第23話-1 始まる学園生活(?)①
「納得いきません!」
フランソワ王国の王侯貴族達の子息達が通う王立パリシイ学園の理事長室にて声を荒げる者がいた。
その者は男子用の学生服を着ていることから学生であることが分かる。長めの茶髪を後ろに纏めた長い睫毛に大きな瞳を持った中性的な容貌をしている。
「まずは落ち着きたまえディオン君。ここは騒いで良い場所ではない」
荒ぶるをディオンと呼んだ生徒を窘めるように言ったのはこの学園の理事長クロヴィス・ド・ギラン。王国から伯爵の位を授かっており、貴族院に議員としての席も持っているエリートである。
さすがはフランソワ随一の学園の理事長を務めているだけあって孫ほど年の離れた相手に臆するようなことはしない。
「も、申し訳ございません」
自分が見苦しい態度を取っていたことを自覚したディオンは謝罪の言葉を口にし、頭を下げた。
ディオンがここに来た理由は一つ。
新しく送られてくる護衛の罷免に対するギランの協力だった。
期間は比較的短いとは言え、どこの馬の骨とも知れぬ他人に我が君の護衛を共同と言えどさせる気はない。自分だけで我が君を不埒者どもから守り通せる自負もあるし、何よりボーモン家としての誇りがある。
しかし、現国王というより前国王ルートヴィヒ14世殿下は念には念を入れなければならないとして父に直談判してまでこの件を許させたのだが、私は納得していない。
我が君の護衛という仕事は私だけのものだ。
だから、前国王の説得のため、まずは議員でもあるギラン理事長に協力を仰ぎに来たのだがその反応は芳しくない。
「君の言いたいことは分かる。君は優秀な上にボーモン家の威光を背負っているということも」
「なら……」
「しかし!」
ギランは言い聞かせるように強調して発した。
「今回の件、君だけでは手に負えない」
「……っ!何ですと!私が力不足と仰りたいのですか!」
「そうだ」
はっきりと即答で断じられた肯定にディオンは屈辱に体を震わせる。
「君はまだ発展途上。それに暗殺の天使は恐ろしい。ついこの前バスティーユ監獄から多くの仲間を脱獄させたことからもそれは明らかだ」
バスティーユ監獄。それはパリシイに位置するフランソワ一堅牢と言われる監獄で多くの重要、凶悪犯罪者が捕らえられている。攻略不可能の監獄とまで言われていたがそれはつい先日までのことだ。
暗殺集団、暗殺の天使によってバスティーユ監獄は攻略され、多くの捕らえられていた仲間達を解放させられた。
この事件により暗殺の天使の戦力が強化されたと同時にそこ脅威を王国は知ることになった。
「奴らの目的は王族の抹殺。戦力が強化された連中はとても油断のならない相手なのだよ」
「だから、私が連中から王女殿下を……」
「それとも……マリアンヌ王女を死なせてボーモン家の家名に泥を塗りたいのか?」
「…………っ〜!」
王女とボーモン家の名前を出されてはディオンとて何も言えない。歯を食いしばり、拳を強くに握ると俯いた。
そこへドアをノックする音が聞こえた。
「入りたまえ」
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは3人の男子生徒だったがディオンが注目したのは中央の1人だけだった。
美しい白髪に色素の薄い肌と虹彩が特徴の美青年だった。背丈は自分より少し高いくらいで顔立ちもまだ幼気が残っているが纏う雰囲気はとても同年代とは思えなかった。
青年は涼しげな顔でこちらを一瞥するとすぐに視線をギランへ戻す。その優雅な所作から貴族ということは分かるもそれにしては足運びに無駄がない。まるで歴戦の戦士のようだった。
――何だこの男は?
ディオンはそう訝しむ。
学園の全生徒の顔を覚えているわけではなかったが見覚えのない顔だった。
転校生かとも思ったがすぐに違うと直感的に分かった。
――まさか!
「申し訳ございません。お邪魔だったでしょうか?」
青年は申し訳なさそうな顔をしながら尋ねた。
その声も容姿とよく合った美声で女性なら一瞬で恋に落ちてしまうであろうがディオンはその表情や声色に作為的なものを感じ取っていた。
「いや、大丈夫だピコー君」
――ピコー?
聞き覚えのある名にディオンは記憶を探り出す。
確かパリシイに住まう貴族にエドモン・ド・ピコーという名の者がいたはずだ。
詳細は一切不明で分かっていることは伯爵の位を国から拝命していることとそこらの貴族を遥かに超える大金持ちだということ、アルカディア人の娘を許婚にしているということ。
つい最近、姿を現して以降、国王からいくつもの勲章を賜った上、その妖精人とも例えられる美しい容姿から舞踏会の花形として知られているが普段は仕事で各地を飛び回っており、姿を見せることはほとんどないという。
――そんな人物がなぜ?
「悪いがディオン君。席を外して貰えないか?彼と2人きりで話しがしたい。話の続きはまた今度だ」
そこへ思考に水を刺すようにギランに離席を要求された。まだまだ話し足りないがもう向こうは話すことはないと断じたのだろう。ディオンは渋々ながらその場を去っていくが、その目はずっとピコーを捉えていた。
………………………………………
「失礼します」
先程までギランと話し込んでいた様子の生徒がそう言うと扉を閉めた。――こちらに目を向けながら。
「理事長あの方は?」
「あれが王女殿下の護衛を賜っているシャルル・ディオン・ルートヴィヒ・ド・ボーモン君だよ。皆からは大体ディオンと呼ばれている」
そう言うとギランは困ったような顔で笑った。
「優秀なんだがプライドが高くて困った子でね。先程まで君の罷免に協力しろと言ってきてたんだよ」
どうやらルートヴィヒ殿下の杞憂が当たったらしい。面倒な事になりそうだとグレイシアは感じていた。
「面倒くさ……」
グレイシアの心の声を代弁するように半目のグレンが呟いた。
「グレン……」
それをジョナサンが小声で注意するもグレンは頭を下げた。
「すいませんでした」
「いや、構わない。ピコー君……と今更ながら呼ばせてもらっていいかな?同じ爵位とは言え学園で教師と生徒という関係を遵守したい」
「構いませんよ」
グレイシアは笑って答えた。
「ありがとう。ところで控えている2人は従者という事でいいかな?」
「はい」
「了解した。なら、ようやく本題へ入ろう」
ギランは掌を組むと両肘を机に置き、前へ乗り出した。
「まず、今回の任務は内容は分かってるね?」
「はい。王女の護衛と可能ならば暗殺の天使の排除だと」
「そうだ。まあ、後者は国に任しておけばいいと思うが……問題はディオン君だ」
ギランは深刻そうに溜息をついた。
「敵から露骨に護衛を付けたと知られぬために遠距離からの護衛を要請していたがそれでもディオン君が機嫌を損ねる確率は高い」
背後でグレンがまたも「面倒くせ」と言うのが聞こえたがこれは皆の総意だったため、今回は誰も注意しなかった。
「こんなことになるならまずディオン……君に伝えなければ宜しかったのでは?」
「無論やったさ。でも嗅ぎ付けられた……」
ギランは無念とばかりに机に項垂れた。
どうやら護衛役はかなりの過保護らしい。
そして、頭に一瞬ストーカーという単語が浮かんだのは内緒だ。
………………………………………
その後、何とかするとの旨を伝えるとグレイシア達は理事長室を後にした。
「しっかし、面倒なことになってきましたねー」
「グレン君さっきからそればっかじゃん」
「だってその通りじゃん。ですよね、グレイシアさん?」
グレンが同意を求めるように言ってくる。
「そうだな。だがやるしかあるまい。それと人目がないからいいものの外では出来るだけピコー様と言えよ?」
「……うっす」
珍しくグレイシアが同意したことに驚きつつグレンは気を引き締めた。
「グレンは元貴族だから大丈夫と思うがジョナサンは特に気を付けろよ」
「はい!」
「貴族と言っても貧乏貴族でしたし、そういうのは面倒で家出したんですけどね……」
しっかり返事をするジョナサンと保険と言う名の言い訳をするグレンを引き連れたグレイシアが向かったのは高等部第3学年魔術科の5つあるクラスの内の2組の教室。
そこで担任教師からの待機に従う。
「今日は転校生を紹介する。入ってこい」
少々ガサツな態度の教師の声と共にグレイシアと2人は教室に入った。
そして、自分の名前が大きく書かれた黒板の前に立ち計算された柔和な笑みを浮かべた。
「エドモン・ド・ピコーと申します。どうか皆さん、お見知り置きを」




