第8話 獅子王子
その高々と名乗り上げた名に民衆が騒めく。
「リチャード!?」
「リチャードって王子の!?」
「それよりも青薔薇の騎士団って言わなかったか!?」
青薔薇の騎士団とは団長であるアレクサンダー・ペンドラゴンをはじめとしたシオン王国魔導学園のメンバーによって創設された近衛騎士団でシオン王国の最高戦力とも称されている。創設直後から多くの功績を挙げ続けたことにより、今では不可侵且つ独立した権力を持つようになり、圧政的な内政を敷いている王国において民衆に寄り添った政治をすることが多いため人気も高い。
そして、リチャードはシオン王国の皇位継承順位1位にして、青薔薇の騎士団の12人いる騎士長の末席であり、その勇猛さから獅子王子の異名を持つ。
「不意打ちとは騎士らしくない卑怯な攻撃だな」
グレイシアは揶揄するように言った。
「不意打ちを基本的な戦法とする暗殺者に言われる筋合いはない。それに正義は勝つことが使命なのだからな!どのような手段も正義の前では許される」
剣先を向けて宣言するように言うリチャードをグレイシアは鼻で笑った。
「何がおかしい?」
それにリチャードが眉をひそめる。
「違うな。正義が勝つのではない。勝った方が正義となるのだよ。それは古今東西の戦争で勝者こそが英雄と称えられていることからも明らかだ」
「そのようなことは認められるはずがない!」
「認めるも認めないもそれがこの世の理だ。現実を直視出来ずに夢ばかり追いかける王子様には分からないだろうがな」
「何?」
その言葉にリチャードは青筋を立てる。
「……貴様に何が分かる……貴様に何が分かる!ペンドラゴン殿を殺した貴様に正義の何が分かる!!」
その言葉に一同はしんと静まりかえる。
シオン王国から最高ランクのS級危険指定犯に指定されている彼岸の死神だが、その理由の一つに国の英雄たる青薔薇の騎士団団長アレクサンダー・ペンドラゴンを殺したことが理由と王国が公表しているのだ。
しかし、この公表にはアレクサンダー・ペンドラゴンが彼岸の死神のターゲットの対象条件と一致しないことから懐疑的な意見も多く、彼がその影響力を疎んだ王国に殺されたと唱える者も少なからずいる。
「そのような男は知らん」
無関心に吐き捨てたグレイシアにリチャードの怒りは爆発した。
「貴様ああああああぁぁぁぁあああああああ!!」
「お待ち下さいリチャード様!」
騎士たちの制止を無視してリチャードはグレイシアへ突進する。そして、黄金の剣を振るうが、グレイシアはこれを防ぐ。
そして、剣戟が始まる。その激しすぎる戦闘に他の騎士たちは援護をしようにも入る隙がない。
リチャードの戦いぶりははまさに獅子奮迅と称するに相応しく、美しさを追求する王族の剣技ではなく純粋な騎士のそれだった。
しかし、グレイシアの技量はリチャード以上だった。リーチのある鎌の特性を生かし、自分の間合いに入らせることなくリチャードの剣技を正面からいなす。その戦いぶりは不意打ちを得意とする暗殺者ではなく、騎士の戦いだった。
「ど、どういたしましょう。ペンブルック様?」
何も出来ない騎士たちが尋ねたウィリアムより一回り年上と思われる騎士はウィリアム・ペンブルック。名家ペンブルック伯爵家の出でウィリアムの副官を務める従騎士長である。
かつては剣の才能がありながらも妾の子として冷遇されていた過去があったが、それを憂いた前国王により、リチャードの剣術指南役に抜擢された。
そして、リチャードの青薔薇の騎士団の入団と同時に自身も入団、主人を支え続けた。
剣の実力はリチャード以上と称され、国内外でもウィリアムと言えばウィリアム・ペンブルックと言われるほどその名は知れ渡っている。
「援護をしようにも今は無理だ。隙を見計らいつつ待機だ」
ウィリアムは冷静に指示を出しつつ不安を抱いていた。
確かにリチャードの剣の腕は自分には劣るものの国内随一だ。
しかし、彼岸の死神の実力はそれ以上に思える。
一刻も早く助太刀しなければと思いつつもウィリアムはその光景にどこか既視感を覚えていた。
………………………………………
激しい剣戟は苛烈さを増して続いていた。
街を縦横無尽に駆け回りながらの戦闘。
グレイシアは一応周囲に気を遣いながら戦っているがリチャードは戦闘に夢中で周りが見えてないように見える。
「くっ……!」
自分の剣技が通用しないと悟ると後ろへ退がる。
ここまで自分が剣技で圧倒されるのはあの人以来かもしれない。
「だが、負けるわけにはいかない!」
リチャードは叫ぶとアレクサンダーの形見である剣エクスカリバーに魔素を込める。するとエクスカリバーの刀身が輝き始め、その光は次第に大きくなっていく。
「まさかこいつ……この状況であれを使うつもりか!」
グレイシアの背後には民衆たちがいる。ここで使って仕舞えば巻き添えだ。
「いいのか?ここでやれば後ろの連中も巻き添えだぞ?」
グレイシアが挑発するよう呼びかけるも無反応。
どうやら本当になにも見えてないらしい。
「リチャード様!止めるのです!」
ウィリアムも制止の言葉をかけるもリチャードは止まらない。エクスカリバーを下に構える。
「これはマズいぞ……」
グレイシアは民衆を救うため、デスサイズを横に構える。グレイシアが魔素を送ると鎌から禍々しいオーラが漏れ出す。
「死ね!至高天へ至る聖剣ーーーーーー!!」
黄金の刀身に収束された魔素が一気に放出されることで斬撃波となって襲いかかってくる。
しかし、グレイシアも負けじとデスサイズを振るう。
「地獄の大鎌!」
デスサイズから放たれた一撃は黒い炎を纏い、まるで斬撃に合わせたかのような三日月型だった。
そして、二つの斬撃がぶつかる。
斬撃はすぐになくならず拮抗し、立っているのもやっとのほどの激しい突風を生み出す。
「皆!足腰に力を入れろ!吹き飛ばされるぞ!」
ウィリアムが騎士たちに呼びかける。
突風は重装備の騎士たちを引きずり、屋根の煉瓦を吹き飛ばした。
そして、ぶつかり合った斬撃は空中で爆発し、相殺されると一層激しい突風を巻き起こし、遂に騎士たちを吹き飛ばし出す。
「馬鹿な!?エクスカリバーの一撃が!」
一方のリチャードは身内の安否よりも自分の一撃が効かなかった方が重要らしい。
「当たり前だ。貴様のような未熟者が俺に勝てるか」
「何だと!!」
「エクスカリバーの力を十全に扱えていない。まさかエクスカリバーの11の能力を扱うことも出来ないのか?」
「ぐっ……」
リチャードが初めて押し黙ってしまう。図星のようだ。
「エクスカリバーの前任者アレクサンダー・ペンドラゴンはその能力を全て使うことが出来た。それに比べて貴様は……奴もあの世で泣いているだろうよ」
「貴様ああああああ!」
激情に駆られたリチャードは再びエクスカリバーを構え斬撃を放とうとする。しかし……
「あ……れ……」
魔素の量が不足し、エクスカリバーに送ることが出来ない。
「う……あ……」
魔素の枯渇を感じたリチャードは力が抜けて倒れ込む。もう身体に力が入らない。
「リチャード様!」
ウィリアムと騎士たちがリチャードに駆け寄る。
しかし、リチャードはウィリアムたちの言葉をかけることなく、グレイシアを睨む。
「何をした……」
リチャードの魔素保有量は控えめに言っても少なくない。
故に自分の魔素がここまで早く尽きるのは敵に何かされたからだと感じたのだ。
「貴様の利き腕を見てみろ」
リチャードは言われるがまま左腕を見るとそこには黒い斑点のような物がいくつか付いている。
「地獄第八階層の能力貪欲のままに浪費せよ。それを付与された者は通常より魔素の消費量が多くなる。効果があるのは5分程度だが、貴様には十分だったようだな」
「そんなものをいつの間に……」
リチャードが嗄れた声で呻いた。
「貴様との剣戟の時に決まっているだろう。こんなものにも気づかないとは余程先頭に夢中だったらしいな」
リチャードは嘲笑うように言った。
「さて、もう行くか」
「逃すと思うのか!」
リチャードに代わり、武装騎士たちが剣を構え、戦闘態勢を取る。
しかし、そんな彼らをウィリアムが腕を出し、制止する。
「ウィリアム様!?」
「駄目だ。我々には行かせてやるという選択肢しかないのだ」
「何故なのですか!?」
1人の騎士がウィリアムに詰め寄る。
「これ以上戦えば街の者たちが危険だ。どうなるか分からない」
諭すように言うウィリアムに騎士はハッとしたような顔になると拳を握りしめ退がっていった。
「それでいい。流石は民草の命を守るために戦う騎士たちだ。1人はそうでないようだがな」
そう言うとグレイシアはリチャードを蔑むように見下げた。
「何……だと……」
「貴様は己の欲求のためだけに剣を振るい、あろうことか民を殺そうとした」
「そんなことは……」
「あの時、俺がエクスカリバーでの攻撃を迎撃しなければどうなっていた?」
「あ……」
ここでリチャードはようやく気づいた。
あの時自分が攻撃を放とうとしていた方角には多くの人がいたことを。
そして、自分がそこへ何の躊躇いもなく攻撃を放とうとしていたことを。
「この街の惨状を見よ。これはお前がしたことだ」
屋根の煉瓦は吹き飛び、ガラスは割れ、一部崩落している家もある。
これはリチャードがグレイシアを倒そうと動いたことによる惨状だった。
街の人々は皆、リチャードを怯えた目で見ていた。
「違う……俺じゃない」
「貴様の正義とはいかに自分がいかに満足な振る舞いをし、自分の目的を達成出来るかのことを指す」
「違う」
「そして、そのためにはどれだけ多くの人々が犠牲になっても構わない」
「違う」
「恐ろしい自己満足だな。いや、王族ならこの程度は当たり前か。特にこのような圧政の国の王子様はな」
「違う違う違う違う違う!!!」
遂にリチャードは発狂した。泣きじゃくりながら頭を押さえ、手足をばたつかせ、暴れ回る。まるで大きな赤ん坊だ。
「リチャード様!落ち着き下さいませ!」
騎士が落ち着かせようと試みるも一向に治まらず寧ろ悪化しているようにも見えた。
「では、さらばだ。せいぜい内輪揉めを起こして王国の力を削いでくれたまえ」
そう言うとグレイシアは一瞬で姿を消した。
それがリチャードたちを見逃した大きな理由。
青薔薇の騎士団は方針上、仕えるべきである自国と対立関係にある。そんな彼らを上手く使えシオン王国の力を削いでくれる。グレイシアはそう考えていた。
民衆に言ったことは嘘ではないが、ただのリップサービス。シオン王国の国力を下げるために反逆を煽ったのだ。
全てシオン王国を滅ぼすための布石。
犠牲は少ない方が良いが自分の目的のためには手段は選ばない。
―そういう意味では自分はリチャード同類かもしれないな。
グレイシアは自嘲した。
自分は悪だ。
しかし、この世は勝った者こそが正義。
正義の御旗にすがるつもりはないがイメージは大切だ。
自分が国を滅ぼし、新たな国を創っても正義と見做されなければすぐに新たな反逆が起きる。
だから、彼岸の死神は正義でなければいけない。
俺は悪を以て正義を為す。
アンの船に向かいながらグレイシアは今まで何度もした決意を再度固めた。




