そのときアルスは何を思っていたか
アルスがアスカの不在に気がついたのはアスカがいなくなって大分経ってからだった。アスカに隠れてもらっていた路地からアスカの気配が消えているのを戦闘している途中に気づいた。
敵はもうほとんどが気絶するか倒れ伏していた。そばにいたルーカスにあとは頼んだと残党処理を任せ、アスカが言いつけを守らず移動したのだろうと辺りを探した。
いない。アスカは魔力の気配が薄く、追跡が困難だ。自分の掛けた守護魔法の気配で探しても、町のハズレで痕跡が途切れていた。
「策略にはめられたのでしょうか。最初から彼女が目当てだったとも考えられますね。襲ってきた輩のリーダーに話を聞くとしましょう」
アルスは1人呟いた。それを物陰から聞いている人物がいるとは知らないで。
エメはニヤリと笑って、襲ったヤツらと奴隷商人を結びつけるモノを残すため、静かに走り出した。その時にはすでに真っ黒のネコへ変化していたエメの猫姿にしかアルスは気がつかなかった。
「猫か、魔力を持つ猫なんて珍しいですね……この辺りは遺跡の影響で魔力が貯まりやすいからその影響でしょうか」
チラと背後を見やったあと、ルーカス達のいる広場へと転移した。
「ダメです。痕跡が消えていました。こいつらのボスにうかがうことにしましょうか」
縄状の植物でぐるぐる巻きのならず者どもを一瞥したアルスは1番強いと思われる人間の前にしゃがみ込んだ。
「あなたがリーダーですね。素直に喋ったら治安維持組織に引き渡すだけにしてあげますよ。喋らなかったら死ぬより怖い目に合わせてあげますから、どうぞお楽しみに」
アルスは無表情、穏やかな口調でリーダーの襟を掴み、ゆっくりと引き上げた。片手で。ほんのりと身体には魔力を纏いゆらゆらと陽炎のようになっている。苛立ちを隠そうともしない魔人に魔力での威圧をされた人間がどうなるのか。
怯えきったリーダーのズボンは粗相で濡れ、涙を流しながら、助けてくれと請い始めた。周りにいた雑魚どもはすでに何人かが白目を向いて気絶している。
「ふーん、なるほど。貴方はこの集団を纏めるのと、ライラを攫う時に使う睡眠薬を持ってただけで何もしらないんですね。さて、じゃあ上の人間の所まで案内していただきましょうか」
アルスは残りのならず者たちの処理をライラとルーカスに任せ、ラムと2人で首謀者の元へと向かうことになった。
ラムは普段の感情豊かな様子とは打って変わって、静かに目を爛々と輝かせ、魔力を放出させずに拳を血が出そうな程握りしめている。アスカ救出のために使う魔力を怒りで失わないようにしており、逆に身体の内に大気中の魔力がどんどん貯まっていく。
アルスはリーダーの縄を持ちすぐ横を歩かせている。
「俺を怒らせたこと後悔するなよ」
静かに呟くアルスはゾッとするほど美しい笑みを浮かべていた。一瞬解放された魔力の濃度にやられ、ならず者のリーダーはその場で気絶しそうになった。
倒れそうになる男をアルスが、縄を引くことで引き止める。おやおや、危ない気絶されたら案内がいなくてめんどくさくなる所でしたとアルスが魔力のオーラを引っ込めた。多分八つ当たりでわざとである。