第31話 騎士の秘密
グレイシアの使った魔術に観客席に座る生徒達がどよめく。
「氷結系魔術!?」
「あれって……」
「そんな馬鹿な!?」
半ば異能力のような扱いを受ける魔術の使用に一同は度肝を抜かれた。
氷結系魔術。物体を凍らせたり、氷を生み出し、操ることの出来る魔術だ。
圧力系魔術と水簾系魔術が合わさった術式で使用するには両系統の魔術を熟知している必要があるなど使うためのハードルが高いため、開発から100年以上経つ今でも使用者は開発者であるレイ1世のみ――そう思われていた。
だが――
「――押し潰せ!氷山波!」
グレイシアが詠唱と同時に地面をトンと踏むと魔法陣が現れ、そこから氷山が波の如く押し寄せてくる。
「くっ……!」
ディオンは硬直を解くと敢えて氷山波に向かってゆく。この規模の攻撃を受けては風体結界を纏っていようとも押し潰されると判断したのだ。
「花麗刺突!」
ディオンは迫りくる氷山波へ渾身の刺突を繰り出す。
レイピアは氷山に亀裂を入れるも破壊するには至らずディオンはジリジリと押されていく。
「うおおおおおおおおおおお!!」
だが、ディオンは諦めない。右腕に魔素をこめ、筋力を上げると力強く突きを押し込む。
すると、亀裂がピキピキと広がってゆき、氷山が粉砕された。
――やった。
そう思った刹那、崩れゆく氷山からグレイシアが飛び出してくるとともに斬撃を繰り出す。
ダラリと下がった右腕から左手にレイピアを持ち替えると斬撃を受け止めるがその瞬間、吹雪がディオンを吹き飛ばした。
「あの斬撃……吹雪を巻き起こすことが出来るのか!」
ディオンは空中で体勢を立て直し、着地するとその頭上に千を超える氷の針が自分の方を向いていることに気がつく。
「――氷針」
氷の針が雨の如くディオンに降り注ぐ。
ディオンは風体結界を展開し、防ごうするが大量の針は渦巻く風の僅か隙間を塗って体に突き刺さる。
「ディオン!」
マリアンヌが叫ぶもその声がディオンに聞こえることはない。
――風体結界で防ぎきれない攻撃があるとは……
ディオンは悔しさに顔を歪ませるとグレイシアに向かって駆け出した。
――防げないのなら出させなければいい!
グレイシアに近づくことで氷針を繰り出さすまいとディオンは肉薄する。
そして、風体結界を解除すると同時にレイピアに風を纏わせ、突きを繰り出す。
グレイシアはその突きを難なく刀で弾く。
――次の攻撃が来る!
ディオンは攻撃を防ぐため、レイピアを引っ込めようとするもその時、あること気付き、目を見開いた。
なんと先程までグレイシアの手に握られていた刀がそこにないのだ。
しかし、グレイシアはまるで刀を持っているかのように腕を振るった。
次の瞬間、ディオンは頭に強い打撃を感じた。
――何故……?
そう思うよりも視界が急速に狭まっていく。
そして、ディオンが完全に意識を失う最後に見たのは確かに刀を握ったグレイシアだった。
………………………………………
目の前の騎士が頭に刀の打撃を喰らいバタリと倒れる。
不殺を付呪していなければ頭がかち割れていただろう。
グレイシアが刀を鞘に収めた瞬間、客席から歓声がドッと沸いた。
「すげぇ!あのディオンを無傷で倒したぞ!」
「ピコー伯爵って一体何者なんだよ!」
学校有数の実力者であるディオンが一方的に倒されたと興奮冷めやまぬ中、冷静な2人がいた。
「一瞬、危ないかと思ったが……杞憂だったな」
グレンは腕を組むとホッとした様子を見せる。
「さすがグレイシア様だね」
そう言い終わってからジョナサンはグレイシアの名を出してしまったことに気付きハッとするもマリアンヌはディオンが負けたショックで聞いていなかった。
「ディオンが……負けた?」
ディオンの実力は学園内でも群を抜いている。それはあのドビュッシーですら敵わないほどの。
しかし、ピコー伯爵はそれを倒した。傷一つ負うことなく。
彼が何者なのだろうという疑問がますます湧いてくる。
しかし、そんなことよりもまずはディオンの元へ行かなくては。
そう思い直し、トラックに目を向けるとそこに既にディオンどころかピコーの姿すらなかった。
「あの〜王女様……」
そこへグレンが気まずそうに声をかけてくる。
「ねえ、ディオンはどこに行ったの?」
ぎこちない、固まった動作でマリアンヌは首を向けた。
「?ディオンさんならピコー様が担いで行かれましたが……恐らくは保健室ではないでしょうか?」
それを聞いたマリアンヌは数秒間固まった後、顔を真っ青にした。
「急がないと!」
次の瞬間、マリアンヌは猛スピードで駆け出した。
「ちょ……マリアンヌ様!?」
「駄目ですよ!お1人で行かれては!」
マリアンヌの護衛を代理で仰せつかっている身としては放っておくわけにはいかない。
グレンとジョナサンは急いでマリアンヌの後を追う。
「早くしないとディオンの秘密が……」
客席を疾走するマリアンヌは人知れず呟いた。
………………………………………
「ん……」
ディオンの意識が覚醒する。
ゆっくり目を開けると白い天井が見えた。そして、鼻腔をアルコールの臭いが刺激し、体には柔らかな毛布がかけられている。
「起きたか」
どこからか先程まで戦っていたピコーの声が聞こえた。
ゆっくりベッドから体を起こすとそこは保健室だった。そして、目の前には養護教諭用の机に腰掛けるピコーがいた。
「お前は俺に負けた」
ピコーは今までの丁寧語と違い、ぶっきらぼうな口調で言い放った。その優美な見た目にはまったく似合わないがディオンには何故かこちらの方がしっくりくる感じがした。
「そうか……」
ディオンは敗北を受け入れる。
惜敗だったなら、何かしら言い訳をしたのかもしれないがあそこまで完膚なきまでに倒されるも何も言い返す気にはなれない。
しかし、悔しくないかと言われれば別だ。ディオンは唇を噛みしめ、俯く。
泣くなどというみっともないことはしないが情けない気持ちが湧き上がり、気分はまるで曇天のようだった。
「だから俺が直々に怪我の手当てもしてやったぞ。治癒系魔術は得意ではないがそれくらいは出来る」
そう言われてディオンは初めて頭に包帯が巻かれていることに気が付いた。頭に触れると少し痛みを感じる。
そう言えば頭を思いっきり叩かれたのだった。
「ついでにこれもだ」
そう言うとグレイシアは制服をディオンの膝に置いた。
「これは?」
「新しい制服だ。ボロボロの服で帰るわけにもいかないだろう?」
「ああ、感謝す……」
ここでディオンは固まった。そして、体にかかった毛布をどける。
「キャーーーーーーーー!」
次の瞬間、甲高い絶叫が保健室内に響き渡った。
「おま、私の……服を脱がせたのかっ!」
「当然だろう?そうしないと手当ては出来ない」
ディオンは顔を赤らめてキッとグレイシアを睨み付ける。自分を守るように肩を抱いた腕の下には男では持ち得ない2つの膨らみがあった。
「早く服を着ろ。淑女がいつまでも男の前で半裸でいるのではない」
「お前が脱がせたんだろう!あと、淑女ではない!」
ディオンは女だった。
しかし、この後に及んで当の本人はそれを認めようとはせず出なかったはずの涙を目に浮かべ始めた。
「そもそもお前が女だということは元より知っていた」
「……え?」
その科白にディオンはポカンとした。
「高めの声に小柄で華奢な体に加え、喉仏がないこと隠すために首元ほどの長さまであるインナー。こんな男装の麗人の典型的な格好をされて気付かないほど馬鹿ではない」
腹が立つほどの的確な指摘にディオンは反論する元気を失い、大人しく用意された制服を着替え出した。
「大体察しは付く。お前には妹こそいるが兄弟はいない。となると家督を継ぐのは長女であるお前だ。女性当主がいないわけではないが男尊女卑の考えは根強いからな。男としている方が体裁が良いという理由でそんな格好をしていたのだろう?」
「……そうだ」
もう隠しても無駄だと悟ったのかディオンはあっさり認めた。
「まあ、そんなことはどうでもいいがな。俺からお前に要求したいことは一つだ。今後は俺と協力しろ」
その言葉にディオンはポカンとした顔を浮かべた。
「お前は私を何とも思わないのか?女であるにも関わらず、騎士の真似事をしている私を。このことを脅しに使わないのか?」
ディオンの尋ねをレイは笑い飛ばすように言った。
「俺の任務はマリアンヌの護衛だ。それを成し遂げるなら、お前の協力する方が都合が良いに決まってるだろ。そして、俺はお前を女という理由で見下すつもりはないし、騎士の真似事なんて微塵も思っていない」
そして、その答えにディオンは固まったまま動かなくなった。
「嫉妬深く俺を排除しようとしたのは問題だが、貴様の俺と戦う姿はそこらの軟弱な騎士よりよっぽど騎士だった。そこに性別なんて関係ない。まったく俺の部下にも見習わせて……」
そこでグレイシアは気付いた。
こちらを見るディオンがポロポロと涙を流し、泣いていることを。
「お前は……私を騎士だと……認めてくれるのか?」
「……当たり前だ。お前の一挙一足は騎士のそれそのものだ。そこまで辿り着くに凄まじい努力を重ねてきたことも俺には分かる。俺が断言してやる。お前は騎士だと」
そう言うとグレイシアはハンカチを取り出し、ディオンに差し出した。
ディオンは今まで騎士として立派な振る舞いとしてきた。
そして、それは周囲の皆も認めるところだった。
しかし、自分が女性いうことが明らかになった時、それでも周りは自分を騎士と認めてくれるのか不安で仕方なかった。
女性だという理由で今までの努力を否定されないだろうか?
そもそも、私は本当に騎士なのだろうか?
そう思っていた。
しかし、目の前の青年は自分を認めてくれた。
ついさっきまで気に入らないと思っていた青年が。
ディオンはハンカチを受け取らずグレイシアの胸に顔を埋めると今までの不安を洗い流すように大きな声で泣いた。
グレイシアはその背中を何も言わず、黙ってさすり続けた。




