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第1話『脱走の中の罠』





 ガシャンッ! とどこかで聞いたことのあるような音を響かせながら扉は閉められ、布吹は牢獄に閉じ込められた。岩壁をくり抜き、檻を取り付けた簡易的な牢獄だったが、それでも布吹を捕らえるには十分だった。

 ここに連れてこられるまでに見たことを思い出し考えを改める。


 この世界は異世界で間違いはない。人外の生命体がいた事からそれは確認済みだ。

 それじゃあ、目を覚ました『ここ』はどこだ。太陽の刺さない地下深く、よく見れば目を覚まし見た人間達は皆同じ綻びた服を着ていた。

 つまり、目を覚ました時にいた人間達は『奴隷』それ以外の亜人たちは――ということになる。


「……意外と平和じゃないらしいな」

 

 ここまでへの至りから、ひとつ疑問に思うことがある。


「あれ? チートは?」


 異世界転生に付き物の『チート』その殆どは強かったり強くなかったりやっぱり強かったり強すぎたりと、多種多様のモノが存在するが、布吹にはそのようなものが無い。いや、実際には存在するかもしれないが、聞かされていない。そもそもこの異世界に呼ばれた理由を何一つ知らない。女神にも会ってない。

 不親切設計に怒り、身を震わせながら布吹は一考する。

 それならば、この世界で自分は何をするのか。

 世界の命運を背負っているわけでも、最強になったわけでも、元の世界から持ってこれた物があるわけでもない。

 異世界に来たのは『伊達布吹』であって、それ以上でもそれ以下でもない。ただの記憶力が異常な高校一年生である。

 そんな布吹に出来ることは――あるのだろうか。

 何を考えても何もまとまらず、布吹はこの状況に適しているであろう頃を思い出す――そう、一ヶ月遡った前の頃を。


 静かに佇み、胡座をかく。そして目を閉じ、左手は口元に添えるだけ。これが一週間ほど使い考えた布吹なりのベストコンディション。こうすることにより、脳細胞の働きが通常の五倍になる――という設定。

 そうして働いた脳細胞が答えに辿り着くと同時に言う決めゼリフが――


「把握」


 当時中学生だった布吹にはこれが語彙力の限界であった。

 簡潔にかっこいい言葉をクールに発言する。というのが布吹の中でのトレンドだった時代である。

 

 だが、今はあの時とは状況も歳も違う。ただ見せかけだけの行動じゃない。布吹の頭の中でしっかりとした情報が揃い、並ぶ。


「あの〜」


 その時、檻を挟んで向こう側、つまり外から声が掛かる。

 そこに居たのは、白い髪を雑多に伸ばした布吹と同じ年頃の少女だった。


「ご飯、持ってきました。どーぞ」


 その異様、異質な光景に、布吹は足りなかったパズルのピースがハマる音を聞いた。


 目の前にいる少女の服装は奴隷が着ていた服。

 つまり、奴隷ということ。しかし、付近に亜人の気配はない。

 ということは――?


「まぁ、把握って言っとくか」

 

 そうして、少女に詰め寄り、その腕を掴む。


「へっ? なんですか?!」


 突然の事に戸惑う少女を隅に、布吹は淡々と思考を続け、問いかける。


「なぁ、この檻、見たところ普通の檻みたいだけど、魔法の効かない素材で出来てんの?」

「えっ、えぇ? いや、そんなことは……」


 なるほど。この世界に魔法がデフォルトで存在し、更に、そんな魔法を通じない檻を作らない理由は一つ、『そんなことする馬鹿はいねーだろ』っていう自信があるわけだ。

 ようやく確信を持てた。


「よし、君の名前は?」


 聞く順番がおかしいが、ようやく布吹は目の前の少女に目を向ける。


「あ、私は『ヒロ』って言い――じゃなくて、手を離して下さい!」

「ああ、ごめん」


 そう言われ、掴んでいた腕を離す。と同時に、布吹は辺りにヒロ一人なことを確認し、笑顔で言った。


「ヒロ。一緒に脱走しね?」

 


■■■



 今、何か聞いてはならない発言を聞いた気がした。

 確かに聞こえたことが聞き間違いではないと知り、反芻する。

 

 脱走しよう


 確かにそう聞いた、聞いてしまった。幸い近くに人は居らず、聞かれていないようだ。


 つまり、これは自分自身に発せられたメッセージであり、目の前の名前も知らないこの男は、あろう事か初対面の名前しか知らない自分に『共犯になれ』と言ってきたわけだ。


「はぁ!?」


 頭の中を整理して、ようやくやってきた驚きにヒロは後ずさる。 


「どうする? もし駄目なら他の人あたるけど?」

 

 至極当たり前な反応を見せるヒロに、布吹は冷ややかな目を向けながら訊く。

 その目にヒロは少なからず畏怖の念を覚え、不可解な点を見つけた。

 ここでヒロに断られてしまえば、ほかの人を探す間もなく、ヒロに脱走の意思があることをチクられてしまう。

 つまり、この強気の発言は、必ず脱出出来るという自信の表れ? それとも、そう錯覚させ、どうにかしてヒロを共犯者として引き込もうとしているのか。もしくは、ヒロを始末してから、別の人間を探す気なのかもしれない。

  

「……わかった」


 熟考して、ヒロは答えを出す。


「協力するよ」


 それを聞き、よし、と一息ついて、布吹は檻に手を掛ける。


「じゃ、これ魔法でちょちょいと開けてくれ」 

 

 そう言われるがままに、ヒロも檻に手を掛け、何かを呟く。すると、音もなく檻は弾け、人一人通れるほどの穴を開けた。

 これが魔法なのかどうなのか、確認するすべが布吹にはないが、きっと魔法だろうと推測して、続ける。


「それじゃ、ついてきてくれ」


 そう言って、布吹は先程亜人たちに捕まった場所まで行こうとする。脱走者の後を追って。




■■■




「さて、あそこの通路はどこに繋がってる?」


 ここは先の場所。布吹が亜人に捕まった場所。その場所は大広間となっていて、奥には一つの通路がある。

 あの先には奴隷達の寝室と亜人たちの溜まり場がある。

 L字型のその通路の奥に亜人たちの溜まり場が、手前に奴隷達の寝室がある。


「多分、この通路のどこかに穴があると思うんだ」


 布吹が捕えられた時。亜人は『脱走者』という単語を使っていた。


「つまり、俺がここに来た時、既に脱走者が脱走を開始していた。それがバレて亜人たちは追ってきた」


 だが、捕まったのは布吹。その間に『脱走者』はいない。


「俺のいた場所から、亜人たちのいた場所。その間の、どこかにあるはずだ……っと」


 その辺の瓦礫を退かしながら、穴を探す。

 そして、ヒロが小さく声を上げ、布吹を呼ぶ。


「あったよ! これでしょ」

「おお、コレっぽいな」


 開いた穴に、二人は歓喜し、潜る。


「よーし、それじゃあレッツゴー」


 布吹自身、正直ここまで簡単に行くとは思わなかったが、上手いこといく分には良いかと、無視していた。


 こんなバレやすい脱出経路が塞がれないのに、亜人たちはなぜ脱走者が居たことを気付けたのか――を。


「……お、出口みたいだよ!」

「おっけー、開けろ開けろ」


 ガコッと音を立て、開いたその先には。


「「「…………ん?」」」


 三人の声が重なる。布吹と、ヒロと、溜まり場にいた亜人の一人。

 ここは、亜人たちの溜まり場。奴隷達の寝室より少し進んだ先にある部屋。


「脱走者だーーーー!!!」


 そう叫んだ亜人の声に目を覚まし、布吹の脳裏にミスの二文字が浮かび上がる。


 そうか、これは罠だったんだ!? 脱走する者を、捕らえるための――?


 その時、布吹に電流が走る


 これは罠で、布吹達はそれに見事にハマった。それは分かる。だが、それならば、いつまで経っても、布吹自身が捕まった理由が説明付かないのだ。


「ヒロ……」


 小声で、亜人に聞こえぬように話しかける。


「せーので飛び出すぞ」


 ヒロも、それに応え無言で首を縦に振る。


 小さく、せーの、と。言った、その瞬間。


「走れっ!!」


 飛び出した布吹は、ヒロの手を取り出口に走る。丁度この部屋にいた亜人が一人だったことが幸いしてどうにか外には出れたが――ここからどうする?


「いや、あるはずなんだ。第二の出口が……」


 布吹が捕まった理由というのは、あの罠にハマったまでも、その先に逃げ出した脱走者がいるから――と、それ以外に考えられない。

 もしくは二人の脱走者が居て、一人を騙し、罠にハメ、二人目だけが脱走したのだろう。 


 どちらにしろ、この先に出口があることは間違いない。


「――あそこだ!」


 目の前まで迫ってきている亜人を振り切り、布吹達は走り出した。




■■■






「危なかった……はぁはぁ」


 息を整えながら、布吹は目の前に広がる青い空を眺める。


「ギリッギリだったよー」


 大の字に横になっているヒロも同じように空を見つめる。


「だけど、これでどうにか脱出出来たな。あとは捕まらないようにひたすら遠くまで逃げるかぁ」

「そう……だね」

 

 遠くまで逃げる――その言葉に現状を思い出し、ヒロは声のトーンを一つ二つ下げる。

 そして、布吹は空から目を下ろし、ヒロは起き上がり前を見る――この、果てしなくどこまでも続く荒野を前に、宛もなく、どこに向かえばいいのかも分からず、ただひたすら歩いていく地獄を思い浮かべ、二人同時に絶望のため息をこぼした。


「「はぁ〜~~〜」」


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