執事は忠誠を誓ったのか
冗談はおよしなさってと言ったアスカは部屋から逃げ出した。
「冗談じゃねぇっつの!なんだよ!クソが!」
アスカは自室に戻って人払いをしたうえで、ベッドの上の枕をゴスゴスと音をたてて殴っていた。
「アスカ様その辺にしないと、メイドが変わり果てた枕を見てビックリしてしまいますよ」
知らぬうちにアルスがベッドサイドに立っていた。
「入ってこないで、って言ったでしょ!」
アスカがアルスを睨みつけると、アルスがあー怖いと棒読みして、アスカの手元から枕を救出した。
「もうそろそろ夕食の時間です。そのようなお顔ですと、母も他の侍女たちも心配します。濡れタオルで目を冷してください。いつも元気なアスカ様が普段と違うと屋敷の空気が悪くなりますよ」
アルスはアスカの顔に濡れタオルを当ててくる。極めて、いつもと同じ不遜で執事らしからぬ態度。それでいて、なにがあったか聞いてくるわけでもなく寄り添っていてくれる。あの記憶を見て倒れた日より前に戻ったなぁとアスカは思った。
アスカは泣いていた。ボロボロと。普段の様子が分からないほどに。真っ赤に腫れ上がった目が大分泣いた後だと物語っている。
「ごめん、多分収まらないから、ここで食べられるようにしてもらっていい?」
分かりましたと言って、退出しようとするアルスを呼び止めた。
初めてだったの。キス。
だって、私いじめられっ子だったから友達すらいなかったし、男の子なんて近寄っても来なかったから。
あとね。あれが100歩譲って、私のペースだったらなんとかなったんだけどね。
魔王様は私を私としてじゃなく、記憶の魔女にするための女として見てるし、好きとか思ってないのは分かりきってるの。
それでいて好きになったりしたら、馬鹿みたいじゃんそんなの。
負け認めてるようなもんじゃん。
私を屈服させて喜ぶ相手に誰が屈服してやるものか!
私はもう二度と負けないって決めてるの。力に捩じ伏せられるなんて、有り得ないんだから。
絶対結婚なんてしてやるものか!
アスカが感情を抑えず語るのを、アルスが静かに聞いている。魔王様の悪口を言おうものなら、世界の果てまで追いかけて、その相手を仕留めるようなアルスが。
「分かりました。それに協力しましょう。アスカ様が結婚しなくても良いよう、魔王様にとって最高の伴侶を他で見つけて来ればよいのです」
アルスは魔王様の暴言を吐く私にも関わらず、それを許し、協力までしてくれるらしい。
「なんで?」
アスカは涙の止まった目をアルスに向けた。
「魔王様は色々とこじらせ過ぎなのですよ。こじらせてる所は直していただきたいと思っていたのです。ここで、アスカ様と結婚したら、もっとこじらせますから」
この点においては、私達は協力関係になりましょう。利害の一致から来ているので、私達はお互い裏切ることはないでしょうし、いいですよね。そう言って微笑むアルスはいつもの愛想笑いではない笑顔をうかべていた。
「分かった。よろしく相棒」
アスカが茶化して言うと、アルスは肩をすくめた。
「こんな涙でぐちゃぐちゃの相棒嫌なんですけどね」
クスリとアルスが笑った。こうして、アスカとアルスは『魔王様の結婚相手を見つけよう』という共通の目標をもつ共謀者になったのである。