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第9話 暗殺者の理念

 無事に任務を終え、船に戻ったグレイシア行きと同様、船の外で波風に当たりながら感慨に浸っていた。


 ―青薔薇の騎士団。


 ―懐かしい名だと感じた。


 ―あの者たちはどうしているのかと思った。


 ―大切なものを奪われた彼らは。


 ―やはりリチャードのように自分への復讐を糧に生きているのだろうか?


 ―そう考えるもすぐに大丈夫だろうと断じる。


 ―彼らはきっとアレクサンダー・ペンドラゴンの意思を受け継いで生きている。


 ―それは噂を聞いただけでも分かることだ。


 ―しかし、それを好ましく感じると同時に愚かしくも感じる。


 ―彼らのやり方では―アレクサンダー・ペンドラゴンのやり方では国を変えることは出来ないだろう。


 ―しかし、それに気づいていながら彼らは止まらない。止められないのだ。


 ―だから、俺が利用してやるのだ。


 ―俺のやり方でお前たちが成そうとしていることを成し遂げてやる。


 しかし、グレイシアの思考はアンが腕に絡み付いてきたことで中断させられた。


 「約束通りアナタの好きな物も仕入れてきたよ」


 「ああ、ありがとう……」


 「じゃ、昼間の続きしよっか♪」


 こうしてグレイシアはリベリオン島に辿り着くまでアンの誘惑に晒され続けた。


 …………………………………………………


 ここはシオン王国王都キャメロット。平民が住まい冒険者組合(ギルド)などがある東都、上流階級が住まいシオン王国魔導学園などの学校や学生寮などの学生街のある西都、商店街や繁華街にブラックマーケット、公営賭博場、娼館など金が入り乱れる経済の中心地南都、王族の住まうルース城や公的機関が存在する北都に区分され、地下に水道管が張り巡らされ、蒸気機関車も整備されており、周囲は城壁と騎士たちに守られている世界最高の都市である。


 そんな北都にて陸軍省に所属する青薔薇の騎士団所有の青薔薇の城砦の一室にて1人の青年を円卓へ座る11人が囲んでいる光景があった。


 囲まれている青年は獅子王子リチャード。しかし、れっきとした王族である彼が額に冷や汗を浮かべ俯いている状況を見る者が見たら卒倒してしまうだろう。


 王族とは時には神同然に扱われる崇敬の対象。それはシオン王国でも同様である。


 行われている会議の内容はリチャード王子の処遇を決定するものであり、つまりこの11人にはその存在をこのように扱える程の権限があることを意味している。


 「ペンブルック卿の制止も聞かず民の安全を無視した行動に走ったリチャード王子の罪は重い。私は騎士団からの除名を進言する」


 そう言ったのは金髪の彫りが深い顔立ちの青年アグラヴェイン・モノフタルモス。青薔薇の騎士団第六席の地位にあり、シオン王国初代国王の分家であるモノフタルモス公爵家の次男である。騎士団では政治的役割を果たす文官のような存在だ。


 「お待ち下さいアグラヴェイン卿!」


 騎士団からの除名に焦りの表情を浮かべたリチャードが悲痛な叫びを上げる。


 「リチャード様、静粛に」


 アグラヴェインの出す言葉とともに漏れ出す圧にリチャードは押し黙る。文官としての働きが多いアグラヴェインだが、その実、剣にも優れ、数々の修羅場を潜ってきた強者である。


 「止めなさいアグラヴェイン」


 アグラヴェインを窘める声がかかる。


 「何故でしょうか兄上?」


 アグラヴェインが兄上と呼ぶ人物に目を向ける。


 「王族に対し、その態度は決して好まれるものではないだろう?」


 そう言うのはアグラヴェインの兄であり、青薔薇の騎士団最高戦力の1人であるガウェイン・モノフタルモス。礼儀にうるさく、一度決めれば自分のこと意思を曲げない性格だ。


 「お言葉ですが兄上。私の先程の発言は王族であるリチャード様を軽んじてでの発言ではございません。アレクサンダー殿が作った青薔薇の騎士団の規則に則った発言です」


 その言葉にガウェインは押し黙る。アグラヴェインは頭が回る上、アレクサンダーの名前を出されては太刀打ち出来ない。


 「席次というものこそございますがこの円卓からも分かる通り我々の立場は平等であります。そして、それは王族でも関係はありませぬ。私は平等な立場からの物言いしただけでありますし、きちんと敬称を付けて呼ばせて頂きました。何か問題がありますでしょうか?」


 「それでもだ!あの態度は人にするものではない!」


 ガウェインが円卓を叩くと激しく揺れる。


 恐らく続けてもガウェインは意思を変えないだろうとアグラヴェインは判断した。


 これ以上無駄な時間を割く訳にもいかないと感じたアグラヴェインは頭を下げることにする。


 「リチャード様、先程の非礼をお許し頂きたい」


 「いや……構いませんアグラヴェイン卿」


 リチャードの許しを得るとアグラヴェインは頭を上げる。


 「話を戻しますが、兄上はどう思われますか?」


 話は再びリチャードの処遇に戻る。


 「確かにリチャード様は騎士としてあるまじき行動をしたと感じる。しかし、私は仇を討ちたかったという気持ちも尊重したい」


 そう述べる兄をアグラヴェインは鼻で嗤った。


 ―ガウェインは復讐のこととなると周りが見えなくなる癖があるからな。おおよそ予想は出来た返答だ。


 しかし、リチャード様と言い本当に彼岸の死神がアレクサンダー殿を殺したと考えているか?


 私はアレクサンダー殿を殺したのは間違いなく現政権を担うあの宮宰であると思うのだが。


 アグラヴェインはそんなことを考えているとは少しも見せない様子で次の人物に尋ねた。


 「俺は反対だぜ。そんな騎士の風上にも置けない奴をウチには置けねえ」


 そう主張するのは褐色肌の美丈夫である第八席パロミデス・クラテロス。上の立場の者だろうと率直に意見を述べることの出来る豪胆な性格の持ち主で円卓勢唯一のアッラーフ教徒である。


 「(わたくし)は謹慎か降格を進言します」


 比較的良心的な意見を述べた獣人の美青年は第十一席ベディヴィア・ヘファイスティオン。幼年よりアレクサンダーの執事を務めていた過去を持ち、彼の信念を色濃く受け継いでいる人物である。


 その後も様々な意見が出たが会議は紛糾し、終息の様子を見せない。


 そこへ二回、掌を叩く音が鳴らされた。


 「皆、一旦落ち着きなさい」


 皆が目を向ける先いたのは糸目に眼鏡をかけた桃色の髪をした青年風の男アリストステロス・マーリン。青薔薇の騎士団顧問にして、シオン王国魔導学園でリチャードを除く11人の騎士長の教師をしていた国内最高の魔術師である。


 「マーリン先生……」


 「もう意見は十分に出ました。ならそれを騎士団である彼女に訊いてみましょう。どうなんだい?ジャネット」


 そうマーリンに言われたのは白く美しい髪をまとめた美少女ジャネット・ド・ダルク。フランソワ王国から亡命してきたシオン王国初代国王の血を引く名門貴族ダルク侯爵家の息女にしてアレクサンダー・ペンドラゴンの元婦人であり、青薔薇の騎士団現団長でもある。


 ジャネットはその長い睫毛を瞬かせると形の良い口を開いた。


 「決議は……リチャード王子を当面の謹慎に処します。謹慎期間については追って報告致します。その間はウィリアム・ペンブルック卿を騎士長代理とする」


 「分かりました」


 その決議を聞いてリチャードは内心ホッとした。せっかく憧れの青薔薇の騎士団の騎士長になれたというのに除名や降格にされては敵わない。


 場合によってはあまり使いたくない王族の力を使ってしまうことにもなり得ないのだから。


 「それではこれにて解散します」


 ジャネットの号令と共に全員が席を立った。


 「こんなことになってしまうとは……宮廷が圧力をかけてくるやもしれないぞ」


 「それならば真っ向から立ち向かいましょう。謹慎如きでうるさいと。私の方にもコネがありますのでそれらを駆使します」


 「それが面倒だから私は駄目だと主張したのだが……」


 「既に決まったことです。ゴネていても変わりませんよ」


 愚痴を漏らすガウェインをアグラヴェインが漏らす中、リチャードは1人憎しみを滾らせていた。


 ―こうなったのも彼岸の死神のせいだ。


 ―今に見てろよ彼岸の死神!


 ―この恨み必ずや晴らしてやる!


 ………………………………………


 リベリオン島に着いた船からグレイシアが逃げるように降りていく。そして、後にアンも追いかける。


 「ねえ、いいでしょ〜キスくらい〜。顔は見ないから〜」


 グレイシアはアンの喚きを無視し、ズンズン歩いてゆく。


 グレイシアとてキスの経験くらいあるが軽々しくしたいものでもないのだ。


 「ねぇってばー!じゃあこれだけ答えてよーどうしたらその仮面の下見せてくれるのー?」


 これさえ答えれば解放してくれるかと思ったグレイシアは足を止めて振り返った。


 「俺から信頼を得ることだな」


 そう言うと再び去っていく。


 その後ろ姿を見てアンは笑った。


 「絶対見せてもらうんだから」


 そして、リベリオン宮殿へ戻ろうとするグレイシアだったがそこへ何者かが駆け寄ってくるのが見える。


 「グレイシアさーん!」


 それは切迫した顔のアーロンだった。


 「どうした?そんなに俺の帰りが待ち遠しかった?」


 「財務部隊のダングラールさんが……倒れたんだ」


 「……何?」


 これにはグレイシアも驚いた様子を見せる。


 「食事運んだ人が……倒れてるの発見したんだけど……意識なくてみんな大騒ぎなんだ!」


 「……分かった。すぐ向かおう」


 グレイシアは頷くと駆け足で向かう。


 しかし、アーロンは足を止めたまま向かおうとしない。


 「休んでから帰るつもりかー?もう暗いから早く来いよ!」


 「……うん!」


 アーロンは返事をするとグレイシアの後を追いかける。


 しかし、アーロンがすぐにグレイシアを追いかけなかったのは疲れていたからではなかった。


 グレイシアが「分かった」という前、一瞬だけだがその顔が笑っているように見えたのだ。


 ………………………………………


 ダングラールが運ばれている部屋を訪れるとそこには既に治療をしている医療部隊の隊員がおり、すぐにグレイシアも加わった。


 初めはグレイシアに懐疑的だった隊員たちだったがその腕を見るとすぐに認めてくれた。


 症状はグレイシアが来る前から見当が付いてたそうだが、疲労だったのでしばらく休むように起きたダングラールに言ったが時間を取り返さねばと言って聞こうとしない。


 しかし、グレイシアがこのまま仕事を続けてたら死ぬと脅しをかけると渋々従ってくれた。


 グレイシアが薬を処方し、部屋から出るとそこには劉陽と何人かの隊長に財務部隊の隊員たちが待っていた。


 これは彼に人望があるからではなく、彼が死ぬと金の巡りが悪くなるという不安からであろう(人の良い劉陽は違うだろうが)。


 「どうだった?ダングラールくんは」


 「ただの疲労です。しばらく休めば大丈夫でしょう」


 グレイシアが安心させるように言うと劉陽は安堵の表情になったが、各隊長はそれを聞いただけで去ってゆき、財務部隊の隊員はシモン以外は複雑な表情をしていた。


 「薬は処方しておいたので大丈夫ですよ。それでは」


 「ああ、ありがとうねグレイシアくん。遊撃部隊の訓練も頑張ってくれ」


 グレイシアは一礼をすると医療部隊の隊員と共に談笑を楽しむ。


 医療部隊の面々が褒めそやしてくる中、グレイシアは上がりそうな口角を必死に抑えつつ自然な笑顔を作って話していたのは内緒だ。

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