第40話 休日の始まり
「はあ〜緊張するな〜……」
廊下を歩くグレンが憂鬱げに言った。
今日は試験結果の発表日。つまり今日、居残り講習を受けるか否か判明するわけだ。
ちなみに居残り講習が決定すると1ヶ月の間、放課後と休日に補習を受けるハメになる。
そうなればグレイシアの手伝いに師匠が出るため、当然避けなければならない。
「あ゛あ゛あ゛〜……欠点取ってたらどうしよう……」
「グレンうるさいぞー」
「グレンくんそんなに心配しないで。ちゃんと勉強してたしピコー様も大丈夫だって言ってたし」
勉強の甲斐あってかグレンとジョナサンは及第点の学力を手に入れ、グレイシアも大丈夫だと太鼓判を押した。しかし……
「でも確実な保証なんてないし思い返せば思い返すほどあの問題解けてなかったな〜って気がしてくるんです……」
「どれだけ心配性なんだ」
後ろから呆れるような声がかけられる。
振り返るとそこにはマリアンヌとディオンがおり、会話を聞かれていたようだ。
「今更タラタラ言っていても仕方がないだろう。結果は自ずと分かるんだからな」
ディオンの歯に衣着せぬ物言いにグレンは押し黙ってしまう。
「ディオンの言う通りだ。さっさっと見に行くぞ」
そう言うとグレイシアはグレンの背中を押し、無理矢理得点が貼られている場所へ連れていく。
そして、5人で結果を確認する。
「……!あった〜……!」
試験結果を確認したグレンが思わずへこたれる。
グレンの試験結果は欠点を優に超えており、不安は杞憂で済んだようだ。
「僕が言うのもなんだけどグレンくん心配し過ぎなんだよ。僕よりも点数上じゃん」
「ああ……そうだな」
尻を着いたグレンがジョナサンに差し出された手を取ると立ち上がった。
「おい……マジかよ……」
「全部満点って……」
周囲が騒つき、結果表に向けられていた視線が別方向へ向けられる。
「ピコー……お前……」
「だから言ったろ?大丈夫だって」
ディオンの驚きへその視線を一身に受けている張本人、グレイシアが涼しい顔で返した。
グレイシアの得点は歴史、法律、地理、魔術等と全ての科目で満点を取っており、無論学年一位の成績だった。
「全科目満点なんて私はおろか他の者が取ったとも聞いたことがない。何科目あると思っているんだ……」
グレイシアに大きな点差を付けられながらも学年2位の成績を取ったディオンが信じられないといった目で見てくる。
「ヤマがたまたま当たっただけだ。全員点は確認したな?なら休日の予定を決めに行こうか」
グレイシアはそう言うともう用はないとばかりにその場から立ち去っていった。
………………………………………
休日、マリアンヌとディオンは待ち合わせ場所に向かっていた。
場所は通称花の広場にあるフランソワ王国聖騎士団十三代目団長ゴドフロワ・ド・ブローニュの銅像前。
「楽しみね。マリアンヌ」
マリアンヌが隣に歩くディオンに微笑む。
今日のマリアンヌはいつものシニヨンヘアではなく、三つ編みのツインテールに帽子を被り、眼鏡姿というお忍びスタイルであった。
「ええ、そうですね」
ディオンも王女の護衛ということで多少顔が知れ渡っているため、マリアンヌほどではないにせよ変装をしている。
本当はマリアンヌも名一杯お洒落をしたかっただろうが王女が出かけているなどとなると大騒ぎだ。目立つことは避けなくてはならない。
「ねえ、ディオン。1つ宜しい?」
「何でしょうマリアンヌ様?」
「ピコー様のこと……どう思ってるの?」
「……へっ?」
ディオンはあまりに唐突な質問に素っ頓狂な声を出してしまう。
「えっと……それはどういうことで?」
ディオンがそう訊き返すとマリアンヌはその反応に対し、不満そうに頰を膨らまして言った。
「だから、ピコー様のことが好きなのかって訊いているの!」
マリアンヌのはっきりとした物言いにディオンは顔を真っ赤にし、わなわなと慌てる。
「なななな……何を言って……私は男ですよ!」
「それはあくまで社会的な立場としての話でしょう?実際には貴女は私と同じ女の子なんだから」
そう言われるとディオンはただでさえ赤かった顔を湯気が出そうなほど更に赤くなる。
「仮にそうだとしても!私にはボーモン家を継ぐという役目がございます!それを蔑ろには出来ませぬ」
女が嫁ぐということは男の家に入るということ。
そして仮にだが、ディオンがグレイシアと結婚してしまえばディオンはボーモン家の一員ではなくなる。
そうなってしまえばボーモン家は家を継ぐ者がいなくなり、他家から養子を取ることになってしまう。
そうすれば家は絶えないだろうが血筋は絶える。それは貴族にとっては最も恐るべき事態だ。
「なら、貴女とピコー様の子どもをボーモン家の当主に添えればいいじゃない。それなら家が絶えることも血が絶えることもないわ」
「なっ…………」
マリアンヌの言葉は間違っていない。
しかし、マリアンヌの提案はディオンの脳内の狭容量を超え、ショートしてしまう。
そして、惚けた頭でディオンは思い浮かべていた。グレイシアとの結婚生活を……
「いやいやいやいやいや!」
ディオンは頭をブンブンと振りそのイメージを振り捨てようとする。
「待って下さい!そもそも私はあの男を好きなどとは……」
「あっ、ピコー様!」
マリアンヌは遠くの方に目を遣ると手を大きく振る。
ディオンはその方向を脊髄反射かと見紛う速さで顔を向けるとそこには確かにグレイシア改めてピコーがいた。
すると向こうも2人に気づき、こちらに歩み寄ってくる。
何故かそれに合わせて後ろに後退していくディオンをマリアンヌはその細い腕からは想像が付かないほどの力で背中を押し、前にやる。
「お待たせしましたピコー様」
「いえいえ大丈夫ですよ。それよりもこちらこそこの者達の同行を許してくださり誠にありがとうございます」
グレイシアがそう言うと後ろに控える8人が頭を下げる。
今回来たのは学校に通うグレン、ジョナサンだけでなく、残りの遊撃部隊メンバーにエデまで着いてきていた。
この日を逃せばずっと仕事漬けになると危惧したグレイシアが残りのメンバーにも羽を伸ばさせるため、マリアンヌに頼み込み、同行を許してもらったのだ。
その過程でグレイシア達が出掛けることを知ったエデも同行を志願してきたため、このような大所帯になっている。
そして、グレイシアは一人一人に簡単な挨拶と自己紹介をさせる。
「はじめましてマリアンヌ王女殿下、ディオン様。私はエデ。エドモン・ド・ピコーの許婚でございます」
「許婚……」
つまりは妻。
その単語を聞いたディオンは再度、頰を朱に染めた。
「ディオン、顔が赤いがどうした?風邪か?」
ディオンの変化に気付いたグレイシアがこちらに歩み寄ろうとしてくる。
「す、少し暑いだけで大丈夫だぞ!」
「?……ならいいが」
グレイシアは怪訝そうに首を傾げると退がった。
「では、皆様そろそろ行きましょうか」
マリアンヌの言葉に一同は頷くと歩き始めた。
これから大波乱の1日になるとは考えもせずに。




