第19話 フランソワ王国へ
「なるほど。そんなことがあったのか」
7人の部下と共に玉の間に参上した例の件を話すと劉陽は驚いた様子を見せた。
しかし、それでも動揺を見せないのは数々の修羅場を潜り抜けて来た胆力からくるものなのだろう。
「はい。そしてこれを機に革命軍の経済基盤はフランソワ王国へ移行し、最終的には共にシオン王国を打倒という目標に向かっていくことも可能だと私は考えています」
この任務はグレイシアの個人的なものではなく、革命軍の今後にも関わってくる可能性もあるということを匂わせる。
こうすることで劉陽が許可を出してくれる見込みもグッと上がるはずだ。
現に劉陽は髭の生えた顎に手を置き、悩んでいる様子だ。
そこへグレイシアは追撃をかける。
「春麗さんはどう思われるでしょうか?」
劉陽の側に控えていた春麗に声をかける。
「そう……ですね。この案なら平日は財務部隊の仕事を休日は遊撃部隊の仕事に勤しむことが可能かと。医療部隊は代理という形ならネテスハイム様も了承して頂けると思いますし」
少し考え込んだ後、春麗は言った。
「そうか。春麗くんもそういうのなら今回の件を受けることを許そう。ただし、革命軍の仕事も疎かにしてはならないぞ」
「ありがとうございます」
上手くいった。
グレイシアは下げた頭の下で口を三日月型に歪めた。
劉陽は自分だけで事を進めるのがあまり得意ではなく、何にしてもまず部下の意見を聞いてから決める癖がある。
なのでまずは信頼する部下である春麗の説得に成功すれば劉陽も首を縦に振ってくれると踏んだのだ。
結果、作戦は見事成功した。
グレイシアはもう一度頭を下げると7人と共に部屋を出た。
………………………………………
ルートヴィヒに返事を書いたその夜の3日後にはグレイシア達は空挺部隊の波濤する神々の飛行船で旅立っていた。
食量も着替えの衣服も持って来ていないが必要な物はほとんど現地調達出来るので荷物をまとめたりフランソワ王国にグレイシアは既に住居を持っているため泊まる場所の用意をしなくてもよかったため、これだけ早く出立出来た理由である。
空挺部隊の協力についてだがジークは了承した。
理由は二つ。
一つ目は協力費という名目で財務部隊隊長の権力を使い金を空挺部隊にばら撒いたこと。
これに対しジークは「職権濫用ではないのか?」と白い目を向けてきたがグレイシアの動かせる金を流しただけなのでそこのところは問題ない。
ジョーンズに金を流している事を知られたら怒られるかもしれないが。
二つ目は……
「はぁぁぁああああ!」
九頭斬リノ太刀修得訓練の保障。ジークはこれを飲むことを条件に協力してくれた。
そして今、船上の上でジークは訓練に励んでいた。
隊長が仕事をしてないのは(サボっているわけではないとは言え)どうかとおもうかもしれないがリベリオン島からフランソワ王国までは5,6時間はかかる。その内の1時間のみをジークは訓練に割り当てていた。
「相変わらず凄えよなあの人」
訓練するジークと指導するグレイシアを見ながらグレンが言った。
「あの武技。一回で三つの斬撃を生み出す斬撃を三回連続で繰り出す武技なんだが、その斬撃はほぼ同時で繰り出すんじゃなくて全く同時に繰り出してるんだぜ」
「それってほぼ異能力じゃねえか」
もう一々驚いていられないとでも言いたげな口調でライオネルが反応した。
つまりあれの使い手であるヤマトオウスとグレイシアは武技という物理的な現象のみで異能力を体現したのである。
「物理現象すらねじ曲げるって本当に練習でどうにか出来るものなのかよ」
そう言いながらライオネルは驚きを通り越した先にあるのは呆れなんだということに気付いた。
「シドも修得したいと思わないのかよ?」
「そりゃ思うよ。でもグレイシアさんに『今のお前じゃ一生かけても出来ない。もっと強くなってからだ』って言われた」
シドは残念そうに漏らした。
そんなシドを見てアーロンはジークに目を向けると半竜半人の青年は一太刀で三つの斬撃を繰り出した。
「でも見る限りジークさんもうその異能力を一撃は出せるようになってんだよな。あとはあれを三連続でだすだけだぜ?凄くない?」
「凄いな。さっきから俺が言ってるじゃないか」
グレンが呟いた。
「まだ17歳だぜ?同じ剣使いのシドより二つ年下なんだぜ?」
「さりげなく俺をディスるな」
シドはジト目でアーロンを睨んだ。
「はぁぁぁあ!」
「今日はここで終わりだな」
「……分かった」
ジークは脱ぎ捨てていたコートを傷だらけの体に羽織ると水を口にする。
「僅か1ヶ月で三連続の斬撃を繰り出せるようになったのは感嘆に値する。しかし、それを三回、ほぼ同時に行うとなると難易度は一気に跳ね上がる。俺はこれを2年で修得したが……それくらいはかかると思っておけ」
「……じゃあ、1年だ」
ジークは水を飲み干すと言ったこと
「おれは1年で修得してみせる」
その科白にグレイシアは笑みを浮かべた。
「本来なら生意気だと言うところだろうが、お前なら出来そうな気がするな」
そう言い残すとグレイシアは端で眺める一同へ近づいていく。見るとジョナサンだけがいなかった。
「グレイシア様、お疲れ様です」
そこへアリスが水を持って駆け寄ってきたので有り難く頂くことにする。
「ありがとう。ところでジョナサンは何処へ行った?」
「ジョナサンなら部屋で寝てますよー。船酔いらしいでーす」
アリスの代わりにシルヴァーナが答えた。
先に言われたのが不満だったのかアリスは少し拗ねたように頬を膨らませた。
「そうか。なら、ジョナサンには後で伝えておこう」
「何をでしょうか?」
「フランソワに着いてからの予定についてだ。皆集まれ」
グレイシアはジョナサンを除く6人を集め、円状に並ばせた。
「港に着くと迎えの馬車が来ている。それに乗って俺の屋敷があるエリュシオン通りに向かう」
「エリュシオン通り!?」
その地名にシルヴァーナが仰天して叫んだ。
「何だ?知ってんのか?」
アーロンはピンときていない様子だったが、それ以外の5人は驚きを隠しきれなかった。
「俺も詳しいわけじゃねえが……王都パリシイ一の大通りだろ?」
ライオネルが確認するように訊いた。
「そうだ。貴族の屋敷が立ち並び、劇場や多くの高級店が立ち並ぶ。華の都、なんて呼ぶ者もいるな」
「ええっ!そんな凄えところに何で家なんか持ててるんですか!?」
アーロンは驚きながら当然の疑問を口にしてくる。
「それは俺が向こうでは有名な資産家だからだ」
新たに告げられた衝撃の告白に一同は度肝を抜かれる。
「資産家あああああああ!?」
「つまり金持ちってことですか!?」
「ああ、ついでにエドモン・ド・ピコーという偽名で伯爵の位を得ている」
またも明らかになる事実に一同の頭はこんがらがり始める。
どういうことだ?グレイシアは暗殺者なのではなかったのか―と。
「えっと、つまり……グレイシア様はフランソワ王国では資産家の貴族ということでまかり通っているということで宜しいでしょうか?」
いち早く事実を整理したアリスが皆に分かるように言うとグレイシアは「そうだ」と言った。
「そんな方面でも活躍してんのかよアンタ……」
「知れば知るほど何者か分からなくてなってくる……」
ライオネルとシドは呆れたように言った。
「そのために俺は身分をいくつも持っているんだ。金を持ってると何かと有利だしな」
「まあ、金は大切ですよね。……ん?待ってください貴方まだ他の身分持ってるんですか!?そう言えば前に料理組合の料理人してるとか言ってましたけど!?」
グレンが体を前のめりにし叫ぶように言った。
「戸籍を持っているのはエドモン・ド・ピコーだけだ。だが、対外的に名乗っている名ならいくつもある。殺しの手段は多い方がいい」
それらのどれかから一つを選び、別人として豊かな人生を送ることも出来るだろう。
しかし、グレイシアにはその選択肢はない。選べないのではく選ばないのだ。
グレイシアのあらゆる身分はあくまで目的を達成するため、足がかりでしかない。
その行動の全てがシオン王国の滅亡に繋がっているということをグレンはひしひしと感じた。
そして、自分たちはこの人のことをまだ全然知らないのだということにも気付かされた。
「まだ少し時間がある。それまでに休んでおけ」
「はい……そうさせてもらいます……」
驚き疲れ、クタクタになった様子のシルヴァーナがしおしおと倒れ込んだ。
「それと夜にはルートヴィヒ前に国王との会食も控えている。くれぐれも失礼ないようにな」
「………………え?」
シルヴァーナは聞き間違えかと思った。
立ち去ろうとしている白髪の青年が今、とんでもないことを口走った気がする。
「今、何と仰いましたか?」
しかし、それは他の面子も同じだったようでシドが確認を取る。
「ルートヴィヒ前国王との会食があると言ったが?」
その科白が発させられた後、雲海広がる蒼穹に絶叫が響き渡った。




