第16話 帰還
初任務が終わったこの日、グレイシアたちは海軍部隊の船上で食事を摂った。
料理はトマトのブイヤベースやマグロのステーキなど海ならではの食材が使われており、グレイシアは普段控えているワインを初任務達成記念の名目で飲んだ。
アンやライオネル、シルヴァーナが酔い潰そうと次々とワインを注いできたがいくら飲んでもグレイシアの表情は変わらず逆に3人が酔い潰れてしまった。
そのためグレイシアがアンをアリスがシルヴァーナをライオネルを残り男が担いで船から降りなければならなかった。
「んん〜……グレイシアく〜ん……」
「起きてるなら自分の足で歩け」
「いーやーだー」
無駄に艶っぽい声で言うアンは背中に担がれたままグレイシアの首に手を出して回し離れようとしない。
これだから酔っ払いは嫌いなのだ。
もうこのまま放置してやろうかという黒い考えが頭をよぎったがそこへ人影が走ってくるのが見えた。
グレイシアは仮面を取り出し被ると目を凝らす。
見るとあれは財務部隊の隊員の1人であった。
「はぁはぁ……グレイシア隊長、リード隊長、至急天の間にお越し下さい……」
「どうした?何か非常事態か?」
息を詰まらせながら次早に話す隊員にグレイシアは訝しんだ様子で問いかける。
「はい、実は……ダングラール隊長が急死されました」
「何?」
グレイシアは眉を顰めた。
「なので、それについての会議を開くとのことです。今、各部隊の隊長が集まられています」
「分かった。すぐ向かう」
そう頷くとグレイシアはアンを担いだまま全力疾走で一気に駆け抜けた。
「〜♪」
道中、聞こえてくる鼻歌にアンは目を覚ます。
「グレイシアくん?どうして鼻歌を歌っているの?」
「……起きたのか。いや、風が気持ちくてな。それより、ちゃんと酔いを醒ませておけよ。これから緊急の会議がある」
「えっ、何で?」
そして、グレイシアがダングラールの訃報を告げるとアンの絶叫が木霊した。
………………………………………
宮殿に着くとグレイシアとアンはまずを一杯飲み、天の間に向かった。
扉を開けるとそこには深刻げな表情で座る7人の隊長と劉陽がおり、一斉にこちらへ顔を向けた。当然そこにダングラールはいない。
「ああ、グレイシアくんとアンくんか。任務が終わったばかりなのに済まないが早く席にかけて欲しい」
憔悴した様子の劉陽に会釈すると2人は席に着く。
「では、これから緊急の会議を始めようと思う」
劉陽が重苦しい声で言った。
「皆、知っての通り、財務部隊のダングラールくんが急逝した」
ここで劉陽は顔を俯かせ、その死を悼むような様子を見せる。
「劉陽様、ここは私が……」
潘信が耳元でそう囁くと代わって話し始める。
「医療部隊によると死因は突発性の心不全であるとのことだが詳しい原因は引き続き、グレイシア殿主導の下、究明して頂きたいと考えている」
「畏まりました」
グレイシアが応答すると潘信は満足げに頷いた。
「なんと間の悪い……」
弓兵部隊隊長ロクスレイが頭を掻いて顔を顰めると何人かが同意するように首を縦に振った。
ここ最近、ダングラールはシオン王国に頼らない経済基盤を確立するために奔走していたのだがそれが中途半端に頓挫してしまうことへの呟きだった。
そうでなくてもダングラールは革命側の財政を司る財務部隊の隊長。それを失ったことへのダメージは大きかった。
組織にとって金は血液だ。大量に失われれば人間で言うところの出血多量で死に至る。
つまりダングラールの死は革命側の存続に直結する大問題だった。
本来ならば隊長が死ねばその役目は部下が受け継ぐものだが、ダングラールのその立場を追われることを恐れて部下に詳しく仕事を教えていなかったため、引き継ぎを出来るものがいない。
となれば何処からか後任を探すべきだがそのような大役を果たせる知識を持つのは銀行家となってくる。
革命軍はと繋がりのある銀行家はいないことはないが、彼らにも彼らの生活がある。無理強いは出来ない。
それに下手に動けばそこを王国に突かれる可能性だって大いにある。
つまり、八方塞がりだった。
「宜しいでしょうか?」
一同が頭を悩ませる中、グレイシアが挙手した。
「何か解決策があるのかね!?」
グレイシアの落ち着いた様子に勝機があると感じた劉陽が食らい付くように前へ乗り出してくる。
「はい、この件も私に任せては頂けないでしょうか?」
グレイシアは自身の胸に手を置くと安心させるように微笑んだ。
「つまりそれは……君がダングラールくんの代わりを務めるということかね?」
戸惑ったように言う劉陽にグレイシアが頷いた。
「ご安心を。私にも経済関連の知識はございます。必ずやこの危機を乗り越えて見せましょう」
「グレイシアくん、ホント何でも出来るね」
「俺の暗殺対象は貴族や上流階級の者がほとんどだからな。そういう知識を知っておいた方が話も合わせ易いしやり方も広がる」
驚き半分感心半分で言ったセタンタにグレイシアは当然のように言った。
「大丈夫なのですか?貴方は医療部隊の隊長も兼任していたはずですが」
不安げに言う潘信だがグレイシアの余裕のある態度は変わらなかった。
「睡眠時間を削ればなんとかなります。それに俺だけでするわけではありませんから。なあ、アン」
「えっ?」
突如、名前を呼ばれたアンが間の抜けた声を出す。
「以前から思っていたのですが財務部隊と補給部隊はその特性上、密に連携を取り合う必要があると考えていたのです。そうすれば仕事の効率化やより大きな利益も見込めます。これを機にやってみるのも悪くないかと」
グレイシアが劉陽の目を覗き込んで言う。
「どう思う?」
その目に確信を垣間見た劉陽は横にいる潘信に問いかける。
「悪くない案かと。やってみる価値はあります」
潘信の肯定的な意見を聞くと劉陽は頷きアンへ顔を向ける。
「リードくんはどう思う?出来そうかな?」
「えっと……私は……」
自信がないのか顔を背けるアン。
「アン」
そこへグレイシアが名前を呼び、アンに顔を向かせるとその目をじっと見つめる。
「頼む。お前が頼りなんだ」
真っ直ぐ見据えられ投げ掛けられた言葉にアンは頰を赤く染め、頷いた。
「はい!私やってみせます!」
力強い返答にグレイシアと劉陽はうんうんと頷く一方で隣のセタンタは口を尖らせていた。
「なら、私も手伝えることがありません」
そこで手をあげたのは意外なことに魔導部門隊長のネテスハイムだった。
「君もその手の知識があるのかね?」
「いえ、私が手伝うのはそちらの方ではありません」
劉陽の言葉をネテスハイムはやんわりと否定する。
「私が手伝うのは医療部隊の方でございます。以前、医療部隊の隊長の推薦は断らせて頂きましたが手伝いとあらば私も協力致しましょう」
ネテスハイムは錬金術師であり、グレイシアほどではないものの大学で医学を学んでいたため、その手の知識もある。手伝ってくれるのはグレイシアとしても有り難かった。
「そうか。では、お願いしよう。グレイシアくん、構わないかね?」
「是非。お願いします、ネテスハイム殿」
「構いませんよ。グレイシア殿」
―上々吉
思い通りいや、それ以上に事が進み、グレイシアは上がりそうになる口角を必死に堪えた。
その様子を諜報部隊体調ジェシー・ジョーンズは黙って伺っていた。
その後、会議が終わると遊撃部隊が集められ、劉陽から労いの言葉をかけられた。
「初任務よくやってくれたなグレイシアくん」
「俺は何もしてませんよ。こいつらの成果です」
グレイシアが7人に目を向けて言った。
「なに、謙遜する必要はない」
劉陽はそう言うがグレイシアとしては謙遜してるつもりは何もなかった。
グレイシアは荒治療で強くなれる手段を提示しただけでそこから任務成功に漕ぎ着けたのは7人の努力の結果だというのが本人の認識だった。
「だが、グレイシアくんの言うことも一理ある。シド・サクリファイスくん、グレン・アークライトくん、ライオネル・ガントレットくん、アーロン・イスカリオットくん、ジョナサン・リーヴくん、シルヴァーナ・カルカテルラくん、アリス・カーターくん。よくやってくれた。これからの活躍も期待しているよ」
革命軍のトップである劉陽にほめられただけでなく、一人一人名前を呼ばれた感激から7人は嬉しそうな表情で大きな返事をすると劉陽は頷いた。
そして、天の間を出ると7人は喜びを爆発させた。
「やったーーーーーー!」
シルヴァーナが手を挙げて叫んだ。
「グレン頑張った甲斐があったってもんだな」
グレンがめずらしく笑って言う。
「やっぱり褒められるのは嬉しいよね」
ジョナサンが頷いた。
「なら、今日は祝賀会やろうぜ!」
「さんせーい!」
ライオネルの提案にアーロンが同意を示す。
「さっき、船で散々はしゃいでなかったか?」
そう呆れつつもシドも乗り気の様子を見せる。
空気は既に祝賀会ムードだった。
「グレイシアさんはどうされますか?」
アリスがグレイシアへ尋ねてくる。
「すまないな。これから会う約束をしている人がいるんだ」
「そうですか……」
寂しそうに俯くアリスの頭をグレイシアは優しく撫でた。
「でも、早く済ませればいけるかもしれない」
無意識にグレイシアはそう言っていた。
「本当ですか!?」
アリスは嬉しそうに顔を上げた。
「ああ、だから待っていてくれると嬉しい」
「はい!」
「おい、それってセタンタさんじゃねえよな?」
ライオネルが昨日の食事と似た凄味を出しながら尋ねてくる。
「違うよ。仕事関連の話だ」
そう言うとグレイシアはその場から立ち去った。
「仕事の関連?誰だ?」
ライオネルは首を傾げた。
「アンさんじゃないの?今後協力していくみたいだし」
シルヴァーナが言うとライオネルは納得したように頷いた。
「じゃ、さっそく部屋に向かうか!」
先程と打って変わってライオネルは楽しげに言うと一同を引き連れて共同部屋へ向かった。
………………………………………
グレイシアが向かった先は財務部隊の部屋。
つまり、ダングラールの自室だった場所だ。
グレイシアは部屋の前へ立つとノックをする。
「どうぞ」
部屋の中からの返事を聞くとグレイシアは扉を開け、部屋へ入った。
「上手くやったようだな、シモン」
「ええ、グレイシアさんのおかげです」
そう言うと財務部隊隊員シモン・フーコーは笑った。
「これで財務部隊は俺のものだ。新事業が落ち着いた後にお前に隊長の座は譲ってやる。それまでに仕事覚えろよ?」
「勿論です。そうでなければダングラールさんを殺した意味がありませんから」
この2人の会話が意味するのはダングラールは病死ではなく謀殺であったことだ。
ダングラールが近い将来革命軍を崩壊される元凶になると感じたグレイシアがシモンにダングラールが自分の利のために一生雑用に甘んじさせるつもりだということを吹き込み協力させたのだ。
方法は毒だ。ダングラールは自室で食事をする週間があり、その夕食を持っていくのはいつもシモンだった。それを利用し、毒を持ったのだ。
しかし、すぐに殺してしまっては毒殺だと疑われてしまうので自然に死に見せかけるグレイシア調合の毒少しずつ服用させた。
そして、この薬には死の2日前ほどで体調が快復する特性がある。
それがダングラールの体調が快復した理由だ。
「ところでそろそろ出てきたらどうだ?」
グレイシアの意味不明な科白にシモンは首を傾げた。
そこへ机の下から人影が姿を現した。
「何だ気付いていたのか」
「誰!?」
シモンが振り返るとそこにはいたのはジェシー・ジョーンズだった。
「ああ、お前が俺の様子を伺っていたのは気付いたからな。それでどうするつもりだ?このことを告白してするか?」
慌てるシモンとは対照的にグレイシアは落ち着いた様子で挑発するように言った。
「いいや、そんなことはしないさ。ただ、お願いがあるんだけどいいかな?」
「言ってみろ」
「ダングラールは諜報部隊に中々予算を回してくれなかったからね。その予算を他の隊長よりちょっと大目に工面してもらうことは出来ないかな?」
そう言ったジョーンズは自分は悪い顔をしているのだろうなと思う。
しかし、この機会を逃さない手はない。
場合によってグレイシアの頭を撃ち抜く覚悟もしている。
机に隠れて見えないがジョーンズの手は腰の銃にかかっていた。いつで撃てる準備は出来ている。
「いいだろう。少しばかり金を横流ししてやろう」
その返事を聞くとジョーンズは銃から手を離した。
「意外だね。君は規律を守るタイプだと思っていたけど」
「革命なんてやり方で王国を倒そうとしている時点で規律なんて守っていないよ。お前を味方に付けた方が利があると考えただけだ」
「……というと?」
「代わりに今後は仕事に支障が出ない範囲で俺からの依頼を優先して欲しい」
「つまり情報を調べて欲しいってこと?」
「そうだ」
「分かった」
ジョーンズは即答するとグレイシアに歩み寄り手を出した。
そして、グレイシアはその手を握った。
「交渉成立だね」
「ああ、お互い良い関係でい続けたいものだ」
そう言うと2人は笑った。
―また一歩、俺の目的に近づいた。
グレイシアはそう実感すると更に笑みを深めた。
〔追記〕
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
終夜翔也でございます。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。
今作は同時並行で書かせて頂いているリベリオン・テール/転生の異端者〜異世界転生を果たすも再び全て奪われた青年は自分を見捨てた世界に復讐と反逆を誓う〜の後日譚となっております。
こちらも面白いので未読の方は是非読んで下さい。
今作を書こうと思った経緯ですが単純に気分です。
そもそも転生の異端者は彼岸の死神から着想を得た作品であって思いついた順序としてはこちらの方が先なんです。
ですのでこちらが本当に僕が書きたかった物となっておりますで評価して頂けると大変嬉しいです。
さて、作品内容に話を移しますと序章はグレイシアたちが動くための前準備といったところで次回からが本番となってきます。
ですので気長に待っていて頂けると嬉しい限りです。
次章は舞台を転生の異端者にも登場したフランソワ王国に移し、国王から重要な任務を授かったことで王国のドタバタに巻き込まれていきます。新たなヒロインたちも登場する予定ですのでお楽しみにして下さい。
では次回、"豪華絢爛魔都パリシイ/白百合の姫と暗殺の天使"でお会いしましょう。
さようなら〜




