第15話-2 初任務②
アリスが泣き止む頃には観客たちが随分と増えており、そのほとんどが参上したように見える。
「もうすぐだ。頑張れよ」
「……はい!」
リサは覚悟を決めた目で小さいが覇気のある返事をした。
その様子にグレイシアは黙って頷いた。
少しすると照明が暗くなり、下の闘技場がライトアップされた。
そこへ貴族服で着飾った男が現れた。ファントムマスをしているがリサはあの人物が肖像で見た標的であることに気付いていた。
「紳士淑女の皆さまようこそお越し下さいました!ロビンソン闘技場主催者の1人であるロバート・ロビンソンでございます。今宵も皆様が用意して下さった剣闘士たちの血で血を争う戦いをどうぞお楽しみ下さいませ」
観客からどわっと湧き立つ中、グレイシアは冷めた目でロビンソンを見ていた。
恐らくこの主催者たちは自分たちが主催するこの闘技場を神聖ロムルス帝国の剣闘士達の格闘場に見立てているのだろうが、あまりにも矮小だ。
剣闘士達の格闘場で戦う者たちは理由はあれど自分たちの意思で戦っていた。そして、その白熱した闘いを観客は楽しんでいたのだろう。
しかし、ここはどうだろうか。戦う意思のない者たちを無理矢理戦わせ、一方的にやられる光景を楽しむという下衆の娯楽だ。
剣闘士達の格闘場を容認するという気は毛頭ないがその差は天と地ほどもある。
そして、黒いローブで顔を隠した3人の剣闘士が登場する。
しかし、観客はその佇まいに違和感を覚えた。
いつも現れる剣闘士は貧相な剣を持たされて情況を飲み込めず戸惑っているが、今回現れた3人は各々違う武器を持ち、堂々とした歩みで現れたのだ。
そこへ魔獣の鳴き声が木霊する。
観客はそれを聞くと今回は少し趣旨を変えたのだろうかと納得する。
そして、鳴き声の主であるライオンの頭に蠍の尻尾、蝙蝠の翼を持った合成獣が登場し、会場のボルテージはマックスになる。
「そ、それでは試合開始です!」
主催者であるロビンソンも戸惑った様子を見せているが手違いがあったのか程度に思っているのか試合開始のコール上げた。
しかし、試合は観客が思っていたのと違う形で始まった。
3人を襲うはずの合成獣が主催者であるロビンソンに襲いかかったのだ。
「えっ?」
観客の1人が間の抜けた声を出した。
目の前では合成獣がロビンソンの頭に喰らい付いている。
「やっちまえ」
レイが呟くと同時に獄門からリサの弩弓を取り出す。
そして、シド、ジョナサン、グレン、シルヴァーナに操られた合成獣が柵を飛び越え、観客へ襲いかかる。
「うわああぁぁあああ!!」
突如、目の前に現れた死から観客たちが逃げ惑う。
「はぁ!」
たが、シドは疾風の如き速さで追いつくと次々と斬り伏せていく。
これはグレイシアがシドに与えた魔剣の効果で所有者の魔素に反応し、その俊敏性を上げるというもの高速の刺突技である突貫波と相性が良い。
だがその分、魔素の消費が激しいのが難点でそれをどう上手く調節出来るかが重要になってくる。
「はぁ……はぁ……」
「シド疲れるの早くない……かっ!」
爆散弾を撃ちながらグレンがボヤいた。
「後は頼んだ……魔素の調整が難しいんだよ……」
「面倒臭えが……仕方ねえな。やってやるよ!」
息も絶え絶えのシドにそう言うとグレンは決死の覚悟で襲いかかってくる1人の観客に拳叩き込んだ。
「爆裂!」
拳を叩き込まれた観客は至近距離での爆発で息絶えた。
にも関わらずグレンの腕は無事だった。
その秘密はグレイシアが与えた籠手にあった。
この籠手は魔素を伝えると同時に魔素に耐性のある緋色金を用いて作られた特別性でグレンの苦手な近接戦を爆裂の打撃でカバーする役割がある。そして、他にも様々なギミックが仕込まれており、用途は多面に渡る。
一方のジョナサンは自分の前に異空間を作り出し、狙う対象の背後にも異空間を作り出し、その二つを接続する。
そして、自分の異空間へ拳銃を撃ち、命中率を100%にするという芸当をしていた。
この拳銃は魔素による弾丸を作ることが出来るため、異能力で主に戦い魔素を温存し易いジョナサンと相性の良い代物だった。
その隣ではアリスが矢筒に手を回すと弩弓を引き、次々と矢を放っていた。
命中率は悪いがアリスの怪力により、放たれる巨大な矢は一撃一撃がかなりの威力となっており、掠っただけでも腕がもげる威力となっていた。
この矢筒もジョナサンの拳銃同様、魔素で矢を生成できるため、魔法を使わないアリスと相性が良かった。
4人の攻撃で次々とやられていく観客たち。標的の者たちもほとんどがやられて残るは2人だけとなっていた。
「もうすぐだっ!もうすぐ出口だ!」
「ああ!早く走れええ!」
残る標的の2人を先頭に観客たちが出口へと走っていく。もうすぐでこの地獄ともおさらばなはずだった。
上へ続く階段は閉められ、その前に大きい男と小さい男の凸凹コンビが門番のように立ち塞がっていた。
「行くぜアーロン」
「おうよライオネル」
2人は同時に飛びかかった。
観客たちは逃げようとするも間に合わない。
1人は宙に浮いたアーロンの短剣で串刺しにされ、もう1人はメリケンサックを着けたライオネルの拳を脳天に喰らい絶命した。
それからしばらく6人と一体は暴れ続け、標的を全員殺したいところで殺戮を止めた。
「うっ……」
シドが周囲の赤く染まった凄惨な光景に吐き気を催し、蹲る。吐くことはしなかったようだが、精神的に応えたようだ。
「シド大丈夫かー?」
蹲み込んだグレンがシドの背中を摩る。
「もう……大丈夫だ。グレンは大丈夫なのか?」
「お前ほどじゃねえけどちと辛えな」
グレンは顔を顰めた。背後の4人も浮かない顔をしている。
戦闘中はアドレナリンのおかげで興奮していたためか何も感じなかったが、終わって冷静になるとこみ上げてくるものがある。
シドは手を見つめた。手には人を斬った時の独特の感触が未だ手に残っており、思い出そうとするとまた吐き気を感じる。
シドはそれを振り捨てるように頭を振るう。
これからもこのようなことをし続けなければならないのだ。慣れなくてはいけない。
「な、何なんだお前たちはっ!こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
腰を抜かした観客の男が震える声で喚く。
標的でなかったため運良く生き残った数少ない1人だった。
「だったらどうする?警邏にでも駆け込むか?お前もただじゃ済まないぞ?」
グレンの言葉に男が尻込む。
この闘技場は明確な法律違反。主催者ではないと言えど関わっている以上何らかの処罰が下されるのは確実だ。
男の素性は分からないが恐らく貴族。
そうなってしまうと自分の家名に傷が付いてしまう。
故に男はこのことを口外するわけにはいかないのだ。
すると壁が破壊され、そこへできた穴から風鷹が顔を覗かせる。合成獣を暴れさせた後、外に出たシルヴァーナが呼び出し、突撃させたのだ。
「ひいっ!お前たちは一体何者なんだ!?」
男がせめてもの抵抗で名前を訊き出そうとする。
「俺たちは革命軍。この国に革命をもたらす者たちだ」
そう言うとシド、アリス、はシルヴァーナの乗る風鷹(フレースヴェルグ)にグレン、ライオネル、アーロン、ジョナサンは合成獣に跨ると飛び去っていった。
「革命軍……」
男はそう呟くと動かずに固まっていた。
………………………………………
「…………っ〜!」
華麗に台詞を決めて立ち去っていったシドだったがフレースヴェルグに乗る青年の母は真っ赤に火照っていた。
「何なんだよあのキザな捨て台詞は……」
シド最後にノリで言った「俺たちは革命軍。この国に革命をもたらす者たちだ」という捨て台詞を思い出し、恥ずかしがっているのだ。
「まあ、いいんじゃねえの?名前素直に答えるわけにいかねえし」
「か、かっこよかったしね!」
ライオネルとジョナサンがフォローするもシドは未だ顔を手で覆ったまま俯いており。
―自分で言っておいて勝手に恥ずかしがるなんて面倒臭え……
グレンは心中で呟いた
「なあ、シルヴァーナ。この合成獣ってどうするんだ?」
自分が跨る魔獣を見てアーロンは尋ねた。
「このまま私の使い魔にするよ」
「マジか!やっぱり強いから?」
「それもあるし、合成獣って野性でいないし」
合成獣は複数の魔獣の遺伝子を掛け合わせて作られる魔獣で自然界には存在しない生物だ。
唯一の例外があるとすれば魔獣の祖の一柱であるエキドゥナが生み出した原初合成獣だけであり、これを参考として錬金術で合成獣が作られたのだ。
使い魔はスカンディナビア関連の魔獣しか使役しないという誓約を勝手に課していたシルヴァーナがそれを破るのだから相当珍しいのだろうとアリスは思っていた。
「ねえ、そう言えばグレイシアさんってどこ行ったの?」
シルヴァーナがふと言った。
「そう言えば……どこに行ったんだ?アリスは直前まで一緒にいたけど知らないか?」
シドの問いにドレス姿のアリスは首を横に振った。
「あいつのことだ。きっとどさくさに紛れて先に脱出したんだろうよ」
ライオネルが確信を持った様子で言うとシルヴァーナがジト目で見つめてくる。
「何だよ?」
「ライオネルってさ、グレイシアさんに敬語使わないよね?まだ嫌いなの?」
「最初タメ口で話していたからそこから敬語に変えるのが気持ち悪いだけだよ。あいつが気に食わねえとかじゃねえよ」
「それでもさあー、タメ口ってあんまり良くないよ。ね?アリス」
「はい!目上の人にはちゃんと敬語で話すべきだと思います!」
「アリスまで」
いつになく力強く言うアリスにライオネルは気圧される。
「あ!あれ!」
ジョナサンが突如、声を上げて指を差した。その方向には海軍部隊の船が泊まっており、船上では既に到着していたグレイシアが待っていた。
皆はそれに違和感を持たなかったがアリスは帰るのが早過ぎると感じていた。
いざとなったら助けに入ると言っていたため、最後まで残ってくれるのだろうとアリスは勝手に思っていたがどうやら途中で帰ったらしい。
その理由が手助けなんて必要ないと感じたというのであればいいなとアリスは思った。
そして、魔獣に乗った7人が降り立つ。
「おかえり」
グレイシアは最初にそう呟いた。無表情だがその様子はどことなく子の帰りを喜ぶ親に似ていた。
「その様子だと任務は達成したようだな」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
7人は一斉に返事をした。
「よくやったな。そしてお疲れさん」
グレイシアがそう言うと7人は満足そうな表情を浮かべた。
初めてグレイシアに認めて貰えたそんな気持ちになったのだ。
「じゃあ帰ろうかお前たち」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
その返事を聞くもグレイシアは踵を返し、歩いていく。俯かせたその表情は満足げに微笑んでおり、7人はその背中を追いかけた。




