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魔王、旅に出る

 聖女はまるで手足を持たない動物のようにごろごろと転がって魔王の方へと移動する。彼女の白い衣服は見る間に土に汚れていった。聖女は魔王の前で動きを止めると、魔王の顔を見て懸命に口を動かす。


「ギィ、あー、えぅう……? ふひ、ひぃ、ろ。……すふぃ、ろ?」

「お前はデス子……、デス子なのだな?」

「です、こ……」


 聖女は魔王の言葉を理解したように頷き、それを見た魔王の顔から笑みが溢れる。


「よし! 二回目のチェンジ魔法も成功だ!」

「本当に入れ替わって……? じゃあ、この魔獣の身体に、セリアは入ってしまったのか……?」


 そうつぶやいた勇者は、壁に身体を預けるラージ・デスワームを見上げる。彼は恐る恐るその大きな腹を触るのだが、デス・ワームは一向に動く気配を見せない。

 

「……おい、魔王。どうなってる? 本当に、この中にセリアが入っているんだろうな!?」

「そのはずだが……」


 聖女の魂だけデス子の身体にうまく入らなかったのだろうか。魂のないままで、デス子の身体は大丈夫なのだろうか、と魔王が聖女ではなくデス子の心配をしていると、突然、室内に聖女の声が響き渡った。


(……勇者様ー。……勇者様ー! 聞こえていますかー。私は、セリアはここですー!)

「……セリア? セリアか! どこに居るんだ!? デスワームの中には入らなかったのか!?」


 勇者は聖女を探して辺りを見回す。彼女の声は反響するように聞こえるため、どこに居るのか分からないのだろう。


(あ、良かった、伝わった‥…。……いえ、残念ながら、デスワーム……です、はい。勇者様と同じく、入れ替わっちゃったみたいです。……この身体、喋る方法分かんなくって、今は伝達魔法(テレパス)で会話しています。身振り手振りで伝えようにも手はないし、迂闊に動くと下にいる勇者様を潰しちゃいそうなので、動かなかったんです……)


 聖女の悲しいような、諦めたような、そんな声が聞こえてきた。


「そうか。じゃあ、少し離れたほうがいいかな」

(そうですね、そうしてください)


 勇者はデス・ワームとなった聖女から少し距離を置く。その会話が聞こえていた魔王たちも、同じように彼女から少し距離を取った。うまく動けないデス子は、魔王が身体を抱えて移動する。


(……あー、もしかして、勇者様以外にも私の伝達魔法(テレパス)届いちゃってます?)

「みたいだな」

(うーん、うまく魔力が制御できてないのかな……)

「こっちの様子は分かるのか?」

(ええ。わりと問題なく知覚できてます。一部、触手の先端に目がありますし、ほら)

「……ラージ・デス・ワームにも目ってあったんだな、知らなかった」


 聖女は触手だけ動かして、小さな目玉を勇者に見せつけていた。


「……せ、せり……うご」

「ん? どうした、デス子よ」


 両脇を魔王に支えられて、デス子は立つことを覚え始めていた。だが、そう呟いた彼女は、魔王の腕を振り払うと、おもむろに自身のスカートを下ろし始めた。


「デス子、いったい何を!?」

(はぁ!? ちょっと、そこぉ! 人の体でいったい何を!? 勇者様、止めて!!)

「お、おう、分かった。ーーあ、足がもつれて」


 魔王は見慣れぬ少女の脱衣シーンに狼狽し、聖女は声を発するだけで動くことができず、勇者は慣れない体のせいか情けなく転んでしまう。そうこうしている間にデス子はスカートを下ろし終え、さらにレギンスに両手をかけた。デス子の動作はよどみなく、このままレギンスまで下ろしてしまう勢いである。


(ちょ、それは駄目ーー!!)


 見るに耐えられなくなったのか、慣れない体で何とかしようと思ったのか、聖女は巨体をくねらせて魔王とデス子のほうへと突っ込んだ。


「あ。」

「あ。」

(ーーあ。)


 二人の頭上を巨大な影が覆い尽くす。慌てて魔王がデス子を庇ったその直後、巨大なデスワームとなった聖女が彼らにのしかかった。


「あー! スフィロさんたちがー!」

「デス子の下敷きにー!!」


 周りのゴブリン達が慌てたようにそう叫ぶ。轟音が室内に響き、周囲には崩れた瓦礫が飛散した。


(……勇者様、どうしよう。勇者様の身体、潰しちゃったかも……)


 こわごわといった様子で、聖女は触手で勇者の方を見る。

 

「どうしようって……。あ、治癒魔法(ヒール)はできないか? それで命を繋ぎ留めるんだ!」

(その手がありました! 治癒魔法(ヒール)!)


 動くと危ないと思ったのだろう。聖女がその場で治癒魔法(ヒール)を唱えると、薄緑色の光がデスワームの腹の下にきらめいた。


「……どうだ?」

(分かりません……。治癒魔法(ヒール)かけながら、ゆっくり動きますね)


 聖女がそう言って、その巨体を動かそうとしたその直後ーー。


「かっかっか。それには及ばんよ」


 突然、低い嗄れた声が彼女の腹の下から響いた。


(え、あ、あれ……?) 


 一瞬、地面が揺れたかと思うと、デスワームの巨体が浮き上がり、そのまま聖女は倒れ込む前の状態へと戻される。


「ふぅ、老骨に聖女の治癒魔法(ヒール)は染みる染みる。十年は若返ったかのう」

「魔法はそうでも、魔力の大元はデスワームですけどね」

「……寿命が十年は縮んだかのう」

「なら、ちょうどいいじゃないですか、プラマイゼロで。ほら、君たち、もう大丈夫ですよ」


 そこには二人の男女が立っていた。彼らは軽口を言い合うと、女性の方が床に蹲る魔王に声をかける。


「ガルシアさんにミラージュさん……。助かりました、俺もまだうまく動けなくて……」


 ヒールが効いたのか勇者の身体が頑丈だったのか、魔王と彼に庇われていたデス子は幸いにも無傷であった。魔王は助けてくれた二人の魔族に礼を言うと、まだひとりで立ち上がることのできないデス子を助け起こす。


「ふむ、お主はスフィロか。で、こっちがデス子と。その様子だと、うまくいったみたいじゃな」


 綺羅びやかな装飾の古いローブに身を包み、眼鏡をかけた竜人(ドラゴニュート)の老人は二人を見ると、かっかっかと喉を鳴らして笑った。彼がデスワームの巨体を起こしたのだが、特に疲れた様子も見せず、ローブにはホコリすらついていない。


「あらま、本当に君がスフィロくんなの? へー、すごい魔法ね」


 黒い地味な外套を羽織り、長い黒髪を団子にまとめた魔族の女性が、つんつんと魔王を触る。「あら、すごい腹筋」と、女性は鍛え抜かれた勇者の身体に感心していた。そんなふう異性から触られたことのない魔王は、顔がリンゴのように赤くなる。


「な、何なんだ、あなた達は……?」


 突如現れた二人を疑問に思ったのだろう。ポイズン・トロルの重い体で、やっとの思いで立ち上がった勇者が尋ねる。


「ん? ああ、君がスフィロに誘き出された勇者くんか。気の毒にの。儂はこの街の領主、ガルシアじゃ」

「と、その秘書のミラージュです。以後お見知りおきを」

「あ、これはどうもご丁寧に……え? この街の、領主!?」


 丁寧に頭を下げる魔族の二人に、思わず勇者は畏まるが、竜人(ドラゴニュート)の肩書ーー『この街の領主』を認識すると、驚いたように声を上げた。


「なっ、なんでガルージャの領主がここに!? 『魔王』に拘束されているのでは!?」

「なんでも何も、ここは儂の屋敷じゃからの。それに、『魔王』の件は、儂とスフィロ君の共謀じゃ。実は儂も『ゆうシェア計画』に一枚噛んでおっての。勇者を誘き出すために、この街が『魔王』に制圧されたと嘘の情報を流したのじゃ」


 ごめんね、とお茶目にガルージャは謝る。


「え、ちょ、はぁ、はぁああーー!? 何ですか、それ! どういうことですか!?」


 一方、被害者と思っていたガルージャの領主が、実は『魔王』と協力関係にあったと知り、勇者はひどく混乱する。


「いやー、儂もちょっと勇者くんの身体になってみたくての。ほれ、勇者くんは『勇者』じゃから、教皇のことはよく知っとるじゃろ。……教皇は相変わらず、美人かの?」


 ガルージャは勇者に近づくと、鼻をつまみつつ、声を潜めてそう尋ねる。


「え、ええ、まあ。私が幼い頃から相変わらず、お美しい方ですが」

「おお、そうかそうか! いやぁ、儂も久しく教皇に会ってなくての。その美貌をもう一度見たーーゲフンゲフン。直に話がしたくて、スフィロの『ゆうシェア計画』にちょこっと手を貸したんじゃ。なに、この街の皆なら、ちょっと隠れてもらっただけじゃから心配せずとも大丈夫じゃ。それに君と聖女くんも元の身体になるまでこの街でゆるりと過ごすといい。安心は保証するぞ」


 そう言って領主はかっかっかとのどを鳴らして笑う。一方で、あまりに予想外な理由を聞いた勇者は、悩ましげに額に手を当てた。


「……ひとまず、ガルージャの街は大丈夫なようなので安心しました。……が、何でそんな理由で手を貸してるんですか! そんなものはご自身で直接なさったらいいでしょうが! 見てくださいよ、この臭い身体! それにセリアもデスワームなんかになってしまって!」

「……いやぁ、この老骨には教皇のいる人間領の中心は遠くての。若く元気な勇者くんの身体を借りようと思ったのじゃ」

「いやいや、さっきあっさりデスワームの巨体を持ち上げていたじゃないですか。何を言ってるんですか!」


 と勇者は領主に詰め寄ろうとするが、そんな二人を見かねてか間にミラージュが割り込んだ。


「まあまあ。勇者くん、本当のところはですね、この御領主にしかできない仕事というものがありまして。なので街から離れられないんですよ」

「仕事……?」


 そんな大変な仕事があるのだろうか、と訝しむように勇者は首を傾げる。


「ええ。けれど、御領主はどうしても愛しの教皇様にお会いしたいそうでこんな凶行に及んだようです。いやあ、立場的に止められなくて申し訳ない」

「む、何を言う。お主だって乗り気じゃったろうが。『これで人間の恋愛が体験できるー』とかなんとか言っておったろうに」

「それはチェンジ魔法の可能性を示しただけですよ。願望じゃないです。‥…それより、勇者くんたち、いいんですか? スフィロくんたち、部屋から出ていこうとしてますけど」

「え?」


 勇者が驚いたように部屋の入口を見ると、そこにはデス子をおぶさり、忍び足で部屋から出ていこうとする魔王の姿があった。


「あ、魔王! こら逃げるな!」

「む、見つかったか! というわけだ、勇者と聖女! お前たちはここでおとなしく過ごしているといい! そして仲間達よ! 俺は人間領でこの世の春を謳歌してくるぞ! 期待して待っていてくれ!」

「はい、スフィロさん!」

「道中、お気をつけて!」

「新しい魔石、探しておきますね!」

「こら、待てー!!」

(私の身体、返しなさーい!!)

「ははは! 勇者と聖女よ! 1年後にまた会おう! じゃーな!」


 仲間達の声援と勇者たちの怒声を受けて、魔王は部屋を飛び出した。こうして、計画通り勇者の身体を手に入れた魔王は、デス子と一緒にこの世の春を謳歌する旅へと出発するのであった。

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