魔王様はどうして残念なのか
ここは異世界。科学の発達した現代の地球とは違い、たまたま魔法が発達し、魔法が人々の生活をより良くする世界。
そして、たまたまこの異世界に飛ばされた星崎朱鳥がアスカ ホシザキとして『記憶の魔女』という役職をしている世界である。人間も魔人も獣人もエルフも魔獣も普通の愛玩動物も何でもいる世界。
ただ、おそらく誰もが想像するような種族が違う者同士の争いなどが発展した戦争が頻発する、などということはない。さらに、世界侵略の為にどこかの国家が動き出すことも無い。
これは地理的理由からだった。まぁ、この話はおいておこう。
ただ、たまたま元々住んでいた土地に多かった種族が作った国がそれぞれのルールや法律って暮らしており、お互いに過干渉せず、国際ルールもちゃんとあるような感じなので、表面上は至って平和である。
もちろん、境界を争うような国同士の戦争も、異なる宗教を持つ民族同士の紛争もあるには違いない。ただ、司法、立法、行政の三権分立が成り立ち、犯罪者はちゃんと捕まえられて、罰せられる限りにおいては、現代社会とはほぼ変わりがない。
アスカが飛ばされたのはたまたま魔人が治める魔王の国であり、異世界からの客人であるアスカは難民として受け入れられたのだった。
ただ、異世界からの客人というのは大変珍しいらしい。前回来たのは100年前だとのことである。そして、その100年前の人はまだ生きているらしく、その友人である警察官のお兄さんと会った。
なんと、その人は10年程度前に地球から飛ばされたようだ。その人が語った西暦がアスカの飛ばされた時より10年前だったのだ。つまりここは時間の流れが地球と異なっている。そして警察官のお兄さんの話から、彼の身体の老化は地球の時間と同じだと考えられる。
てことは100年で10しか歳をとっていないので、80まで生きるとしても、今のアスカが18であることを考えると、残り620年の人生ということ。は?どういうこと?長生きし過ぎだよ。
この世界の人たちの平均寿命は魔力と、種族が影響しあった複雑なものであるとのことだ。平均寿命という概念はなく、種族ごとに魔力量によって寿命の目安があるくらいだそうだ。
魔人の世界だと最長寿は魔王で、1000年くらいは生きるんじゃないかとのこと。今の魔王様は200歳だということだ。ちなみに警察官のお兄さんは115歳らしい。見た目年齢は30前後である。自分の寿命の水準が分からん。周りの人間の年齢も分からん。
そして、予想通り、ここから異世界へは意図的に帰る方法はないらしい。100年の間に前回飛ばされた人がありとあらゆる手で帰ろうとしたが、無理だったとのこと。
ここ最近やっと諦めたとお兄さんが苦笑していた。長生きするし、元の世界には帰れない、これはお約束というやつかな。
さて、アスカが魔王様と出会ったのはその日の午後の事である。アスカがこの世界へ来てちょうど1週間経ったある日の昼下がりである。
案内されたのは応接室、丸テーブル1つに椅子が3脚しかない簡素な部屋である。テンプレートな謁見の間はそうそう開かれんよ、との事です。
あ、応接室ね、もちろんめっちゃ高級感あるよ。テーブルの中央やら壁際にホテルでよく見るようなセンスの良いフラワーアレンジメントがありますけども。
ほかには飾り棚に皿やらガラス製品やら飾ってあり、秋と思われる今は使われていない暖炉、銀に輝く甲冑。金持ちの家の応接間のようなデザイン?なのか?行ったことないから分からんけどね。どうやら、魔王の個人スペースの一部のようである。
ノックがされた後、扉が開かれる。魔王と思しき美形が立っていた。瞳は黒かと思うくらいの紺色であるブルーブラック、髪はそれを少し薄くした紺色の深めのネイビー、切れ長な目でシミ一つない白く美しい芸術作品のような顔。そして180センチを越える身長は適度に筋肉質で、顔が小さくて完全な8頭身。なんという完璧なイケメンだろう。
ライトヲタクの私が最も大好きだった乙女ゲー『秘密の生徒会』の副会長、カイト様と同じ顔がそこにあった!なんということだ。眼鏡をかけていなければ、ドS鬼畜眼鏡が台無しだ!眼鏡は序盤ではとれないのだよ。主人公に心を許し始めてからとれる。私が難易度Sのカイト様の眼鏡をとるのにどれだけ苦労したと思っている!謝れ!脳内で大声で叫んでいたアスカは、魔王(仮)が跪いて自身の指先にキスしているのを見て絶句した。
「私と結婚してくれませんか?アスカ殿?」
そして、1度目のプロポーズが行われた。まだ美形過ぎる魔王(仮)への耐性も淑女としての作法も全く出来ていなかったアスカは固まる。そして、手を振り払う。からの魔王(仮)を睨みつけた。魔王(仮)が目を見張った。
「初対面でプロポーズされて、OKするのはラノベの主人公だけじゃい!一昨日来やがれ!」
アスカの脳内は大荒れに荒れていた。そして、現実の空気も静まりかえっている。
「ごめんなさい。突然プロポーズしたりしたら、びっくりしますね。」
寂しそうな顔と声に若干申し訳なくなる。が、見た目だけは紛うことなきカイト様なのである。カイト様はこんなときに謝らない!寂しそうな顔もしない!ハッピーエンドに進んでも、ツンデレるだけなのだ!こんな子犬のような表情はお呼びでないよ!
仕切り直して、丸テーブルの両端に座った。
「改めて、初めまして。私は魔王のサリエル ノートルです。200歳で、未婚です。恋人もいません。という訳で、結婚を前提に付き合って下さい。」
2回目のプロポーズである。なにこれ、普通にないわ。
「初めまして。アスカです。星崎朱鳥です。おそらくこちらの年齢表記だとおそらく180歳です。という訳で断るっ!」
初っ端から魔王の印象は残念だった。私は残念イケメンは求めていない!
「そうですか。うん、私のことも何も知ってもらっていませんし、まずは仲良くなることから始めましょう。気長に待ちます。」
だめだ、この残念イケメン聞いてない。