第15話-1 初任務①
翌日、グレイシアたち遊撃部隊員は昼には出港した。
その間、グレイシアは7人に今回の作戦の内容を確認する。
「標的は前にも言った通り7人。」
そう言うとグレイシアは標的たちの肖像とプロフィールの載った紙を配る。
「こいつら7人が主催している舞踏会では普通ではない。屋敷の地下に格闘技場のようなものがあってなそこで拐って来た人々を殺し合わせたら魔獣と戦われたりしているのを娯楽としている連中だ。故に何も罪悪感を抱く必要はない」
標的の肖像を見せたグレイシアはそう釘を刺すように言った。
つまり、グレイシアは躊躇いなく殺せと言ったのだ。
「ああ、望むところだよ」
ライオネルが紙をぐしゃりと握りしめた。連中の所業に激しい怒りを抱いているのだろう。
それは他の6人も同じで鋭い目つきで肖像を見ていた。
「まずどう潜入するかだが、俺はアリスと貴族として、シド、グレン、ジョナサンは誘拐されてきた参加者として、ライオネルとアーロンは警備兵として、シルヴァーナは飼われている魔獣の飼育係としてそれぞれ侵入してもらう」
「でも、どうやって侵入するんですか?」
シドが当然の疑問を呈する。
「そこは今から説明する。警備兵は一定時間おきに交代するんだが、交代のタイミングの本物を殺して死体を隠してからアーロンとライオネルがすり替わる。この時、シルヴァーナも中に侵入し、本物の飼育係と入れ替われ。2人は俺とアリスが来た時、招待状を見せるフリをしたら通せばいい」
こうすることで入る時、他の貴族に怪しまれることはない。
「シド、グレン、ジョナサンは俺が誘拐してきた参加者ということで侵入する。観戦者には戦いに参加させる者を連れてこなければならないというノルマがあるからな」
異様な舞踏会の全容が見えてきたような気がした。
主催者の7人が観戦者を集わせてその条件として参加者を誘拐させる。そうすることでこの舞踏会を成り立たせているようだ。
反吐が出るほど不快だ。
「作戦開始は舞踏会が始まった直後に行う。最初の参加者であるシド、グレン、ジョナサンが現れると同時にシルヴァーナが魔獣たちを暴走させる。それが作戦開始の合図だ。後は好きに殺せ。他の連中も巻き添えにして構わん。どうせ同類での下衆共だ」
その科白には心からの侮蔑が込められており、そういう人間を殺すことに対して微塵の葛藤も感じさせないグレイシアの価値観が現れていた。
普通ならばどんな悪人だろうと人を殺す場面に直面した時には忌避感を覚えてしまうものだ。
繰り返すことで慣れることも出来るかもしれないが、グレイシアの場合、最初からそういう忌避感を抱いていなかったのではないかと思わせていた。
それは先程言っていた悪人を殺すのに罪悪感を抱く必要はないという旨の質問からも明らかだった。
ここで7人は急に不安に襲われるがそれを紛らわせるようにグレイシアの言葉に耳を傾けた。
「魔獣が解き放たれる少し前にアーロンとライオネルは屋敷内に入って地下格闘場から地上への扉を閉めてその前に立っておけ。そうすることで例え屋敷から逃げようとしても地下に閉じ込めることが出来る。そして、どうやって逃げるかだが、鍵はシルヴァーナとジョナサンだ」
その言葉にシルヴァーナとジョナサンは頷いた。
「シルヴァーナは風鷹でジョナサンは異空間で脱出経路を確保しろ。俺は自力で脱出する。いいな?」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
7人は不安を打ち消すような大きな声です返事をした。
するとそれを見抜いたグレイシアが口を開いた。
「もし、殺すのを躊躇ってしまった時はそいつを殺す理由を考えるんだ。例えばそいつが今までしてきたこと、そいつを殺せなかったことでそいつがこれからも多くの人々を苦しめるということだ。そう思えば目の前標的を殺さずにはいられなくなるぞ」
グレイシアは笑うでもなく諭すように言い聞かせように言った。
「ただし、それを間違ってはいけないぞ。お前たちはこれからも多くの人間を殺すことになるだろう。だからこそ殺す命を間違えるな。殺すべきではない人間に対しても自分本意な理由を付けて殺してまえばそれはやっていることは虐殺者とそう変わらん。だから、お前たちは間違えるなよ」
しっかり目を見据えられた7人はその目に吸い込まれながら再び今度は恐れの混じっていない、ただ大声で叫ぶ返事ではなく、自分の意思を持った返事を返した。
………………………………………
その後、港に着くと各々行動を開始した。
まず、グレイシアとアリスは衣装と化粧で着飾り、髪を整えた。
着飾ったグレイシアの印象は貴族というよりは白馬の王子様と称するに相応しい優美な風貌で思わずアリスは見惚れてしまう。
「どうした?アリス」
「い……いえ何も!」
「?そうか。それにしても様になっているじゃないか」
対するアリスも普段の暗鬱とした雰囲気から華やかさを纏った印象になっており、貴族の娘と言われても違和感を持つ者はいないだろう。
「そうでしょうか……わたし、こういうの着たことなくて……」
不安げに俯くアリスの頭にグレイシアが手を置く。
「えっ?」
「大丈夫。お前は綺麗だ」
その言葉にアリスは顔から湯気が出るほど赤くすると顔を押さえ蹲ってしまう。
「どうした、大丈夫か?少し休んでからいくか?」
「大丈夫です……」
そんな2人のやり取りを背後で眺めていたシド、グレン、ジョナサン、アンはどこか呆れたような視線を送っていた。
「何しているんですかね……」
「何なんだろうね……」
グレンとジョナサンが顔を見合わせる。
「意外とグレイシア君ってああいうところってあるの?」
「さあ、僕もああいうところは初めて見ましたが……」
アンの問いかけにシドは曖昧な返答で返した。
「でも、ああいうのはズルいよね〜」
アンの科白に一同は深く頷いた。
その後、3人は箱に武器と共に詰められるとグレイシアとアリスが乗る馬車の後ろへ積められた。
そして、グレイシアとアリスが出発する。
屋敷に着くと既に本物となり変わった鎧姿のライオネルとアーロンがおり、招待状を見せるフリをして入る。
そこへ、屋敷の使用人と標的である男の1人が出迎えに来た。
「お久しぶりです。参加者は後ろの馬車にいますので連れて行ってあげて下さい」
「ああ……はい、ようこそお越しくださいました。どうぞ楽しんで行ってくださいませ」
男は見覚えのないグレイシアとアリスに戸惑った様子を見せたが余りにも堂々とした挨拶に加えて参加者まで用意していたため部外者と疑わずに通した。
一応舞踏会ということなので地下へ降りる前に2人はファントムマスクで顔を隠した。
降りる途中、ふと横を見ると不安と緊張からかアリスが微かに震えているのが分かった。
「大丈夫か?」
「……はい」
強がっているのは見え見えだった。
柄にも合わないと思いながらグレイシアはアリスの手を取ると優しく握った。
「……え?」
「安心しろ。いざとなったら俺が助ける」
今回の任務には遊撃部隊に実戦経験を身につけさせるという目的もあったのでグレイシアは手を出さないつもりでいた。だが、失敗は許されないのでグレイシアはいざとなれば7人のフォローする気でいたが言ってしまえば緊張感がなくなってしまうと考えたので言うつもりはなかった。
しかし、それを言ったことでアリスの震えが収まっていくのが分かった。
「ありがとうございます……良ければこのまましばらく手を握っていて貰えませんか?」
これにグレイシアは断るつもりでいたが、知らぬ間に「分かった」と口にしていたため、そのまま手を握ることになった。
そして、地下に降りるとそこには既にグレイシアたちと同じくファントムマスクを着けた観戦者たちがいた。
格闘場の造りはグレイシアとアリスがいる場所から見下ろすように広間のような空間が広がっており、そこが戦わせる場となっているようで魔獣の爪跡や飛び散った血潮の跡が生々しい雰囲気を醸し出していた。
「グレイシアさん……1つ、宜しいでしょうか?」
「何だ?」
少し前までまともに話すことも出来なかったアリスが自分から話かけてくるとは。グレイシアは内心驚きながら返事をした。
「グレイシアさんはわたしが怖くないんですか?」
「……何でだ?」
質問の意図が分からずに反応が遅れてしまったグレイシアが尋ね返す。
「わたしの体質です。……わたしの怪力は知っていると思いますが先天的なものではなく後天的なものです。そしてそれは鍛錬によって手に入れたものではありません」
誰にも話したがらなかった過去のことに繋がる話題について話し始めたアリスにグレイシアはまたも驚かされる。
「その原因はわたしの身体に流れる特殊な魔素です。そしてその魔素はわたしの意思に反して活動することがあります。つまり、私は力の制御が出来ません」
「つまり、それで皆を傷つけるのが怖いと言うことか」
グレイシアが先に言うとアリスは黙って頷いた。
恐らくアリスが力を手に入れたのは孤児院が襲われた時だ。その時、襲撃者によって何かされたかそれがきっかけで力が覚醒したのかのどちらかだろう。
そして、その時アリスは大切な誰かを殺してしまった。
これが彼女のトラウマの理由なのだろうとグレイシアは推測した。
その力の正体も気になるが今はその時ではない。
アリスのために不安を取り除いてあげなければ。
「悪いがそんなことにはならない」
グレイシアはきっぱりと言い切った。
「……えっ?」
「俺を誰だと思っている?万の軍を1人で相手取り、1人で戦争を終結させ、多くの強者を屠ってきた彼岸の死神だぞ。そんな奴が簡単にやられると思うか?」
グレイシアの急な強気な科白にアリスはポカンとしている。
「お前が暴れても俺が絶対に止めてやる。彼岸の死神の名にかけて」
グレイシアがそう言うとアリスは言葉が徐々に染み込むように頭の中に入ってゆくとポロポロと涙を流し始めた。
「ありがとう……ございます……」
下を向き、声を殺して泣くアリスの背中を優しく摩る。
「お前が自分の力を制御出来るように付き合うし、あいつらも強くなれるように俺が鍛える。だから何も心配するな」
その後も泣き続けるアリスの背中をグレイシアは何も言わず摩り続けた。




