第27話-1 奇人伯爵①
――アリシア・カーター。
アリスの実の姉だ。
「それで私、この指輪が大好きでいつもねだる度『大人になったらあげるね』って言われていたんです」
アリスはかつてを懐かしむように穏やかな表情を浮かべた。
それだけで彼女にとって孤児院で過ごした日々が幸福に満ちたものであったということがよく分かった。
「でも、私が指輪貰う日は唐突に訪れました」
アリスは一変して暗い表情で言った。
「不思議なことに記憶はないのですがとても怖いことがあったことは覚えています。気がつくと孤児院はボロボロに壊れていて、みんなもシスターさん達も倒れていました」
その時の惨劇を思い出してしまったのかアリスが涙を滲ませる。
しかし、ここで遮るのは彼女の意思に反すると思い、グレイシアは何も言わずハンカチを渡した。
「ありがとうございます……そして、目の前にはそのシスターさんがお腹を貫かれて倒れていましたが驚くことにまだ息がありました」
………………………………………
『アリス……良かった……』
『嫌!死なないでお姉ちゃん!』
『ごめんなさいね。そうだ……アリス……これを……』
『えっ……?』
『これ……受け取って……ずっと欲しいって言ってたでしょ……?』
『うん……』
『これ……見て……私を……思い……出し……て……』
『お姉ちゃーーーーーーーん!!』
………………………………………
「そして、私にこれを託してくれたんです。少し、傷が付いていますがそれでもこれは彼女の肩身で、私の宝物なんです」
懐かしげにそれでいて悲しげに呟いた。
「そうか。話してくれてありがとうな」
グレイシアが微笑みかけるとアリスは「はい!」と嬉しそうに頷いた。
「それと一つ質問いいか?」
「はい」
「俺の記憶違いでなければお前がそれをしているのは初めて見るんだが」
「その認識で間違いありません。わたしはこの指輪を勇気が欲しい時に着けるです。上から手袋を着けていたので分からなかったかもしれませんが初任務の時も着けていたのですよ?」
それは気付かなかった。
「ということはリサは今、緊張しているのか」
グレイシアが尋ねるとアリスは恥ずかしそうに頷いた。
「はい……舞踏会って子どもの頃は憧れがあったんですけど……いざ行くとなると……」
「緊張する……か」
アリスが再び頷いた。
グレイシアは椅子から立つとアリスの手の上に自分の手を置いた。
「えっ……?」
「お前は子どもの頃夢見た舞踏会を楽しめばいい。何かあったら俺が助ける」
「はい……」
アリスは顔を蒸気が出ようかというほど真っ赤にし、返事をした。
「ただし、ある程度のマナーは守ってな」
グレイシアが付け加えるように言ったがその言葉はアリスには聞こえていなかった。
そして、その様子をエデはこっそりと聞いており、ニッコリ笑った。
………………………………………
その後、モレル邸へ到着し、グレイシアが登場すると舞踏会場が騒ついた。
「おお!あれがエドモン・ド・ピコー伯爵……」
「まさか本当に現れるとは……」
「珍しくエデ嬢もおられるぞ!」
いきなり注目を集めるグレイシアとエデに3人は縮こまってしまう。
「何か……すげえ注目集めてねえか?」
「うん……グレイシアさん凄いよね」
「おら、お前らもっとシャキッとしろ」
「「はい!」」
恐縮するグレンとジョナサンに喝を入れる。
そこへ1人の紳士がにこやかに歩み寄り手を差し出してくる。
「ようこそお越し下さいましたピコー伯爵」
「お久しぶりです。モレル男爵」
どうやらこの紳士が主催者のモレルなのだと4人は認識した。
「先日帰国してきたばかりだと言うのに来てくださるとは思えませんでした」
「何を仰いますか。モレルさんは大切なビジネスパートナー以前に友人なのです。そんな方のお誘いを無下に出来ません」
「そう言って頂き、有難いです。そも、我が商社が発展したのもピコー様のおかげ……」
「いえいえ。それはそうと息子のルシアン君はお元気で……」
仲が良く会ったのも久しぶりであったからか話が弾み、4人は手持ちぶたさになってしまう。
仕方なく食事に手を出すがこれが中々美味しくグレンとジョナサンは夢中になってしまう。
アリスはエデに舞踏会のマナーを教えていた。
するとそこへ闖入者が現れる。
「ボンジュール諸君!」
一同が声のした方に顔を向けるとそこには沢山の宝石を鏤めた奇妙な出立の男が杖片手に佇んでいた。
「あれは……」
グレイシアが目を細めるとその姿を視認した男がこちらへ近づいてくる。
「久しぶりじゃあないかピコーくん!」
「セイントジャーマン伯……」
馴れ馴れしく肩を組んでくるセイントジャーマンにピコーが呆れた様子を見せる。
「グレンさん、何なんすかこの人?」
「彼はセイントジャーマン伯。錬金術師に音楽家、画家なんかをやっている貴族だ。あと、聖なるジャーマン人という変な名前からも分かる通り偽名だ」
「偽名!?」
「うん、それでもピコー君とは親友の間柄さ」
「いや、別に違う」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないか〜およよ〜……」
グレイシアの素っ気ない言い方にセイントジャーマンはわざとらしくしなしなと座り込む。
「おお、セイントジャーマン伯も来てくれたのか」
「モレルさん、何でこの人呼んだんですか?」
グレイシアがモレルに非難するような目を向けるとモレルは目を逸らす。
「いや、セイントジャーマン伯は社交界で何かと話題だし……場を盛り上げてくれるかなと思って」
「さて、それはそうとピコー君、この可愛らしい子達は誰かな?」
早くも立ち直ったセイントジャーマンの興味は従者3人へ移った。
「こちらは俺の新しい従者のグレン、ジョナサン、アリスだ」
「ほおほお、そうかい。挨拶してもいいかな?」
「構わん」
グレイシアから許可を得たセイントジャーマンは3人へ近づくと腰折り、胸に手を置いた。
「初めまして、セイントジャーマンと申します。どうかお見知り置きを」
思いの外、丁寧な挨拶に3人は驚きつつ、グレン、ジョナサンが握手を交わしていく。
「よろしくね」
「よろしくお願いします……」
最後のアリスとの握手をした時、セイントジャーマンはその手に着けられている指輪に注目した。
「お嬢さん、これは?」
「あ、これは大切な人から貰った物で……」
「そうかい。とても君に似合っているね」
「ありがとうございます……」
セイントジャーマンからの他意ない褒め言葉にアリスも丁寧に礼を返した。
「ただ、少し傷が付いているみたいだ。じっとしてて」
そう言うとセイントジャーマンはアリスの指輪に手を翳す。
アリスも言われた通りじっとしていた。
すると何をしているのか気になったのか参加者達が続々と集まってきた。
「傷が付いたのはどれくらい前かな?」
手を翳している最中、セイントジャーマンが発したのはその一言のみだった。
アリスは「2年くらい前」と答えるとセイントジャーマンは頷いた。
「もうそろそろかな」
そう言うとセイントジャーマンは指輪に翳した手を離した。
するとそこには傷がなくなり、まるで新品のように光り輝くダイヤモンドの指輪があった。
「これは……」
「綺麗にしておいたよ」
セイントジャーマンが言うと周囲を囲んでいた参加者達が「おお……!」驚きの声を上げた。
「あの……ありがとうございます!」
アリスが驚きと嬉しさが混じった声色で頭を下げた。
「いいのいいの。他のならぬピコー君の従者だしね」
セイントジャーマンはなんて事のない風に言うがこれは凄まじい事だった。
通常、ダイヤモンドの傷を直そうとすると錬金術を用いるのだがダイヤモンドは硬い故に操作が難しくどうしても修復跡が残ってしまうものだ。
しかし、それをセイントジャーマンは短時間でしかも修復跡を残さずに傷を直した。これは彼が卓越した錬金術師であることを示していた。
「伯爵!また話を聞かせてはくれまいか!」
そこへ参加者の1人がセイントジャーマンに向かって声を上げるとほかの参加者達もそうだそうだと賛同し始めた。
「話って何ですの?」
エデがグレイシアに尋ねてくる。
「そうか、エデは知らないんだったね。彼は自称2000年の時を生きた人間でね。こうやって舞踏会へ現れてはその体験談を聞かせてくれるんだ」
「2000年!?それは流石に嘘……」
「だと思うだろ?でもその話の内容が凄く臨場感があってね。まるで本当にその場にいたみたいに話すんだ」
グレイシアは疑いの目を向けるエデに揶揄うように言った。
「ちなみに彼は戸籍の上ではもう67歳らしい」
「67歳!?」
グレンが驚きの声を上げた。
「どう見ても40そこそこにしか見えないぞ……」
「それでは今回の話は歴史に名高いシオン王国初代国王とその王妃の話だ」
セイントジャーマンは参加者の喝采を浴び、ニヤリと笑った。




