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第12話 ヴァルハラへ

 数々の(トラップ)を乗り越え、グレイシアの放った刺客悪の爪(マレブランケ)をも倒した7人は満身創痍でお互いに肩を貸しながら歩き続けていた。


 「なあ、シルヴァーナ。お前の風鷹(ヴェルスフェルニル)で一飛びできないの?」


 「無理だね。フレーズヴェルグも疲れ切ってるし、そうじゃなくてもこの大人数は難しいよ。でも、ライオネル放っていったら大丈夫かも」


 「そっか……ならそうしよう」


 「おい!」


 アーロンとシルヴァーナのボケにライオネルが突っ込むがその声にはいつもの覇気がない。


 だが、少しばかり疲労の満ちた雰囲気が弛緩した。


 「しかし、ライオネルは何してたんだ?」


 「ああ、少し専用の訓練を受けていてな。それで遅くなった」


 ライオネルの回答にシドは頭に疑問符を浮かべる。


 「おい、それってどういう……」


 「あっ!皆、あそこ!」


 シドの問いかけをジョナサンが遮る。


 ジョナサンが指差す方向にはグレイシアが腕を組み佇んでおり、7人の到着を待っている。ちなみに格好は彼岸の死神の衣装ではなく、いつもの黒いコートだ。


 「グレイシアさ〜ん……着きましたよ〜……」


 シドはグレイシアに情けない声で呼びかける。


 その姿を見たグレイシアは口角を吊り上げた。


 それにつられるように一同の張り詰めていた気が緩む。


 アリスを除いて。


 アリスはグレイシアの笑みに邪悪なものを感じ取ったのだ。


 もしかしたらまだ何か(トラップ)があるのかもしれない。


 アリスはそう思いまわりを見渡すがそれらしき物はなく地面にも落とし穴のような穴を掘った跡も何もない。


 やはり杞憂だったのだろうか?


 そう思うもすぐにその認識を改める。


 地面から微かだが、黒い火の粉が迸っているのだ。

悪の爪(マレブランケ)のルビカンテが使っていたのと似ている気がする。


 そう判断するとアリスの行動は迅速だった。


 アリスは担いでいたアーロンとシルヴァーナの肩を離すと弓を構えた。


 「おわっ!」


 「えっ!?」


 驚く2人を余所目にアリスは矢を放った。


 放たれた矢は地面を通過していくように消えた。そして、矢が消えた場所の地面が段々と変色してゆき、遂には黒炎燃え盛る落とし穴が現れた。


 「うわぁ!」


 ジョナサンが思わず尻餅を着く。このまま進んであの穴に落ちることを想像したのだろう。


 「ほお、アリスが土壇場で気付いたか」


 グレイシアが愉快げに笑みを深めた。


 「いいだろう。合格だ」


 そしてパチパチと手を叩く。


 「テメッ!オレたちが気づかなかったらどうしたつもりだよ!」


 「安心しろ途中でハンモックを仕掛けてある。そうなった場合はジョナサンの異能力で上がってこい」


 ライオネルの怒声へグレイシアは涼しげに返した。


 「それで本当に助かったんだろうな……」


 「大丈夫だ。……多分な」


 「今多分って言わなかったかコイツ!?」


 「まあまあ、落ち着けライオネル。結果そうならなかったんだからさ」


 シドがライオネルを宥めた。


 「どうなっていたのですかこの落とし穴。森林の中にあった落とし穴と違って痕跡もなくて……」


 アリスが恐る恐る尋ねる。


 「これは俺の異能力彼岸(アナザー・ワールド)の1つ、地獄第六階層獄炎の深淵(インフェルノ・アビス)だ」


 「それがこの落とし穴の名前なんですか?」


 シルヴァーナが訊いた。


 「そうだ。この穴は元々存在していたという前提で地中に現れ、幻術により、自身を隠すという特性を持っていてな。だから、穴を掘った後も形跡もなかったという訳だ。これは(トラップ)に慣れている一流の冒険者でもそうそう見抜くことは出来ん」


 つまり相手を確実に殺せると言っていい(トラップ)


 そんな物が仕掛けられていたのかと思うと7人はゾッとした。


 「まあ、これは悪戯心だったからな気付かなくても合格にはしていたが」


 「どんな悪戯心だよ!?」一同はそう叫びたかったが生憎そんな元気はもう残っていない。


 「ということでお前たち、よくやった!」


 グレイシアは笑った。


 褒められたのもグレイシアの純粋な笑顔を見たのも初めてであった。


 そして、ようやく終わったのだと地面に倒れ込む。


 「正直悪の爪(マレブランケ)たちと対峙することもさえ出来ないと思っていたが、どうやらお前たちは本番に強いタイプらしいな」


 グレイシアはしみじみと言うが7人の耳には届いていない。


 「これを踏まえて明日も訓練に励んでもらう」


 その言葉に一同は今日のような厳しい訓練があと一週間続くということを思い出し、気を滅入らせた。


 「そしてお前たち、19時に遊撃部隊の部屋に来い。夕食を食べるぞ」


 昼食以外は普通、食堂で食べるのではないのか?


 そんな7人の疑問を余所にグレイシアは去っていった。


 ………………………………………


 2時間後、シャワーで汗を流し、暫し休息を取った7人は部屋に向かっていた。


 「でも、何で食堂じゃなくてわざわざ部屋で食べるんだ?」


 「さあ、交流を深めようとかそんなんだろ?」


 シドの疑問にライオネルがぞんざいに答えた。


 「それなら食堂でも良くない?それにセタンタさんならともかくあの人は『馴れ合いは他所でやってくれ』って言うタイプだと思うし……」


 「そんな面倒臭く考えなくても行ったら分かるだろ」


 「それもそっか」


 グレンの言葉にシルヴァーナが同意する。


 そんな会話をしながら7人は指定された時間通り、部屋に辿り着き、シドが扉をノックした。


 「遊撃部隊隊員全員到着しました」


 「よし、入れ」


 グレイシアの許可が降り、扉を開けた。


 そして、一同の目の前に広がったのは色とりどりの料理だった。


 テーブルクロスが敷かれた机の上に肉料理や魚料理、麺料理にデザートと7人でも食べきれないほどの種類と量の料理が芳しい香りを漂わせている。


 「何だこれ……」


 「めっちゃ美味しそう……」


 一同は早速料理に釘付けになっており、ライオネルに至っては今にも食らいつきそうである。


 「どうだ、中々の物だろう?」


 声のする方にはグレイシアがどうだの言わんばかりに腕を組んで佇んでいた。入ってまず料理に目がいってしまったため、気が付かなかったのだ。ちなみに服装は黒を基調とした料理人風の物となっている。


 「これ、全部グレイシアさんが作ったのかよ?」


 「当たり前だ。俺が料理組合に所属しているのを忘れたか?」


 訊いてきたアーロンに不遜にグレイシアは笑った。


 「あの……これって食べても……」


 ライオネルが涎を垂らしそうな勢い且つ、いつもでは考えられないほどの低姿勢で尋ねてくる。


 「ああ、いいぞ」


 その言葉に一同は一斉に料理に飛びかかる。


 「ただし!」


 しかし、グレイシアの声で途端に静止する。


 「ちゃんと座ってから食べろ。マナー等はお前たちに期待しないがそれくらいはしろ」


 その言葉に一同は一斉に席に座ると食事に手を伸ばす。唯一アリスだけは落ち着いて席に座った。


 出された料理はどれも今まで味わったことのないほど美味だった。


 一同は取り憑かれたように貪り食い、グレイシアはその光景を愉快そうに見ていた。


 そして、料理を食べ終わるとアリスを除く7人は余韻に浸るように椅子にもたれかかり、襲ってくる睡魔にウトウトしていた。


 「隣座るぞ」


 そこへグレイシアがアリスの横に座ってきた。


 気の弱いアリスはそれを拒めずにオロオロとする。


 「どうだ、メシは美味かったか?」


 「はい、とても」


 だが、その質問にはハッキリと答えた。


 1人だけ落ち着いて、食べていたため口に合わなかったのではと思ったが違ったようだ。


 「何が美味かった?」


 「はい、ラーメンという麺料理が初めて食べたのですが、とても美味しかったです」 


 「それは良かった。今回は時間がなかったから簡単な調理だったが今度はもっと手間のかかったやつを食わせてやる」


 ここでアリスの過去を訊き出し、距離を詰めようとすることも可能だがグレイシアは焦らず、そのまま会話を続けた。


 ………………………………………


 次の日からも厳しい訓練は続いた。


 シド、ジョナサン、ライオネル、グレン、アーロン、シルヴァーナ、アリスは途中挫けそうになりながらもグレイシアが出してくれる豪華な夕食を心の支えにして訓練に挑み続けた。


 そして、その成果は着実に出ていた。


 シドは剣技に磨きをかけ、ジョナサンは異空間の操作と新たな応用を生み出し、ライオネルは魔素(マナ)調整に磨きをかけ、グレンは次々と新たな爆裂系魔術を修得してゆき、アーロンは力を逃さない短剣の扱いを身につけ、シルヴァーナは魔獣をペットではなく戦いにおける相棒であることを意識した訓練を続け、アリスは弓の腕を着実に上げていた。


 こうして時間はあっという間に過ぎ去ってゆき、遂に作戦の前日の日になった。


 「突貫波(クラッシュ・ウェーブ)!」


 「衝拳(ブレイク・フィスト)!」


 シドとライオネルが同時に攻撃を仕掛ける。


 この6日で連携も取れるようになってきた。


 「地獄の大鎌(デスサイズ)


 しかし、2人攻撃はグレイシアによって弾かれる。


 グレイシアの得物も刀からデスサイズに変わっている。これは7人がそれだけの成長を遂げことを意味していた。


 「よし、ここで一旦休憩だ」


 一同は座り込み、朝を拭うと水を飲む。


 疲れてはいるが初日ほどの辛さはない。着実に強くなっているのを7人は実感していた。


 グレイシアはそんな7人を見て頷いていた。


 ―何とか許容範囲には持っていくことが出来たな。


 まだ理想とは程遠いがグレイシアの飴と鞭の死して行く勇士の楽園(ヴァルハラ)式トレーニングは功を奏した。


 あとは本番でやるだけだが、こいつらなら大丈夫だ。グレイシアはそう信じていた。


 「こんなところで何をしているんだ?」


 そこへ背後から声がかけられる。


 背中を取られたことに多少の驚きを感じつつグレイシアが振り返るとそこには黒く長いコートに身を包み、頭には角が生え、右手の甲や頬が黒い鱗に覆われた青年がいた。


 「ジーク殿?」


 革命軍(リベリオン)最強と呼ばれる空挺部隊隊長半竜半人(ドラゴンニュート)のジークが大剣を肩に担ぎ佇んでいた。


 「どうしたのですか?こんな所へ」


 グレイシアは仮面を被っておいて良かったと思いつつジークに尋ねる。


 「たまたま通っただけだ。それと敬語は止めてくれ。あんたの方が年上だ」


 「そうか。では、そうする。何をしているかだが明日は遊撃部隊初任務の日でな。それに備えた最終調整で俺と直接模擬戦闘を行なっていたところだ」


 「そうか。遊撃部隊は壊滅状態に陥っていたからな。再稼働してくれるのは有り難いことだ」


 2人は淡々と会話をしているがその光景に遊撃部隊一同は息を飲んでいた。


 何せ最強の暗殺者と革命軍(リベリオン)最強が揃っているのだ。それだけで圧を感じると同時に何かが起こりそうな予感を7人に感じさせていた。


 「しかし、模擬戦闘と言ったか?なら、少しおれも混ぜてくれないか?」


 ジークが不穏な科白を口にする。予感が的中したような気がした。


 「というと?」


 「彼岸の死神と直々に戦える機会などそうない。おれの実戦訓練の相手になってくれ」


 そう言うとジークは肩に担いでいた魔剣バルムンクを降した。


 「いいだろう。あまり無理は出来ないが」


 「それでいい。お互い大怪我をしない程度にやろう」


 突如、最強と称される2人の模擬戦闘が始まることになってしまった。


 7人はそのことに目を白黒させると同時に「これからどうなってしまうのだろう」という漠然とした不安を抱いた。

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