第21話 暗殺者の愛姫
医務室に運ばれたアリスだったが検査の結果、容態はグレイシアが感じた通り大したことがないということが分かりしばらく寝かせることにした。
「帰ってきて早々、騒がしい子達を連れ帰ったものだね」
アリスの容態検査を終えた長い白髪に白い髭を蓄えた神父服姿の老人が呆れたように笑った。
「すいません」
グレイシアは頭を下げて謝るもそこに堅苦しさはなく、2人がかなり親しげな仲だということが分かったこと
「まあ、こういうのもたまには悪くないか」
老人が優しげに笑った。その微笑みは慈愛に満ちており、観ている者を穏やかな気分にさせる雰囲気があった。
「私も嬉しいですわ。トーリお爺様」
エデも楽しそうに笑うとグレイシアの腕にギュッと絡み付いた。
「えっと、グレイシアさん。そろそろ説明して頂いても……」
蚊帳の外にいた7人を代表してシドが気まずそうに声を上げた。
「そうだな。紹介しよう。こちらの方はホセ・カストディオ・トーリ神父。我が家の使用人統括をして頂いている」
「あと、私の教師もしただいております」
向き直ったグレイシアとエデが言うとトーリが優雅な所作で頭を下げる。
「トーリ神父と呼んで下さい。宜しくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
トーリにつられて6人は頭を下げた後、自分達も自己紹介をしていった。
「シド君、グレン君、ライオネル君、ジョナサン君、アーロン君、シルヴァーナさんだね」
一回の自己紹介で全員の名前と顔を覚えた様子のトーリに6人は驚いた表情を見せるとグレイシアは得意げに笑った。
「驚くのはまだ早いぞ。トーリ神父は人間の全知を綴った150冊の本の内容全てを暗記されたお方だ。お前達7人の名前を覚えることなど造作もない」
「なっ……」
今日何度目か分からない絶句をした。
そして、目の前の超人2人を見たライオネルはこれが類は友を呼ぶとはこのことなのだろうかとも思った。
「じゃあ、エデさんとはどういう関係なんすか?」
そこへアーロンが気になってしょうがないと言った様子で訊いてくる。
「言ったはずだ。対外的には婚約者だって」
グレイシアはこれ以上聞いて欲しくないといった雰囲気を出して言った。
「でも、対外的にってことは実際は違うってことっすよね?」
しかし、鈍感なアーロンはそれに気付けずしつこく訊いてくる。
そんなアーロンをグレイシアはキッと目で制した。
その目にアーロンはようやく自分が虎の尾踏んでしまったことに気付く。
「それを尋ねるということはこの子の辛い過去を明かさねばならない。そして、お前にそれを知る資格はない。言っている意味が分かるか?」
「……はい」
アーロンは重苦しい返事を絞り出した。
「伯爵様……」
不安げに体を寄せてくるエデにグレイシアは「大丈夫だよ」と微笑みかけると肩に手を回した。
「分かったならそれでいい。ちなみに質問に対し一部答えるとすると確かに俺とエデは婚約関係にはない。しかし、どういう関係かと問われれば難しいところだな」
「そうですか……ありがとうございます」
それだけ言うとアーロンは頭を下げて退がった。
そして、ライオネルが肩でアーロンをこづくと目だけで「もう喋るなよ」と注意した。
「さて、アリスはもう大丈夫なのか?起きてるのは分かってるぞ」
その言葉に一同が面を喰らったような様子を見せるとアリスがムクリと上半身を起こした。
「すいません。いつ起きればいいかタイミングを掴めなくて……」
「いや、こちらも気を遣わせてしまったな。すまなかった」
そう言うとグレイシアはアリスの寝るベッドに歩み寄る。
「体調はどうだ?」
「はい。もう大丈夫です」
その科白にグレイシアは強がっているのではないかと思い、顔色を覗こむが無理をしている様子はなく、本当のようだ。
「あの、グレイシアさん……顔が……」
アリスが顔を赤くして目を逸らす。
そこでグレイシアは自分が顔を近づけ過ぎていることに気付いた。
「ああ、すまない」
謝り体を引っ込めると何故かニヤニヤとこちらを見るエデの姿が目に入った。
「どうしたエデ?」
「何もございません」
「?」
目を逸らし、話すつもりがなさそうなので特に聞き出そうとはせずあまり時間がないということを思い出した。
「お前たちそろそろ出る準備をするぞ」
「もうですか?今着いたばかりな気が……」
「身嗜みには時間がかかるものだ。部屋はメイドに案内させる」
グレイシアがパチンと指を鳴らすとどこからともなくメイドと使用人たちが現れた。
「アリスは大丈夫か?」
「はい、私も行きます」
「伯爵様、何処へ行かれるのですか?」
アリスの手を摂ったグレイシアにエデが置いてけぼりにされた子どものような顔で尋ねてくる。
「ああ、少しルートヴィヒ様と会食へね」
「ルートヴィヒ様と?私も行きます!」
グレイシアは一瞬断ろうとするも非公式とは言え前国王との会食に一応は婚約者のエデを連れて行かないことは礼儀に反するのではないかという疑念が頭に浮かんだ。
ルートヴィヒならその程度のことは気にしないだろうがだからと言って礼儀を損なってはいけない。
「分かった。なら、早く準備してきなさい」
「はい!」
グレイシアはエデを連れて行くことに決めた。
実はフランソワ王国の国籍を得た理由にはエデが関わっている上、2人は顔見知りだったので久々に会わせる良い機会だと感じたのだ。
「あのー……俺達って本当に行く必要ありますか?」
緊張からか面倒臭さからかグレンがそんな事を言ってくるがグレイシアは逃がさない。
「あるに決まっているだろう。お前達は俺の部下ということで直接任務に関わってくるんだ。挨拶をしておくのが礼儀というものだ」
グレイシアの正論にグレンは「はい……」と返事をすると肩を落とし、諦めてついて行くことした。
そして、全員がドレスアップが終わり、男5人はタキシードを着、前髪を上げ、女3人はドレスに髪を整えた化粧姿になっていた。
「さて、では行くか」
9人は馬車に乗り込むと会場である最高級レストランに向かった。
着いたレストランはまるで貴族の屋敷のような大きさでその雰囲気に気圧され、入るのを躊躇してしまうほどだった。
しかし、グレイシアとエデが入っていったので入らないわけにはいかず7人も大人しく入っていく。
店に入ると既に事情を知っているウェイターが個室へグレイシア達を案内する。
個室と言ってもそこは狭めのパーティー会場ほどの大きさがあり、要人達の会食を想定した造りとなっていた。
ウェイターが扉を開けるとそこにはまだルートヴィヒはおらず食器とグラス、シルバーに前掛けが置かれたテーブルと椅子があるのみだった。
前国王を待たせるわけにはいかないと早めの時間に到着したのだ。
そして、席に座った一同だがこういう場に慣れているグレイシアとエデはともかく残りの7人は貧乏ゆすりをしたり、汗を何度も拭ったりと落ち着かない様子だ。
「お前達少し落ち着け。見苦しいぞ」
見かねたグレイシアが声をかける。
気持ちは分かるがこちらにも体裁というものがある。
「そうですけど〜……」
ジョナサンが男とは思えない情けない声を出す。
恐らく声を出していないだけだが、他の6人も似たような心境なのだろう。
「大丈夫よ。ルートヴィヒ様はとても寛大なお方だから少しの無作法くらい許してくれるわ」
そこへエデが隣の震えるアリスの手をそっと握りしめた。
「そうだ。何かあっても俺がフォローしてやるから気にするな」
続いてグレイシアが声をかけると一同は先程よりも落ち着いた様子を見せた。
「ありがとうございます。エデさん」
アリスが礼を言うとエデがニコッと微笑んだ。
そこへ足音が聞こえてくる。
「来た」と全員が感じ取った。
そして、足音は徐々に近づいてくると扉の目の前で止まった。
そして、扉が開かれる。
ウェイターではなく、使用人が左右から開けた扉の前には豪壮な服装に身を包み、立派に整えられた白髪に威風堂々とした佇まいの老人―太陽王と称されたルートヴィヒ14世その人がまるで歌劇のワンシーンかのような威厳溢れる登場を果たした。




