
要するにバレなきゃ犯罪じゃない。双方が借りだと考えなければ借りにならないというわけだ。
「確かにお前なら前国王と繋がりもあり信頼は出来るが……大丈夫なのか?結構な数の人員が必要だぞ。まさかあの5人のことを言っているのではないだろうな?」
ディオンは不安げに尋ねる。あの5人とはシド、ライオネル、アーロン、シルヴァーナ、リサのことだ。
しかし、グレイシアはそれでも表情を崩さない。
「大丈夫だ。問題ない」
グレイシアが改めて自信を持って言うとディオンはしばしの間の後、首を縦に振った。
「分かった。頼んだ」
「お願いします」
マリアンヌとディオンが頭を下げるのに遠慮する振る舞いをしながらもグレイシアは上がりそうになる口角を必死に堪えていた。




