#003 『天職が探偵だった件について』
目の前には巨大な城門……というのだろうか。
レンガ造りの壁面は駅にも学校を彷彿とさせるイメージで、手前には噴水があり静かに水を吹き出し続けている。現実世界で言うヨーロッパの天守閣みたいな感じだ。
「これが……城門なのか?」
思わずルナに訊く。城門というともっと厳つくて堅い印象があったが、ここはむしろオシャレでテーマパークのレストランっぽく少々現実離れしている。まぁ異世界なんだが。
「はい、こちらが城門で───あちらが入口になります」
どうやらここが城門というのは間違ってないようだ。武装した人やドレス、スーツを身に纏った人々の行き来が絶えない入口へと向かう。
「まずはビザを取得しましょう。それでご主人様の職や形式が割り振られ、同時に身分証にもなります」
「なるほど……そすと、ここで職も選べるのか?」
「はい。こちらには沢山の職がありますから、天職の判定ができます」
「天職?」
何だそれは。あ、RPGのジョブ選択みたいな感じかな?
「こちらには沢山の職があるのでこちらで自動的に選択してくれるのです。ご本人様の特性とか個性に合った職を選んでくださるんです」
「なるほどね、それなら期待できそうだな」
職……仕事か。何がいいだろう。
正直俺自身引きこもりなので自ら動かないタイプのがいい。遊び人とか都合のいいものもないだろうし、強いて言うなら能力者とか?出来るだけ働かずに金が手に入るという職に就くのが本望だ。
───歯車のついた自動ドアをくぐり、中に入ると壁の一面が紙で覆われていた。中央には目をひく巨大な柱がありその周りを円状のカウンターが囲んでいる。奥の方には剥き出しのエレベーターがあり職員と思われる人達が忙しなく動いているのが見えた。
「この紙は依頼です。依頼を選んでカウンターで受理、達成したらカウンターで報告というのが通例になります」
「ほぉ〜、公務員みてぇだな……」
そんなことを呟きつつルナと一緒にカウンターへ向かう。
「ビザ登録は……こちらですね」
そのカウンターにいた見かけ年齢10歳くらいの猫耳女性職員が笑顔で会釈をする。この世界、亜人もいたのか。
「すみません、ビザ登録をお願いしたいのですが」
「はいっ!そいではこちらに爪印と記名をお願いしますっ」
そう元気に言いながら彼女が差し出てくれたのは朱肉の入った金色の箱と紙。
爪印……というと拇印と同じ感じか? 漫画とかで見たことがあるが、この勢いで押して大丈夫なもんだっけ。
言われるがままとりあえず親指を朱肉に付け紙にスタンプする。あとは名前を書くだけなんだが……。
「ルナさん、ちょっといいかい」
「はっ、はい」
「ここに書いてある文字が全く読めねぇ」
そう、まるでミミズの這った後のような活字は日本人の俺にはとても解読不能だった。
「そっ、そうでした……では私が代わりにご主人様の分も記入致しますので」
そもそも俺の名を異世界語に訳せるのかどうか不安だったがルナはサラサラと躊躇なく紙に羽根ペンを走らせる。アレか、ローマ字みたいな感じになってるのか?
「……こちらに爪印とサインを致しますと天職が表示され、それがご主人様の今後目指す道となります」
サインを書き終えたルナが言う。
「そ、そうっスか……コレ、結構重要なものだったのか……」
そう言いながら紙を受け取る。こんな薄っぺらい紙が本当にビザになるのだろうかと思いつつ紙面を見る。ルナの流れるような字が四角い枠で囲まれいるが、コレが俺の名前になるのか……読めないのを忘れていた。
「私の職は……メイドです」
今と変わんねー! まぁ似合ってるからいいけど!
するとルナは俺の仕事のメイドになるのか。その気になる俺の職は───?
「ご主人様は……」
彼女は俺の紙を覗き込む。何やら印字されているが俺には読むことができないので翻訳してもらう。
「……」
「ルナ?」
彼女は押し黙ってしまった。なんだ、もしかしてなんか都合の悪い仕事だったりする? 俺は別に力仕事以外なら何でも良いんですけども……あっ、奴隷売りとかはやめて欲しい。
「あの、探偵───です」
「……探偵?」
え?
「探偵?」
「探偵」
あ〜ね。探偵ってアレか、小説とかであるやつか。アニメとかドラマとかでもあるアレね。探偵、そうか探偵か。探偵、探偵探偵探偵探偵。
「───探偵って……探偵のこと?」
「えっ、あ、はい」
「事件とか捜査するあの探偵」
「はい……」
ルナはこくこく、と頷く。マジで言ってます?
彼女が嘘をついているようには見えないしこれってマジ……。
「───俺が、探偵?」