#005 『目には目を 歯には歯を メイドにはメイドを』
少しの間待つと猫耳職員が戻ってきた。
「もう少ししましたら来ますので、少々お待ちくださいっ。3階に酒場がございますのでそちらをご利用していただければ」
「あ、はい。ありがとうございました」
2人で頭を下げて言うと、そのままエレベータで3階へ向かう。そこは低い天井に軋む床、少し暗い明かりに照らされたいかにもなレトロ酒場だった。俺たちはそこに立ち尽くす。
「来たはいいけど……金がねぇから何にも買えないな」
「そうですね……」
なんだこの悲しい待ち時間。まぁ酒を飲みたいわけでもない(飲めない)から別にいいんだが。
「───ルナって、酒とか飲めるの?」
「いえ、特には。飲めないわけでもありませんが」
そうだろうな。1000年も生きていれば流石に飲む機会くらいはあってもいいだろう。
「ご主人様はどうなのですか?」
「俺は未成年だから飲めないんだよな」
そう、何気に俺はまだ16歳だ。だからルナにも敬意を払うべきだとは思ったが、ご主人様となれば仕方がない。年齢差1000歳以上の主従関係なんて聞いた事ないけど。
「でしたら……お礼に酒瓶を奢るのは控えた方が宜しいでしょうか?」
「うおッ!?」
ビックリした、急に背後に立たないでもらいたい。
振り向くと一人の少女。14歳くらいのその風貌にルナよりさらに身長の低い背格好に、なによりもその青藍の髪と瞳が美しく、可憐な容姿だというのに質素なつくりのメイド服がよく似合っている。
「あっ……驚かせてしまいましたでしょうか?」
「いやまぁ確かに驚いたけど、どっちかって言うと君のその笑顔に驚いた」
「もぅ、ご主人様?」
冗談はさておき、この美少女は一体?
「失礼、俺はシドウ=ユウスケ。探偵で……こっちはメイドのルナ」
「あ、よろしくお願いしますっ」
ルナも頭を下げて挨拶するが、それに対して彼女は意外な返答を返してくれた。
「メイド……でございますか。私と同業でございますね」
「同業、というと?」
「申し遅れました、私───メイドを務めさせて頂いている、ニトレア・スカーレットでございます」
「メイド?」
その場に二人、同じ職業の人間が集まった事になる。
「あぁ……という事は、あなたが依頼主の」
「そうでございます。依頼内容はご存知でしょうか」
「確か、猫の件で」
「はいっ。左様でございます」
つまりこの人が今回の案件、猫探しの依頼主。
しかしメイドという事は彼女にも主人がいるはずだ。だとしたらどこかの家で勤めていたりするのだろうか? とかく、異世界のメイドはどうしてこんなにも綺麗な人ばかりなのか疑問に思う。
「それでは今回は、どうぞよろしくお願い致します」
「あ、ハイ」
敬語も丁寧な上に解りやすい。ルナもそれに乗じて挨拶をし話は本題へと進む。
「それでは、早速ではございますがご案内いたします」
「ご案内って……どちらへ?」
「こちらでございます」
そう言う彼女についていく。階段を降り外へ続く出口へと向かうが、そこには意外なものが待ち受けていた。
「こちらでご案内いたしますので、どうぞお掛けください」
「あ、ハイ」
そこに停泊していたのは一台の馬車。しかしトラムに乗っていた時に見かけた様な小柄なものではなく、それは荷台が一つの個室の様に改造されたデラックスな車輛だ。その雰囲気と迫力に俺はルナとともに気圧されてしまう。
「これ……乗って良いのか?」
「えぇ、恐らく……」
「ご遠慮なさらず、どうぞご乗車ください。ものの数分で到着です故」
前方の御者台に騎馬として跨り、鞭を取り出すスカーレットが言う。
「じゃあ───遠慮なく」
スライド式の扉を開けて乗り込むと僅かに車体が揺れる。意外にも中は広く、二人が座るとむしろ寂しいくらい。あと四人程度は乗れそうだ。
「それではユウスケ様、ルナ様。出発致しますよ」
馬の身体に鞭が打たれる鋭い音がするとともに馬車が動き出す。
「馬車って初めてだけど……結構いいもんだな」
「そうですね、私もこの様な馬車は乗った事もありませんですから」
意外と乗り心地もよく、その割に高速で街の景色が流れていく。数十分とは言っていたもののどの様な家に案内されるのだろうか。不安であると同時に楽しみでもある。
「異世界探偵か───どんな感じなんだろうな」
「ご主人様なら大丈夫です、困った時にはルナもついていますから」
「ありがとルナ。その言葉、この胸にしかと受け止めたぜ」