聖なる巫女
この作品は、弥生祐さんが主催する『五分企画』という企画の参加小説です。
読了時間五分という枠の中で小説を書こうという企画です。
『五分企画』で検索しますと、他の作者さんの素敵な作品が楽しめますので、是非読んでみてください。
ちなみに、今回のテーマは『動物』です。
「巫女殿、とてもお綺麗でらっしゃいますよ」
素朴な木造の広い部屋。そこにある大きな姿見の前に、一人の少女が立っていた。すぐそばには、きらびやかな刺繍の入った衣装を少女にまとわせてゆく、柔和な表情の中年の女性が。その者は鏡に映る少女の姿を見つめ、
「ほんとに、とってもお綺麗で」
どうやら彼女は少女の世話係である様だった。にこやかな表情を崩さないまま、色々語り掛けながら、恐らく祭礼用なのだろう豪華な衣装の着付けを手早く済ませてゆく。それに少女はニコリと笑うと、傍らの床の上へとチラリ視線を落としてゆき……。
「どうですか?おかしくはないですか?」
そこにいたのは、床に丸くなった、かなりの大きさのある白い犬であった。いや、犬に見えるが、これは犬ではなく……そう、狼。その狼は少女の言葉に反応する様一瞬首を上げるが、だからなんだと興味なさげに少女を見つめると、すぐにまた丸くなって目を瞑ってゆき……。
「どうやら彼にとって、そんなことはどうでもいいようね」
狼の反応に、少女はやれやれといった様肩をすくめ、クスリ忍び笑いをこぼしてゆく。
だがこの狼、狼にしては人に警戒心を見せるでもなく、随分懐いたような様子を見せていたが……。
そう、実はこの狼、朧の一族と呼ばれるこの部族のシンボル、聖なる獣と呼ばれ崇められている狼なのであった。そして、その聖なる獣に選ばれし者……それが彼女、巫女夕那なのであった。
その夕那に、世話係の女性は静かに言う。
「さあ、行きましょうか」、と。
ようやく整った衣装を鏡に映し、しばしその出来栄えを確認していた夕那、その声にすぐさま表情を引き締めると、
コクリ。
そう、今日は年に一度の先見の儀式のある日。正殿の前にある広場に部族の皆が集まり、彼らを前に、この一年の吉凶を占うのであった。
準備は既に万全、心で一つ息をつき、夕那は開けられた扉から、静々と部屋を出てゆく。そして向かうは……広場中央の、皆に見える様高く作られた祭壇。後ろに白い狼を付き従えながら、凛とした眼差しで夕那はその階段を上ってゆく。すると……、
巫女の登場に興奮の声を上げる民衆。その声を一身に受けながら、夕那は狼と共に民衆へと向かい、祭壇の中央に立つ。
そして、更なる盛り上がりをみせる民衆達を抑えようとするかの様、夕那は小さく手を上げてゆくと……、
ピタリと止まる声。
そしてそれを合図として、夕那は目の前の水鏡……大きな甕に張られた水に目を落とし、じっとそこを見つめて何やら呪文の様なものを唱え始めていった。
そう、先見の開始である。
「神よ、我らの為に部族の行方を教えたまえ、水鏡に映し、我らに道筋を示したまえ……」
息を呑みながらその行方を見守る民衆。そして、しばしそんな時が過ぎゆくと、
「見える……。見える、神からの啓示が。不穏な空気がやってくる。我ら一族を滅ぼさんとする空気。そう、戦いの、予兆……」
それに、「おお」というどよめきが民衆の間に起こる。そして、
「それは一体どこから!」
「どの部族が我らを滅ぼそうと!」
その内容をもっと詳しく知ろうと、次々とそんな声が上がってくる。すると、それに答えるかの様、夕那はサッと手を左の方向へと伸ばし、
「禍は西から、結木の狭霧の一族から!」
辺りに響く鋭い声。
それに再びどよめく民衆達。そう、どこか不穏な色を見え隠れさせた、明らかなる動揺の……。
そして、止まらぬざわめきの中から一人、口火を切る様不意に大きく、
「戦だ、やられる前に、先手を打つ!」
するとそれに迎合する様、民衆は口々に、
「そうだ、戦だ!」
それから民衆達は、部族あげて戦の準備に取り掛かった。鋼を打ち、剣を作り、弓矢や防具等を揃え。
しばしそれに気付かなかった狭霧の一族の者達。だが、朧の一族が戦いの準備を終えようかという頃、ようやくその不穏な動きに気がつき、慌てて戦の準備をし始めた。そう、使える武器をかき集め、鈍った剣の刃を鍛え直し。
だが……、
時既に遅かった。
彼らが戦の準備を整える前、朧の一族は剣を振り上げ、鬨の声をあげながら、狭霧の一族の者達へと迫っていったのだ。
戦の開始。
明らかなる準備不足のまま、取る物も取り敢えず、朧の一族へと立ち向かってゆく狭霧の一族の者達。
剣と剣が、剣と盾がぶつかり合う鋭い金属音が、辺り一面に鳴り響く。その刃の犠牲となった者の血しぶきが、周囲の野原に撒き散らされる。そう、そこに繰り広げられてゆくは、戦いの地獄絵図。
そして……何人をも寄せ付けぬ朧の一族の勢い。善戦はしたが、さすがにその勢いには敵わず、ある者は逃れ、ある者は捕らわれ、ある者は殺され、狭霧の一族は滅亡した。
勝ち戦、全てが終わって、部族に戻った朧の一族の者達は、陽気に歌う。
さすがは巫女殿、我らの巫女殿、戦の勝利も巫女殿のおかげ!
勝利の美酒に酔いしれる朧の一族の者達。躍り、歌い、お祭り騒ぎを繰り広げる。
だが……その時巫女は……。
戦のあった狭霧の一族の部落にきていた。そう、傍らにはあの白い狼を連れ。
死屍累々の光景。狭霧の一族や、朧の一族達の無残な死体が辺り一面に広がる、目を覆わんばかりの……。
だが何故、彼女はここにいるのだろうか。巫女として、死者を天へと送るべく、弔いの言葉を唱える為であろうか。死者を哀れみ、死を悼み、この戦いに心を痛める為に……。
だが……。
(さすが、私が選んだだけの事はある。見事な仕事だ)
そう言ったのは傍らにいた白い狼であった。そう、聖なるはずの白い狼が。するとそれに夕那はコクリと頷き、
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」
そして、この修羅場をいかにも楽しいといった様、微笑を浮かべ見回していったのだった。そう、本当に、心から陶酔した表情で。そしてその口からこぼれた次の言葉は、
「さて、次はどこにしましょう」
(全ては巫女殿の、御心のままに)
それに少し考えた風を見せる夕那。そしてしばしの時のあと、ゆっくり、
「では、東の飛花の一族を……」
聖なる獣、聖なる巫女。
その皮をかぶったそれは実は……。
そう、血を求める黒く染まった悪魔の心。
気まぐれに、戦をあおっては混乱を呼ぶ、世にも恐ろしき悪魔の心。
そして次の犠牲者は……。
いかがでしたでしょうか?
最近、何本か現代ものが続いていたので、趣味大爆走といった感じで、ファンタジー作品と相成りました。
オチがちょっと浅いかな〜??とも思いましたが(バレバレ?)、楽しんで読んでいただけると幸いです……。