第33話 楽しい時間
シオン王国には国政を担う十二の省が存在し、それぞれに総帥と呼ばれる長が存在する。
法律を司る司法省。魔法の技術の振興を司る魔導省。外交を司る外務省。内政を司る内務省。教育と科学技術の振興を司る文部省。国の財政を司る財務省。儀礼と宗教を司る神務省。経済を司る経済省。陸軍を統帥する陸軍省。海軍を統帥する海軍省。空軍を統帥する空軍省。国王の国事を補佐する宮廷省。
そして、首都キャメロットにて、それら12人の総帥達が集まる円卓会議が行われていた。
「目下の問題は最近、多発的に起こっている貴族への襲撃事件で、これにより領地内での暴動などが起こり、その鎮圧に手を回さねばならないため、陸軍省にはしばらくの間そちらに専念して頂きたいです」
会議を進行するのは十二の省を統括し、国王の補佐も務める王国府の宮宰ピペン・チャールズ。王家の血を継ぐ公爵家の出で未だ幼少の国王に代わりに摂政の立場にある事実上の最高権力者である。
かつては智によって国を繁栄させようと考える穏健派であったが、前国王が死去した2年ほど前から人が変わったように急進派に転向すると植民地政策に乗り出し始めたのだ。
そのせいか多忙による目の隈が特徴的で以前は異なる陰鬱な雰囲気を纏うようになった。
そんな人物に提言されては陸軍省として従うほかなく陸軍総帥であるロット・モノフタルモスは頷いた。
そも、ロットは軍派閥でありながら植民地政策には否定的な立場だったため、この申し出は願ったり叶ったりだった。
「そして、この原因となっているのは彼岸の死神です」
その言葉に一同が顔を強張らせた。それほどまでにグレイシアの存在はシオン王国上層部にとって驚異的なのだ。
「しかもその活動範囲はこの一月で格段に広まっている。私はこの裏に奴をバックアップする何者かの存在があると踏んでいます」
「つまり、それは内通している貴族ということか?」
「いえ、モノフタルモス公。確かに繋がりのある貴族がいるとは思われますがもっと力のある組織があるではありませんか。ヒッヒッヒッ……」
不気味に笑った瞳の見えない丸メガネにボサボサの銀髪を無造作に纏めた男は魔導総帥ヴィクター・フランシス。王立魔法研究所の所長を兼任している魔法師で爵位を持たないがその類稀なる魔法の才能により、大出世を果たした天才である。
しかし、その雰囲気と素性が分からないことから不気味がられ、更にチャールズとも懇意にしていることから急進派と見做されており、穏健派からは危険視されている。
「どういうことだ?……まさか!」
「ええ、モノフタルモス公が思われている通り、彼岸の死神は恐らく革命軍と手を組んだのでしょう」
その発言に総帥達はどよめいた。
彼岸の死神は協力者こそいれど単独行動を好む傾向にあり、今まで特定の相手と行動を共にすることがなく、シオン王国はそれに助けられている面があった。
しかし、ただでさえ厄介な彼岸の死神が同じく脅威である革命軍と結託すればその危険度は以前の比ではない。
総帥達の脳裏に滅亡の2文字が浮かぶ。
「ですが、あの彼岸の死神が手を組まざるを得なくなったということはそれだけ奴も危機感を持ち始めたということでしょう。物は考えようです」
チャールズが落ち着かせるように言うと一同は落ち着いていった。
「だが、楽観視しているだけじゃ何も変わらないんじゃないか?」
そう不機嫌そうな声で言ったのは髭が似合い、若々しいながらも渋さを感じさせる壮年の男クリストファー・ピーリー海軍総帥である。
急進派に属し、植民地政策に一役買っている人物であるがその植民地に対する苛烈さや敗戦国から徹底的に金品を巻き上げ、奴隷として売買するという暴虐性から略奪者の異名を持つ。
彼の不機嫌の理由はシオン王国が植民地政策を一時中断すれば自分の儲けが減ってしまうという不満から来ていた。
「ええ、ありますよ。……外務総帥」
「はい、我が外務省の管轄下にある諜報局が革命軍にスパイを忍び込ませています。詳しいことは申し上げられませんがその人物によると彼岸の死神が所属する遊撃部隊がジャーマン帝国に向かう船を強襲しようとしているという情報が送られてきました」
「何!?」
クリストファーは立ち上がり、机を叩いた。
「ピーリー侯。仮にもここは国王陛下の御前、そのような態度は好ましくありませんよ?」
「――っ……すまない。だが、あの貿易船には"あれ"が積まれている!連中にバレては拙い!」
クリストファーの焦りは自分が統括している貿易による儲けが減るという心配とは別の面から滲んでいるものだった。
「ええ、ですから我々も騎士達を派遣します。モノフタルモス公、お願いできますか?目的は船の防衛。しかし、不可能であれば"あれ"を持ち帰るだけで構いません」
「分かりました」
チャールズとロットは別派閥ということで仲が良いわけではないがお互いに公の場で私情は挟まない性格のため、衝突は起こらなかった。
「おい、貿易は俺の領分だ。他の省に介入されるのは趣味じゃないんだが?」
しかし、クリストファーは不満そうだった。先述の植民地政策中断のこともあってか気が立っているのかもしれない。
「だからと言って、海軍部隊に陸での戦いを強いるのですか?」
「!」
「浪費は貴方の最も嫌いとすることではなかったのではないですか?」
チャールズは言外に「海軍兵を見殺しにする気か?」と言ったのだ。
別段仲間思いなわけではないが、それでも海軍兵達は自分の手足であり、道具であるということは分かっている。
そして、それを無闇矢鱈と失うのはクリストファーにとって我慢ならないことでもあった。
「……分かったよ。ここはあんたら陸軍省に任せる。口突っ込んで悪かったな」
冷静になったクリストファーはロットの方を向くと謝罪を口にした。
「いや、構わない」
ロットもそのことを追及しようとはしなかった。
「そなことに関してだが、一つ質問がある。"あれ"とは何だ?それが分からなければもしもの場合持ち帰ることが出来ないのだが」
その質問にチャールズがどう答えるべきか悩んでいたがフランシスが代弁する形で口を開いた。
「なあに……魔薬ですよ。ジャーマン帝国と共同開発した新しい……ね。ヒッヒッヒッ……」
………………………………………
グレイシアの一週間の学校生活はあっという間に過ぎ、気付けばもう金曜日であった。
グレイシアにとって毎日はまるで辺獄にいるような時間が停滞したような日々だった。
しかし、革命軍に入団してからというものの時間の流れが早くなった気がする。特にこの学校生活が始まってからはそれが顕著な気がする。
「ピコー、どうした?」
そこへディオンが顔を覗き込んでくる。
正体を知ってからというもののグレイシアはディオンと話す機会が多くなった。最近は中庭での訓練が日課になりつつある気がする。
「いや、少し考え事をしていてな」
「考え事?」
「ああ、最近時間の流れが早いような気がしてな。もう年なのだろうか?」
グレイシアがふざけているとも真面目に答えているとも取れる顔で言うとグレンが声を出して笑った。
「ピコー様……流石にそれはないっすよ。まだ若いのにそんなおばあちゃんみたいなこと言わないで下さ……ムフフフフ……」
ちなみにグレイシアという名前が判明した後も2人は外では「ピコー様」と呼ぶようにしていた。
「それはきっとこの時間が楽しいからですよ」
マリアンヌが微笑みながらグレイシアに答えた。
「楽しい……俺が?」
「ええ、楽しい時間はあっという間に過ぎてゆくものです。何がに夢中になるといつの間にか時間が過ぎている……なんてこと子どもの時にござきませんでした?」
グレイシアはこの一週間のことを思い返した。楽しいかどうかは分からないが間違えなく新鮮で充実した日々であったことは確かだと思う。
これまでのグレイシアの日々は殺しと寝食を繰り返すという色に欠けたものだった。
そう考えるとこの日々は楽しいと……
「……言えるかもしれないな」
グレイシアは呟いた。
「今までの日々は楽しくはなかったのか?」
ディオンが顔を近づけてきて尋ねる。改めて見ると綺麗な顔をしていると思う。
今までも整った顔立ちだとは思ってはいたが女性と認識したからだろうか?
それをより身近に感じるようになった気がする。
そんな思考を抑えつけるとグレイシアは質問に答える。
「楽しいか、楽しくないかで言えば楽しくなかったのかもしれないな。正確にはそれが当たり前の日々だったから何も感じていなかったと言えるかもしれない」
グレンとジョナサンはその横顔を黙って見ていた。
グレイシアがどんな日々を送っていたかは想像に難くない。
全てを王国滅亡に投げ打った生活。
その過程でグレイシアは元々持っていたのであろう人間性を失ったのではないだろうか?
表情の変化がないわけではないがそれらがどうも相手に意図を伝え易くするために作られた空虚なものだということにも最近思えてきたのだ。
グレンやジョナサンは自分達がグレイシアの本物の表情を数えるくらいにしか見たことがないような気がした。
「なら、この学校生活くらいは楽しんだらどうだ?」
ディオンが足を止めた。
それにつられてグレイシアも足を止めるとディオンはその両手をギュッと握り締めた。
「お前がどんな日々を送ってきたのかは私には分からない。だが、きっと辛いものであったということは分かる。なら、私はお前に楽しく生きていて欲しい。学校で過ごしている時くらいは何もかも忘れて楽しんでもいいんじゃないか?勿論、護衛のこと忘れてはならないが、お前にはこの日々を大切して欲しい」
グレイシアは最初、手を握られたことに僅かだが驚いている様子だっだが、ディオンの言葉を聞くと静かに笑みを浮かべた。
それはグレイシアの本物の
笑みだった。
「ああ、ありがとう」
グレイシアが礼を言うとディオンは頰を朱に染め、更に自分が手を握っているということにも気付くと顔をより一層赤くした。
「あわわわわ……すまない!」
そんなディオンの様子を4人は楽しげに笑った。
………………………………………
グレイシア達は屋敷に帰ると早めの食事を摂り、床に就いた。
『学校で過ごしている時くらいは何もかも忘れて楽しんでもいいんじゃないか?』
グレイシアの頭からディオンの言葉が脳裏に貼り付いて離れない。
その通りだとグレイシアは思った。
学校に行ったことがなかったわけではなかったが決して長い期間ではなく、途中で辞めることになってしまった。
なら、その残りをこの学校で過ごしてもいいんじゃなかろうか?
きっと僅かな期間ではあるだろうがこの学校生活はきっと忘れられないものなるだろう。
グレイシアはそう思った。
そして――目を覚ます。
まだ、空は暗いがちょうどいい時間だ。
グレイシアは起きると慣れた手つきで着替えを始めた。
着替え終わったグレイシアが扉を開けるとそこには同じく着替え終えた黒いローブ姿の7人がいた。背には革命軍の紋章である鳩とオリーブの描かれている。
「行こうか」
グレイシアの言葉に一同は頷くと屋敷を出るための扉へ向かう。
ここからは死神の時間だ。
グレイシア達は馬車に乗り込むと既に革命軍の波濤する神々の飛行船が待機しているであろう空港へ向かった。
―楽しい時間を過ごすのは、任務が終わったあとだ。
グレイシアは名残惜しそうにカーテンの隙間から外の景色を眺めていた。




