第37話 亡国の王女
私はアルカディア帝国の王女だった。
名前はエデ・ソフィア・ミュケナーイ=オリンポス。
主神ゼアスの息子である英雄ペルセウスを王祖とするアルカディア随一の血筋を持つミュケナーイ王家の生まれであり、大国シオン王国と繋がりを持つ、唯一の都市国家オリンポスを治めていた。
優しいお父様とお母様といつも一緒で毎日が楽しかった。
しかし、そんな日々は唐突に終わりを告げた。
フランソワ人士官マチュー・モンデゴとその一派によってクーデターを起こされ、お父様とお母様は殺された。
そして、私も殺されようとしていた。
しかし、そこへあの人が現れた。
黒いマントを羽織り、大きな鎌を持ち、動物の骸骨の仮面を被ったあの人が私を殺そうといた兵士を倒し、その場から連れ去ってくれた。
最初は怖かった。
あの人の出立を一言で現すとすれば死神だった。
だから「この人も私を殺すのではないか?」とその腕に抱かれながら不安で震えていた。
その後、あの人は窓から宿屋というものに入っていった。
そして、そこであの人は私を降ろすと髑髏の仮面を外した。
その瞬間、最初に抱いたイメージが一変した。
仮面の下の顔は言ってしまえば汚らしい格好から想像も付かないほど綺麗だった。
そしてあの人は言った。
「お怪我はありませんか?」
――と。
私は惚けた頭でゆっくり頷いた。
怖かったのではない。見惚れてしまっていたのだ。
その返事を聞くとあの人は手に持ってきた大きな鎌をまるで手品のように消して言った。
「私は彼岸の死神と呼ばれている者です。国王陛下より依頼を受けて貴女を助けさせて頂きました」
「お父様……からの……?」
「ええ、アリ国王陛下はモンデゴ大佐の謀反に気付いていられました。しかし、それを止めるだけの力は彼にはなかった。故に貴女だけは逃すようにと私に言われたのです」
「何故、お父様とお母様は自らは逃げようとなされなかったのですか……」
「自分が生きていては内乱が巻き起こり、多くの民が犠牲になる。そして、私が貴女を連れ去る時間を稼ぐために」
それを聞いて私は泣き崩れた。
悲しみと憎しみ、自分への不甲斐なさがぐちゃぐちゃに混じった感情を吐き捨てた。
あの人は黙って頭を撫でてくれた。
私はその胸に顔を擦り付け、涙が枯れるまで泣いた。
そして、私は泣き疲れて寝てしまった。
翌日の朝、号外が都市国家中に撒かれた。
内容は謀反によってアリ王とその王妃、そして私が殺され、腹心であったマチューが王位を継ぐという美辞麗句が書かれた内容だった。
それを見た瞬間、私は怒りに震えた。
お父様とお母様を死に追いやった奴がのうのうと生き、その意思を継ごうとする英雄になろうとしていることが。
そんな私にあの人は「恐らく奴は貴女を血眼になって探している。見つかる前にここから脱出する」と。
しかし、私は彼に言った。
「マチュー・モンデゴを殺して下さい」
しかし、彼はこう言い放った。
「そのような内容は依頼には含まれていない。俺に言い渡された依頼は貴女を助け、安全な場所で生きてもらうことだ」
突き放された私は涙目であの人を睨んだ。
今にして思えばとても愚かしい行動だった思う。
そして、あの人はそんな私にこうも言った。
「それにそんなことをしてはこの国は瓦解する。そのために彼は死んだのだ。彼の死を踏みにじらせるわけにはいかない」
私はその言葉を聞き、拳をギュッと握り締めた。
あの人の言ったことは尤もだった。
ここで奴を殺してしまえばお父様の死が無駄になってしまう。
それは痛いほど分かっていた。
しかし、それでも……
「あの男を殺して下さい……!」
私の意志は変わらなかった。
私の目を見たあの人は少し驚いた様子を見せたが首を横に振った。
「貴女の気持ちは分かった。しかし、俺にメリットがない。悪いが報酬なしでは暗殺者は動かないんだ」
「報酬ならあります」
私は即答した。
その答えが返ってくるとは予想出来なかったのか今度は分かりやすく驚いてみせた。
「報酬は私です」
「……正気か?」
「正気です。慰み物にするなり奴隷として売るなり好きにして頂いて構いません。だから、どうか宜しくお願いします」
私は頭を下げた。王族の誇りなんてものなどはどうでもよかった。
お父様のお母様の仇を討ってもらえるか。
それがなによりも大切だった。
あの人はそんな私の姿をしばらくの間、黙ってみていたが、やがてため息を吐くとこう言った。
「俺の負けです。その依頼引き受けましょう」
あの人は諦めたように笑った。
そして、私の手を取りキスをした。
「アルカディア帝国オリンポス王女エデ・ソフィア・ミュケナーイ=オリンポス。これより貴女は私の物だ」
そう言うとあの人は昨夜と同じ死神の姿となると宿屋の窓から飛び去っていった。
その後、マチューだけでなく、クーデターに関わった将校全員が殺され、オリンポスは同盟国であったはずのシオン王国に組み込まれ、植民地にされたことでその歴史を終えた。
………………………………………
私は目を覚ました。
まだ外は暗いがもうすぐ日が昇るだろうし、二度寝をする気にはなれなかった。
夢を見た。
あの人に出会った頃の夢だ。
私は復讐を成してもらった後、あの人の物になり、旅を共にした。しかし、慣れない旅に私は次第に衰弱していった。
そんな私を見かねたあの人は気がつくとあの男の母国であるフランソワ王国にこの大きな屋敷を買い、伯爵の位を持つ貴族になっていた。
そして、あの人はエドモン・ド・ピコーと名乗るようになった。
要するにエドモン・ド・ピコーという名は私を守るだけの称号なのだ。
あの人にも成し遂げないとならない事があるのは感じていた。
私はあの人の重荷になっているのではないかと不安に思うことがある。
あの人は「君が幸せにしてくれれば私もお父様も嬉しい」と言ってくれるが、私はあの人の役に立ちたいのだ。
大好きなあの人の。
そこへ玄関の扉が開く音が聞こえた。
――昨夜、新しく来た使用人さん達と仕事に行ったあの人に違いない!
そう分かるといても立ってもいられずベットをとび起きると玄関へ走っていった。
長い廊下走り抜け、階段を降りた先に彼はいた。
そして、私は彼に飛び付きこう言った。
「お帰りなさいませ伯爵様!」
彼は私を抱きとめると優しいの声で答えてくれた。
「ただいま、エデ」




