第38話 任務後
「ふむ……これが例の魔薬か……」
玉の間にてグレイシアから手渡された瓶を見つめた劉陽が目を細めて呟いた。
「それはそうと、青薔薇の騎士団とヴァルキュリー騎士団というイレギュラーが介入したにも関わらずよく任務を成功させてくれたねグレイシア君。セタンタ君」
「想定外の事態にも対応してこその彼岸の死神です」
「グレイシアくんがほとんどやってくれたので……」
悠然たる態度で言ったグレイシアとは対照的にセタンタは何もしていないのではという後ろめたさから目を逸らしていた。
「今回は機会に恵まれなかっただけだセタンタ君。次、頑張ってくれればよい」
そんなセタンタに劉陽が励ましの言葉をかける。
「はい!」
「グレイシアくんはフランソワでの任務もあって大変だろうが、この調子で両立を頼んだぞ」
「畏まりました」
2人は最後に頭を下げると部屋を出た。
「ねえ、魔薬の解析ってどれくらいかかるものなの?」
「早ければ1ヶ月、遅ければ半年くらいだ。気長に待つしかないな」
グレイシアの言葉にセタンタは驚いた様子を見せた。
「へえ〜……ちなみにそれって医療部隊が担当するんだよね?グレイシアくんも解析に携わるの?」
「いや、俺は既に手持ちの仕事で手一杯だ。それは隊員達に任せておく」
「そっか。ちなみに仕事って?」
「向こうでの仕事だ」
言外に「話す気はない」とぼかされるとセタンタは不満そうに頰を膨らませた。
エドモン・ド・ピコーの正体が彼岸の死神だと明かすわけにはいかないのだ。
「ケチ」
「ケチじゃない。そういうわけで俺はそろそろ行くぞ」
そう言うとグレイシアはその場から逃げるように立ち去ろうとする。
「えっ!?もう行くの?」
「ああ、夜が明ける前には帰っておきたい。あまり人目につきたくないしな」
「そっか……それじゃ、任務頑張って!あと、今度帰ってきたらアンちゃんに会ってあげてね」
「ああ、留意しておこう。それじゃあな」
そう言うとグレイシアその場を去ろうとするも一瞬立ち止まり、セタンタの方を向いた。
「あと、さっき戦ってくれてありがとうな。気が晴れた」
グレイシアは手を振ると7人が待機している遊撃部隊の部屋に向かった。
………………………………………
夜明け前にフランソワ王国に着いたグレイシア達は既に待機していたお馴染みベルトゥッチオが御者を務める馬車に乗り込み、屋敷へ帰った。
相も変わらず長い庭路を歩き、扉を開けるとドタバタという廊下を走る音とともにエデが現れ、階段を駆け下りてくるとグレイシアに飛びついてきた。
「お帰りなさいませ伯爵様!」
「ただいま、エデ」
グレイシアは腰に手を回し、顔を埋めてくるエデの背中に手を回した。
「もしかすると起こしてしまったか?」
申し訳なさげに言うグレイシアにエデは首を横に振った。
「いえ、たまたま起きていましたの。夢を見てました」
「夢?」
「はい、伯爵様に初めて出会った時の夢でございます」
その言葉に7人が興味深げに耳を傾けた。
「そんな夢を見ていたのか……君と出会ってからまだ2年も経っていなかったと思うがもう随分と昔のことのように感じるな」
グレイシアは感慨深げに言うと7人は驚いた様子を見せた。
「え!?2人の出会いってそんなに最近だったんですか?」
「そうだぞ。俺がエデと会ったのはここで爵位を得る少し前のことだからな」
アリスの問いかけにグレイシアは頭を撫でながら言った。
「伯爵様、本日はどのような予定なのですか?」
「今日は俺が支援者をしている芸術家達にモレルさんとの打ち合わせとルートヴィヒ殿下との会食があるがどうした?」
休日にも関わらずぎっちりと詰まったグレイシアのスケジュールを聞いたエデは上目遣いで見上げてくるとこう言った。
「グレイシア様、今日はそれらの予定に私も着いていって構いませんか?」
「構わないがどうしてだ?」
「今日は……一緒にいたいのです」
真っ直ぐ目を目を見つめ、切実にそれを願ってくるエデにグレイシアは笑うと「分かった」と呟いた。
「そ、それなら……私も着いていきますっ!」
そこへアリスが何故かエデに対抗するように言ってきた。
「まあ、エデにも付き人が必要だろうしな」
そう言うとアリスはうんうんと何回も頷いた。
その様子をエデは微笑ましげに見ていた。
………………………………………
レイは暫しの間、仮眠を取った後、エデ、アリス、そしてグレンとジョナサンを引き連れ仕事に向かった。
その際、アーロンが「オレも美女と一緒に仕事がしたい!」と駄々をこねていたのだがそれに対し、シルヴァーナが黒い笑みを浮かべていたのは見なかったことにした。
まず初めに会いに行ったのはグレイシアが支援している画家である青年。
当初は売れてなかった彼だがその絵を一目見て気に入ったグレイシアが支援者に名乗りを上げて以降は良い画商に恵まれて、瞬く間に売れっ子になった。
出会うのは久しぶりだったが彼は「自分が売れたのはピコーさんが支援者になってくれたおかげ」と恩を感じており、快く迎え入れてくれた。
最近の調子は良く、今も新しい作品を幾つか描いている最中だという。
ちなみにグレイシアが話し込んでいる最中、着いてきた4人はずっと彼の工房に置いてある絵に魅入っていた。
そして、次はモレルのところへ向かった。
グレイシアが実質的なオーナーとなっているモレルの商会は定期的に新商品を作っているのだが、今回はそれについての商談だった。
新商品の内容は戦争で使われる魔道具に決まった。
理由としては現在、シオン王国の植民地政策に異を唱える国が増えており、その中には同盟国であるこのフランソワ王国も入っている。
つまり、戦争はいつ起こってもおかしくないこの情勢では武器などの需要は高い。
それを踏まえた上でグレイシアは今の戦場で求められているものは何かということを考えながら新商品の立案を話し合った。
その後、新商品のコンセプトがひと段落するとグレイシアは一旦屋敷へ戻り、身なりを整えるとルートヴィヒとの会食へ向かった。
ちなみにこの会食には誰も着いて来させなかったため、ルートヴィヒと2人きりの食事になった。
「そうかそうか。ディオン君とも仲良くなったのか」
内容はグレイシアの学校生活についてだった。
任務が問題なく遂行出来そうだということを伝えるとルートヴィヒは満足そうに頷いた。
「一目見て女だと気付いた時は少々驚きましたが……」
「ほお、もうそこまで知っているとは流石、彼岸の死神であるな」
感心したようにルートヴィヒは言うと手に持っていたナイフとフォークを置き、俯いた。
「あの子には申し訳ないことをした。女性でありながら我が孫娘の騎士という役割を負わせてしまった。その中には女性同士なら万が一間違いがあったとしても問題ないという思惑もあった」
ルートヴィヒは懺悔の言葉を1人述べ始める。
「彼女だって女性としての未練はあるだろうに……だからせめて、君にはその秘密を知る友人として仲良くしてあげて欲しい」
ルートヴィヒはグレイシアの目を見て言ってきた。
「承知しました」
グレイシアがそう言うとルートヴィヒは感謝の笑みを浮かべた。
「話は変わりますが……暗殺の天使の狙いが私にはとてとマリアンヌ様1人とは考えられませぬ。念のため、貴方様や国王陛下にも可能ならば革命軍から護衛を付けた方が宜しいかと思うのですが」
グレイシアは前々から考えていたことをルートヴィヒに打ち明けた。
確かに王女は王族の一人であろうが重要度は低い。王位を継ぐことが出来ないからだ。
それに比べ、重要度が高いのは現国王であるルートヴィヒ15世。次点で王位継承権を持つ弟のフィリップ4世とルートヴィヒの父である英雄シャルルマルテルの孫シャルルマーニュだ。
恐らく連中の本命は彼らだ。
その彼らにこそ護衛を強化するべきだとグレイシアは考えていた。
しかし、その考えにルートヴィヒは首を横に振った。
「私もそうしたいのは山々だが、それを宮廷内の貴族が許すはずがない。彼らにもメンツがある上、王族を賊の手から守ったとあれば最大の栄誉。それをどこの馬の骨とも知らない他人にわたすわけにはいかないという考えが彼らにはある」
グレイシアは「また貴族のくだらないプライドか」と溜息を吐きそうになるも我慢する。
フランソワ王国は貴族による内政干渉が激しく、国王であろうも彼らに言うこと完全に無視することは出来ない。
貴族はメンツが大切なのは重々理解しているが今は仲間内で競っている場合ではない。
協力し、最善を尽くすべきなのにそれが出来ない故に守るべきはずのものを守れなくては本末転倒だ。
――これが災いしなければいいが……
グレイシアはそうならないことを願うと「畏まりました」と言った。




