#006 『依頼主が幼女という事実』
案内されたのは豪邸……と言わざるを得ない、どでかい家だった。
「到着です───ユウスケ様、ルナ様」
「これが……」
緑の芝が敷かれた庭の奥、階段の上にあるのはレンガ造りの巨大家だ。その正面玄関には目を惹く噴水があり俺たちがそれに見惚れているうちに、見慣れているからだろうか、スカーレットは先に歩いていってしまう。
「お待たせいたしました。こちらが当主、フロイト様のご邸宅でございます」
開け放たれる高い扉。ほのかな芳香の匂いに木目基調の内装、土足で上がれるらしいその床にも彩り豊かな絨毯が敷かれ、その高貴な雰囲気を引き立たせている。
「ご主人様っ、迷子になっちゃいますよ」
迷路みたいに複雑に張り巡らされた廊下に飾られている絵画や置物に夢中になっていると、ルナに怒られてしまう。異世界の文化というのも多少なりとも気になるものだが。
「それにしても広い屋敷だな……確かに迷子になりそうだ」
「ご主人様ったら……本当にはぐれたら大変です。私から離れないでくださいねっ」
そう行ってルナは俺の手にすがる。いや、結構デレキャラなんだなこの人。童貞が目の前に巨乳を寄せられたら何しでかすか分からないからやめた方がいいぞ?
そんなやりとりをしている内に、いつの間にか大分歩いてきていた様で目前に厳つい鉄製の扉が見えてきた。スカーレットは邸宅の再奥の部屋と思しきその扉をノックする。
「───失礼致します、ルベル様」
むしろ廊下の方が少し暗かったのだろうか、鉄の戸が開くとともに光が差し込む。
その先、大量の本に囲まれた書斎机に待ち構えていたのは……白髪の幼女だった。見た目的にはだいたい10歳くらいだろうか? その童顔は端麗で、どこか遠くを見る目をしていながらもその眼差しには確かな光があり眼光は俺の元へと向けられている。
しかしその前に、彼女の姿はこの雰囲気にはミスマッチなものがあった。
「仰せの通り、探偵をお連れしました」
「───ご苦労様、もう下がっていいわよ」
幼女の一言によって一つの役目を果たしたスカーレットは深く頭を下げて扉のもとへ。
当然その間、俺はこの状況を理解できないままで立ち尽くしたままでいなければならない。なんでもこの子……いや、この人がスカーレットの主人という事なのだから。
「それじゃ……探偵さん、依頼は聞いてるの?」
「あっ、ハイ」
両手で頬杖をつきながらうっすらと笑顔を浮かべ、幼女は俺たちに問いかけてくる。
「それじゃ……早速お願いしたいわ。とにかくそこに掛けて」
彼女は立ち上がり、その小さな手で机の手前にあるソファを指差しながら言う。とりあえずその指示に従って俺たちも座らせてもらう事にした。
その間に用意されていたのか、スカーレットが盆に乗せてきたマグを机上に並べる。少し紫がかったその液体は現実世界でいう紅茶に似ていた。
「まずは自己紹介が先かしら、私はカンナ・F・ルベル───よろしくね、ユウスケ!」
「よくお名前をご存知で、ルベルさん」
「ふふっ、こんな童女が依頼主なんて……驚いたでしょ!」
「は、はぁ……確かに驚いたけど」
どうやら俺の予想に間違いはない様で、この人が本件の依頼主らしい。その幼い口調と仕草からは全く予想もできない事だが。
「正直ビックリした。依頼人が幼女は聞いたことがなくて」
「もう、ご主人様?」
ルナが俺の失礼極まりない発言を制そうと頑張っているのが横に見える。いや、だって。
「大丈夫っ、みんなおんなじ事を言うんだもん」
幼女は声高に笑ってからルナに言う。やっぱり俺の目に見えているのは幼女であって決して俺自身の幻覚とかではないらしい。
「よかった、話しやすい子でっ」
「……と言うとご主人様の事でしょうか?」
ルナの問いに、微笑を浮かべながら幼女は話し出した。
「私の元にくるのは難しかったり、怖くて悲しい話ばっかり───だから、こんなに楽しくお喋りのできる友達みたいな人がいるのが……嬉しくて」
「……そうスか、じゃあ俺のこの態度を否定するって意味じゃなく?」
俺の質問に、幼女は小さく首を縦に動かした。
「色々あってね……あまり人と話す機会もなかったから」
「そんな方にこんな迷探偵がカウンセラー扱いとは、いやはや恐れ多い」
「めいたんてい……? 君、そんなに頼りになるのっ!?」
「いや、俺が言いたいのはそれじゃなく、『迷い』の方の迷探偵だ」
漢字という文化がなく文字表現が伝わらないのだろう、幼女は首を傾げている。その姿がなんとも可愛らしかったがその相貌に俺が探偵の尊厳を完全に失っているのを見せつけた形だ。何しろFランクだからね。
「さて、まぁ良い感じで脇道逸れちゃったけど───なんの話でしたっけ?」
「もう……猫のご依頼の話ですよっ」
「そうだった、猫探しの話になるけど何か詳しく聞いておく事とかって」
ルナに諭されて俺たちは本題に入る。
「そうね……特徴、とかかしら?」
顎に指を当てて思考を巡らすカンナ。どこか可愛らしいその仕草に思わず口角が上がってしまう。
「耳の折れ曲がった黒猫……」
「黒猫か、物影とかに隠れられてたら終わりだな」
「うーん、とにかくその子……レオンって言うんだけど、探すのを頼みたいの」
彼女はずい、とその華奢な身体を寄せてくる。
「おっしゃ、分かった。そのレオン君を連れ戻せばいいんだろ?」
「うん、よろしくお願いっ」
幼さの塊みたいなその初々しい笑顔に頼まれ、俺は思い切りの笑顔を作ってピースサインを見せる。異世界探偵、初仕事の幕開けだ。